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動画配信は映画産業を救う?スイスで「ネットフリックス法」国民投票へ

TV studio
Keystone / Fw

スイスの有権者は5月15日の国民投票で、国際的な動画配信サービスにスイスの映画産業への出資を義務付けるべきかどうかを決める。スイスは近隣の欧米諸国に倣い国内の映画産業にてこ入れするのか。それとも、競争の激しい映画市場で後れを取るのだろうか―。

スイスでは、「ネットフリックス法」と呼ばれる映画文化・映画制作法改正案の是非が5月15日の国民投票で問われる。連邦政府は法改正によって、スイスに参入している国際的な動画配信プラットフォーム大手を規制したい考えだ。改正案は動画配信サービスにスイスで得た収益の4%をスイスの映画・音響制作に出資するよう義務付ける。

連邦内務省文化局(BAK/OFC)外部リンク連邦議会外部リンクの試算によると、法改正でスイスの映画産業の年間予算は1800万~3000万フラン(約22億5千万~37億6千万円)増えると見込まれる。

映画制作者たちは概ね改正案に賛成する。映画監督のフレッド・バイーフ氏は今月ローザンヌで開催された「シンク・シネマ・フェスティバル」での討論で、「なぜ改正案に反対するのか分からない」と述べた。

しかし、政治レベルでは、改正案を全国規模の国民投票に掛けるのに十分な反対勢力がいた。スイスの主要政党(中道右派の急進民主党、右派の国民党、中道の自由緑の党と中央党)の青年部は連邦政府が4%の課税を決定する前からレファレンダムの提起を表明していた。

一部では、改正案への反対が激しくなっている。急進民主党の副党首、フィリップ・ナーンテルモ氏はツイッターへの投稿で改正案を「シュヴァルツェンバッハ2.0」と表現した。これは、国内の外国人居住者数を大幅に減らそうとした、排外主義的な1970年の「シュヴァルツェンバッハ・イニシアチブ(国民発議)」になぞらえたものだ。

同氏は「次に好きな番組がスイスのだったら?新法に賛成票を!」という賛成派のスローガンを、国のアイデンティティーしか問題にしていないと批判した。だが実はこのスローガンは、ネットフリックスをはじめとする動画配信サービスが新たにイタリア、フィンランド、トルコ、インドネシア、韓国、ブラジルなど世界中の作品にグローバルな注目を集めてきたことを言い現わしたにすぎない。

Initiave gegen Filmgesetz
急進民主党、国民党、自由緑の党の青年部のメンバーは昨年1月20日、ベルンで、6万5千筆の署名とともに「ネットフリックス法」の施行に反対するレファレンダムを提起した © Keystone / Peter Schneider

もともと諸外国よりも高い料金設定

反対派はまた、民間企業に利益の再投資方法を指示するなど前代未聞だと改正案を批判する。しかし、賛成派外部リンクが事実関係を確認したところ、反対派の主張は事実と異なる。4%ルールは既に、スイスコムTVなどの国内の動画配信サービスに適用されている。

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さらに、反対派は、改正案には定額制動画配信サービスが提供する各種プランの料金をつり上げる恐れがあると話す。ところが、ネットフリックスは各国の法律とは関係なく、一部の地域に限って料金を値上げしている。スイスでの「プレミアム」プランの料金は既に21.90フランから24.90フランに値上げされた。一方、賛成派は、スイスにおけるネットフリックスを含む動画配信サービスの料金は諸外国よりも高い、サービスが同じなら見返りがあってこそ公平だと主張する。

消費者向け比較情報サイト、コンパリテック外部リンクによると、スイスとリヒテンシュタインはネットフリックスの定額料金が世界で最も高い国だ。国や料金プランによるが、2~5フラン高い。ところが、コンパリテックが明らかにしたように、高い料金にもかかわらず、スイスの加入者が視聴できるテレビ番組や映画の数は他の市場と比べて少ない。

映画制作者たちは改正案を固く支持する。そこには、「賛成」票を投じれば、スイスを他の欧州諸国と同じ条件にできるという共通認識がある。

欧州での比較

スペインやフランスなど、欧州には既に類似の法律を施行している国々がある。賛成派は、改正案によって、スイスの映画産業は欧州での競争力を維持できると主張する。

ドイツ外部リンクは、同国での映画関連の収益が年間50万ユーロ(約6400万円)を超える動画配信サービスに、国の映画基金への出資を義務付ける。適用する出資率は、年間収益が2千万ユーロ以下の場合は1.8%、2千万ユーロ超の場合は2.5%だ。

ネットフリックスは当初、14~19年の間に必要な支払いを拒否した。欧州本社はオランダ(当時)にあるため、ドイツに実質的なプレゼンスはないという主張だった。

英国には今のところ、自国の映画産業とネットフリックスとの関係を規制する法律は無い。しかし、ネットフリックスは、英国のクリエイティブ産業を支援する団体クリエイティブUK外部リンクと提携し、「ブレイクアウト外部リンク」と呼ばれるイニシアチブを立ち上げた。その目的は、同国における長編デビュー映画の開拓と資金調達の支援だ。最低1件のプロジェクトに、150万ポンド(約2億3100万円)の制作予算を与え、ネットフリックス上での世界配信を保証する。

カンヌ対ベネチア

フランスと動画配信サービスが時に緊張関係にあったことを考えれば、この事例は注目に値する。ネットフリックスが、フランスの映画制作に出資する代わりに、同国で劇場公開された作品をその15カ月後に独占配信できる契約を締結した。

フランスの法律はこれまで、同国で劇場公開された全ての作品について劇場公開の36カ月後までストリーミング配信を禁じていた。そのため、ネットフリックスは、特別なイベントや回顧展を除いて、同国の映画館でオリジナル作品を公開していない。

ネットフリックスのオリジナル映画が17年以降、カンヌ国際映画祭に出品されたことはない。ネットフリックスは17年、映画祭の主要コンペティション部門に2作品を出品。しかし、フランスの法律に従っていなかったため、世論の激しい非難を受けた。その結果、翌年には「映画祭のコンペティション部門に出品する全ての映画作品は、フランスで正式に劇場公開されていなければならない」という新ルールが実施された。

ベネチア国際映画祭のディレクター、アルベルト・バルベラ氏によると、今でもこのようなルールを設けているのはカンヌだけだ。12年からベネチア国際映画祭の指揮を取る同氏は、映画祭のディレクターとして初めて、ネットフリックス作品のコンペティションへの参加を許可した。

同氏はswissinfo.chの取材に対し、「私たちが『ビースト・オブ・ノー・ネーション』を上映した15年当時、ネットフリックスという要因を気にする人は誰もいなかった。不満が出始めたのは、カンヌが抗議しルールを変えてからだ」と語った。

ベネチア国際映画祭でカンヌのようなルールは成り立つか、との問いに対し、同氏は「無理だ。フランスは例外中の例外だ」と答えた。「フランスでは、映画館と映画鑑賞に特別なステータスがある。他の国ではほとんどないことだ。私自身、最後にベネチア国際映画祭の主要コンペに出品された全ての作品がイタリアで劇場公開されたのはいつだったか思い出せない」

さらに、同氏は「フランスの状況はいつか変わると思っている。(カンヌ国際映画祭総代表の)ティエリー・フレモーは、ネットフリックスをカンヌに呼び戻すためならどんな手段も使うだろう。ネットフリックスも戻りたがっていることを私は知っている」と語った。

ネットフリックスの伊映画産業への貢献については、別の問題があるという。「ネットフリックスはイタリアの映画制作にも出資している。しかし、法律上の要求ではない。イタリアの役所手続きは複雑なことで有名だ」(バルベラ氏)

経済への活力

映画産業を超えた経済全体の活性化という論点もある。

Pierre Monard on a bench
スイスの映画監督・テレビディレクター、ピエール・モンナール氏 Keystone / Ennio Leanza

スイスの映画監督・テレビディレクターのピエール・モンナール氏が具体例を語った。ネットフリックスは今年、世界配信向けに初めてスイスのドラマシリーズ「Neumatt(仮訳:ノイマット)」を購入した。同氏は、農場「ノイマット」を巡る家族の葛藤を描いたドラマを制作した2人のディレクターのうちの1人。21年には、「Hors Saison(仮訳:オフシーズン)」という刑事物のドラマシリーズをヴァレー州で撮影した。

同氏によると、「テレビ番組を撮影するのに使われるお金は、観光を中心とした別の産業部門に再投資されるため、地元のホテル、商店、レストランは私たちを大歓迎した」という。「文化的な部門だけではなく、全ての人々が番組撮影の恩恵を受ける。4%(の出資や税金)は、人々に給与や雇用機会を提供することになる」

また、スイスが動画配信サービスに義務付ける出資額は、フランスの12~25%など、他の国で支払わなければならない金額と比べればわずかだと同氏は指摘する。

改正法に備えるネットフリックス

改正案を巡る国民投票の実施まで、まだ数週間ある。しかし、ネットフリックスは周到に準備している。同社はDACH(ドイツ、オーストリア、スイス)に関する全案件に対処するため、ドイツのベルリンに事務所を開設した。

同社の公共政策担当地域ディレクター、ヴォルフ・オストハオス氏は昨年11月、映像・音響のイノベーションに関するイベント「ジュネーブ・デジタル・マーケット」での講演でスイス戦略を説明した。端的に言えば、文化特有のストーリーであればあるほど、より幅広くアピールできる可能性があるという。

また、ストーリーに最適な形が映画なのかドラマシリーズなのかは、個々のクリエイターや制作会社の判断次第だ。しかし、オストハウス氏はスイスの第三者コンテンツは期待しない方がいいと述べた。

「ネットフリックスは世界の視聴者のために、『モティの目覚め』や『ノイマット』のような既存のスイス作品を喜んで購入する。しかし、ネットフリックスのオリジナル作品ではないスイスのコンテンツを、スイスで視聴できるようにするのはあまり意味がない。そのようなコンテンツを視聴するなら、スイスには既に(スイスの映画やシリーズ番組に特化した動画配信サービス)プレイ・スイス外部リンクがある」

(英語からの翻訳・江藤真理)

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