外国語の習得、交換授業でモチベーションがアップ
四つの公用語があるスイスで、母国語以外に最低もう一つの言語を習得することは必須。そのため、フランス語かドイツ語の第2外国語以外に英語さえも義務教育のカリキュラムに組み込まれている。しかし、こうした外国語習得の一つの方法として推奨される外国語交換授業は、数としては増えているものの、政府が望むレベルからは程遠い。そうした中、現場では外国語を教える教師が自分たちで自主的にこれを行っている。その様子をのぞいた。
二つの200キロメートル離れた州に住む40人ほどの生徒たちの年齢は11歳から12歳。九州ほどの面積に四つの言語圏があるスイスでは、この距離で十分に二つの違う言語が話されている。
5月中旬、フランス語圏フリブール市のラッシェル・デーレンバッハ先生とドイツ語圏のチューリヒ州キルヒベルクのマリーナ・シュトゥダッハ先生は、チューリヒ湖岸で「やっと」出会えた。今までに何通もの手紙を交換した。一緒に計画した外国語交換授業が今回ついに実現したのだ。
午後サッカーやバーベキューをして楽しんだ後、フランス語圏の生徒たちはキルヒベルクの生徒の家に泊めてもらった。そして翌日から、「本格的な交換」が始まった。
大げさな動作や辞書で切り抜ける
2人の先生はバイリンガル。フランス語とドイツ語を自由に切り替えながら生徒たちに指示を出す。まず取り組んだのはかなり難しいプログラムで、生徒たちのそれぞれが寸劇を選び、演じるというものだった。それは、病気のために家で寝ている子供の役や靴を買いに行く場面、道で行き先を尋ねる場面などだ。
いざ外国語で、皆の前で役を演じなければならない段になって、生徒たちは簡単な単語でさえ思い浮かばないことに気づいた。「演じる前の準備が特に大変だった。生徒には基本のボキャブラリーが完全に不足していた」とシュトゥダッハ先生。
チューリヒ州の生徒はフランス語を2014年の8月から始め、一方フリブールの生徒たちは3年間もドイツ語を習っていた。にもかかわらず、生徒たちは文を作るのに、辞書を使ったり、大げさな動作で補足したり、中には文を単純化する子もいた。例えば、「私、音楽、演奏」といった調子だ。
犬が壊れた
キルヒベルクのアレサンドロ君は、いなくなった犬を探す役を演じた。「僕の犬を見ませんでしたか?」と彼は、フランス語で尋ねた。すると相手のフリブールのダミアン君は、本当はドイツ語で答えなければならないのにフランス語で「えっ何?」。やっとドイツ語で「あっ。あそこにいるよ。壊れているよ」。全員が爆笑した。「死んでいる」という単語が出てこなかったのだ。
しかし、2人の先生にとって、この交換授業は大成功だった。「恥ずかしがったり、理解度で問題があったりしたが、とにかく全員が寸劇を何とかこなした。それに、最後のお別れの夕食では、男子生徒がたった一人でキルヒベルクの生徒のテーブルに座っておしゃべりしていた。またうちの女生徒たちは、キルヒベルクの女生徒たちのことを、感じが良くて『クールだ』と帰りの電車で話してくれた」とフリブールのデーレンバッハ先生。
キルヒベルクのシュトゥダッハ先生も同じ感想だ。「私の生徒の何人かは、もうメールを送ったと言っている。ただ、フランス語の発音がかなりの障害になっていた。発音するのに、ものすごく勇気がいるというのが見ていてわかった。だが、交換授業は、理論ではなく本当に素晴らしいものだとわかった。言葉は、人との接触や友情で、覚えていくものだ。心が大切なのだと再認識した」
今後の変化
教育は各州に権限がゆだねられているスイスだが、政府はこの外国語交換授業を推進する目的で、2012年から年間105万フラン(約1.4億円)を余分に、州の教育の協力をまとめる財団「CH外部リンク」に払い始めた。
「初めて支援金が払われた2012年、この『CH』は外国語交換授業のための唯一のものだった。しかし、各州はそれを活用する準備がまったくできていなかった」と話すのは、政府の連邦文化局のダヴィッド・ビターリ氏だ。
そこで、外国語交換授業を行おうとしている先生や、これを推進する他の組織に直接コンタクトすることになった。そして「CH」は昨年、もう少し早く用意ができていたらデーレンバッハ先生やシュトゥダッハ先生の準備を助けられたであろう、新しいプログラム「エクスカーション・プラス」を立ち上げた。
このプロジェクトでは、インターネット上に、外国語交換授業を希望するクラスの住所が一覧で載っている。授業日数は1日から数日間などさまざまな希望が書き込まれている。さらにスイス国営鉄道が、移動のための運賃を少し割引してくれる。「たとえわずかな時間でも、他の言語地域と交流を持つことはとても大切。プロジェクトは大成功で、特に短い滞在の交換授業の希望が多い」と語るのは、「CH」の責任者、シルビア・ミッテレガー氏だ。
モチベーションが上がる
では実際、外国語交換授業の効果とは何だろうか?高校の外国語交換授業の指導を行い、ルツェルンの教育大学で教鞭をとるシビル・ハインツマン氏は、こう断言する。「外国語交換授業の後で生徒のモチベーションはずっと上がる。特にスイス国内の外国語への習得意欲は、ぐんと上がる。それは研究で証明されている」
「はっきりとした効果をみるには、3週間の滞在が理想的。しかし、3日の短い滞在でも、かなりの刺激を受けて帰る」とハインツマン氏は続ける。「また、たとえたった1日の交流でも、他の文化に対して心を開ける。知的レベルでの刺激は計り知れない」
外国語交換授業の背景
スイスでは、フランス語圏の小学校は4年生ごろからまずドイツ語を、ドイツ語圏ではフランス語を第1外国語として教えてきた。しかし、このような外国語習得の伝統に議論が持ち上がったのは、ドイツ語圏の小学校がフランス語の代わりに、英語を小学校で始め、フランス語は中学校からとしたことに端を発する。
この変化は、フランス語圏の住民にとって、国の統一感情に支障をきたすものとして受け取られ、問題となった。
外国語交換授業は数としては増加
外国語交換授業の数は2010~11年の学期から昨年までで、およそ80%も増加した。
しかし、この授業に参加した生徒の数からみると、国全体でわずか8%しか増加していない。政府は、参加者数を2016年には3万人に増やしたいとしている。(2013年と14年の1年間では約1万6千人が参加している)
外国語交換授業が行われた数を州別にみると、フランス語とドイツ語が共存するバイリンガルのヴァレー(ヴァリス)とフリブール州が群を抜いて多い。それにヴォー、ベルン、チューリヒの各州が続く。これに対し、交換授業をまったく組織していないのは、ドイツ語圏のウーリとアールガウ州。
欧州の他の国との外国語交換授業も、2013~14年の学期にかなり行われ、クラスの数としては25%の増加、生徒の数としては10%の増加をみた。
(仏語からの翻訳・編集 里信邦子)
JTI基準に準拠
swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。
他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。