スイス最大、ヨーロッパでも2番目に大きな漫画コレクションを所有しているキューノ・アフォルターさん
Ester Unterfinger/swissinfo.ch
漫画はスイスの発明品だ。だが国内市場が小さ過ぎるために、これまでスイスの漫画界が際立った輝きを見せることはなかった。ただ近い将来、変化が起きるかもしれない。ジュネーブの漫画界に勢いが出てきたことや、漫画の豊かな歴史に光を当てる膨大で貴重なコレクションが間もなく一般公開される予定だからだ。
このコンテンツが公開されたのは、
2018/04/18 08:30
キューノ・アフォルターさんは、スイスでは最大、ヨーロッパでも2番目に大きな漫画コレクションを所有している。国内では最も古い漫画愛好家の一人でもある。
「漫画は、今では古い媒体になった」。そう言いながらアフォルターさんはローザンヌ市立図書館の地下書庫に所蔵されている宝の山を見せてくれた。古いものから新しいものまで、様々な言語で書かれた漫画の山だ。
1960年代後半のアンダーグラウンド・コミックスというジャンルを流行らせた「ザップ・コミックス(Zap Comix)」のレア版が、「タンタンの冒険(Tintin)」の初版本の横に並ぶ。しかも保存状態は完璧だ。このベルギーのヒーロー、タンタンには、80年代にオランダで出版された「スイスのタンタン(Tintin in Switzerland)」という海賊版がある。ドラッグやセックス、ゲイのハドック船長、淫乱なカスタフィオーレ夫人、麻薬中毒のタンタンが登場するきわどい内容だ。
海賊版「スイスのタンタン(Tintin in Switzerland)」
Ester Unetrfinger/swissinfo.ch
チューリヒで1936年に出版された数冊の「ミッキーマウス」の隣には、子供がディズニーのキャラクターを描いた絵入りのフォルダーも。何となく場違いな気がしたが、それは映画「エイリアン」の造形でオスカーを受賞したスイス人アーティスト、H・R・ギーガー氏が描いたものだった。「もしもミッキーマウスが存在しなかったら、おそらくエイリアンは生まれていなかっただろう」とアフォルターさんは言う。
H・R・ギーガー監督が子供時代に描いたディズニーのキャラクターの絵
Ester Unterfinger/swissinfo.ch
漫画の熱狂的ファンならば、彼の希少なコレクションを眺めながら数週間は過ごすことができるだろう。隣接する建物内にも大規模なアーカイブがある。新しい図書館が完成してアフォルターさんの全コレクションが一般公開されるまで、一時的に保存されているのだ。
スイスの発明品
コマ割りの漫画は、スイス、正確に言えばジュネーブで、教師であり政治家だったロドルフ・テプフェールによって1820年代に生み出された。彼の風刺的な「絵付きの読み物」はもともと、知人たちを楽しませるために執筆されたものだった。その中の一人、ドイツの詩人ゲーテが、その独創的な作品を出版するようテプフェールに勧めたことが、漫画という新しいジャンルの誕生を促した。
しかもテプフェールは、絵付きの読み物の背後にある、絵と文を織り交ぜることで生まれる効果に基づいて、理論的原理をも考え出した。
「文のない絵はぼんやりした意味しか持たず、絵のない文は意味をなさないだろう」。テプフェールはそう考えた。
彼が考え出したコマ割りという構成は特にドイツで人気を博し、「絵付きの読み物」が盛んになったドイツの出版業界からいち早く米国に紹介された。
「近代の漫画は、新聞王ハーストやピュリツァーの新聞折り込みで始まったと言えるだろう。国内全土で何百万人もの人が同じストーリーを読んだのはそれが初めてだったから。読んでは捨て、また翌日には別のストーリーや前日の続編が出てくるといったふうに」「このような初期の漫画は単なる完成品だったが、テプフェールの作品は、より書籍に近いものだった」(アフォルターさん)
漫画の発祥地だというスイスの主張について、アフォルターさんは実際のところ、複雑な背景があると認める。
「写真の技術が現れたときに似ている。私たちスイス人は、スイスで写真技術が発明されたと思いたいかもしれないが、例えば日本のような別の国で同じ時期に写真技術の開発が進んでいた。漫画もそれと同じで、誰がいつ発明したと断言するのは非常に難しい」
新たな読者層
人生の40年以上を漫画というジャンルに捧げてきたアフォルターさんは、漫画の歴史をさらに広い観点から見つめる。
「当初、20世紀終わりごろまでの漫画の対象がこれ」と言いながら指差したのは「コモン・マン(Common Man)」。新聞の新たな購読者層獲得が出版社の狙いだったという。
アフォルターさんによると、20~30年代のラジオ台頭後、「ディック・トレイシー(Dick Tracy)」のような若者向けの漫画も出版された。テレビやラジオなど新しいメディアは、続きが気になるような終わり方をする「クリフハンガー効果」で視聴者を連日くぎ付けにした。
「近代的な漫画のみならずマスメディアも、そうやって視聴者の心をつかむ方法を作り上げて行った」(アフォルターさん)スイスの二つの文化
スイスでは、高級デパート「グローブス(Globus)」が作ったマスコットキャラクター「グロービ(Globi)」のおかげで、すでに30年代にはコミック・ストリップ(連載漫画)が人気を博した。ちなみに今でも子供たちに愛されている。一方で、大人向けの漫画の歴史には、いわゆる「レシュティの溝」と呼ばれるドイツ語圏とフランス語圏の文化の違いが如実に表れている。
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20世紀前半、スイスのドイツ語圏はドイツ漫画の影響を大きく受けていた。フランスはナチスに占領された後も漫画を出版し続けたが、漫画よりも重要な緊急課題が山積みだった戦後ドイツでは、漫画が完全に廃れた。だがその後、ドイツの漫画界は過去の影響を完全に振り払った新しいスタイルと共に華々しい復活を遂げた、とアフォルターさんは話す。
ドイツと同じようにいったん白紙状態に戻ったことでかえって新たな弾みがつき、チューリヒの漫画界は70年代後半から80年代にかけて開花した。今日のアーティストにとっても貴重な季刊誌「ストラパーツィン(Strapazin)」のような漫画雑誌が生まれ、エディション・モデルネ(Edition Moderne)」といった大手出版社もその成功に寄与した。だがアフォルターさんは、ドイツ語圏の漫画界は今、市場規模の小ささと若者の無関心に頭を悩ませていると指摘する。
ジュネーブ漫画界の台頭
一方で、フランス語圏では全く話は異なる。常に隣国フランスの巨大な漫画市場の影響を受けていたフランス語圏では、70年代にデゥリブ、コゼイ、ゼッピなどがパリとは一味違う独自の漫画スタイルを確立した。この3人は、ヒッピーとしてインドで暮らした体験など、個人的な話を作品に取り込んだ最初の漫画家たちでもあった。 それでも、確立した市場を持たないスイスで、彼らの成功は長くは続かなかった。
だが今日、アフォルターさんはジュネーブの漫画界に勢いを感じている。若いアーティストが作品を自費出版したり、特定のパフォーマーやグループのファン向けに、いわゆるファンジン(同人誌)が発行されたりして、将来性があるという。ジュネーブ造形芸術大学と提携したコミック・イラストレーション専門コースもスタートした。
ジュネーブで動き出したこのような新しい活動シーンと、アフォルターさんの漫画コレクションがまもなく公開されることも重なって、近い将来フランス語圏は次のスイス漫画改革の発祥地になるのかもしれない。
国際漫画祭「フメット( Fumetto )」
スイス国内外から何千人もの漫画愛好家やアーティスト、専門家を惹きつけてやまない第27回国際漫画祭「フメット」は、4月22日(日)までルツェルンで開催されている。
公式サイトはこちら外部リンク へ。
(英語からの翻訳・由比かおり)
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スイス人風刺漫画家「直接民主制は時にインターネット上の掲示板のよう」
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スイス国民は、すがすがしいほどの「熱意」を込めて投票に臨む。そう笑いながら話すのは、スイスの風刺漫画家パトリック・シャパットさん。しかし、この15年ほどの間に直接民主制が世論操作をもくろむ人々やポピュリストに利用されるようになったと警鐘を鳴らす。
シャパットさんは20年以上の間、ニューヨーク・タイムズ紙国際版、スイス・フランス語圏の日刊紙ル・タン、ドイツ語圏の日刊紙NZZに定期的に風刺漫画を寄稿し、大西洋の両側で読者を笑わせてきた。
最近、家族とともにジュネーブから米ロサンゼルスに移住。風刺画家としての活動を続ける傍ら、南カリフォルニア大学アネンバーグ校スクール・オブ・ジャーナリズムに研究員として在籍している。
swissinfo.ch: ロサンゼルスに暮らしていて、スイスが恋しくなりますか?
シャパット : それは大げさかな(笑)。ただ、まともなスイスのグリュイエールチーズを買えるところをずっと探しているんだ。米国でその名で呼ばれているチーズはチューインガムみたいでね。それを除けば、スイスが恋しいということはない。私たち家族はスイスを非常に身近に感じている。自分がスイス人だと感じるのに、24時間スイスにいる必要はない。
swissinfo.ch : スイス関連の政治風刺漫画を外国で描くのは難しくありませんか?
シャパット : 頭の体操が必要だ。今住んでいる西海岸はスイスの真逆のようにも感じられる場所だから。
スイスのローカルな問題に疎くなるから、長期的にはたぶん良くないだろう。例えば、一括税のイニシアチブ(国民発議)についての議論に四六時中どっぷり浸ったりすることがない。
だが、長い目で見れば、距離は面白いものだ。数年間ニューヨークに住んだ時にも同じような経験をした。ニューヨーク暮らしの結果、私はスイスの制度と和解し、ずっと身近に感じるようになった。
swissinfo.ch : どういうことですか?
シャパット : 合意の形成、妥協案の模索について理解を深めることができた。当時の私は27歳で、スイスのマイペースな政治制度にいらいらしていた。しかし、距離を置いてみるとより良く理解できるようになった。
スイスを一つにまとめているのがスイスの政治制度だ。だから派手さはないし、何かと時間がかかり、合意も多く取りつけなければならない。スイスは努力によって維持されている国だ。いろいろな仕組みがあってこそ(スイスという国が)きちんと機能し、時には少し前進することもある。少なくとも後退することはない。
swissinfo.ch : シモネッタ・ソマルガ連邦大統領兼司法警察相が最近、直接民主制を称えて次のように発言しました。「バスに乗っていて話しかけられると、いつもその話題になる。人々はこの制度に非常に愛着をもっている」と。あなたもそうですか?
シャパット : ソマルガさんとバスで一緒になったことはないが、もし見かけたら自然と近づいていって、直接民主制の話をしてしまうだろうね(笑)。スイス国外ではよくその話をする。丸ごと説明する必要があるからだ。
外国人に1時間かけて直接民主制について話して、相手が納得したなら、それは説明が悪かったということだ。これは非常に特殊な、独特の制度だ。スイスというこの目立たない奇妙な多言語国家に合わせて作られた制度なのだ。
swissinfo.ch: アステリックスとオベリクス(訳注 フランスの人気漫画「アステリックス」の主人公たち)の秘密兵器は魔法の薬でした。スイス国民の秘密兵器は直接民主制なのでしょうか?
シャパット: 直接民主制は素晴らしい。外国ではそう言われている。特に近年、どこの国でも政府への信頼が揺らいでいるので、人々は直接民主制に魅了されている。
swissinfo.ch: しかし、最近の投票から見て、直接民主制は国を安定させる機能を失い、非合理的でポピュリズムに走っていると批判する声もあります。それについてはどう思いますか?
シャパット: 直接民主制とは、スイス国民が主導権を握る制度だ。政府が国民の指図を受け、時には国民を恐れる国は世界でもほぼスイスだけだ。この国の全権を握るのは、気まぐれで時に少し偏った「スイス国民」だ。スイス人はかなり地味な国民だが、信じられないほど馬鹿なことを言うこともある。直接民主制の問題は、この15年ほどの間に世論操作をもくろむ人々やポピュリストに利用されるようになったことだ。例えば、外国人排斥についての投票など何度もあり過ぎて飽き飽きするほどだ。
swissinfo.ch: しかし、直接民主制やポピュリストといったテーマは、あなたのような政治風刺画家にとってはおいしい題材では?
シャパット: 牛、アルプスの風景、牛飼い、投票箱など、スイスにありがちなイメージは描いても飽きない。
私はポピュリストと同じように、こうしたイメージをあえて使っている。国民党と同党の有力政治家クリストフ・ブロッハー氏は、長年同じ神話を繰り返し語っている。「世界に対する責任から逃れ、常に反対の立場に身を置く一方、利益は全て享受するアルプスの主権国家スイス」という物語だ。
swissinfo.ch : 政権を笑い者にする怖さは全くありませんか?
シャパット : 自分が特に過激だとは思っていない。私よりずっと挑発的な風刺画家もいる。私が心がけているのは、的を射て効果的であること、そして切れ味だ。正直なところ、自分はお行儀が良すぎると思うこともあるくらいだ(笑)。
swissinfo.ch : 多くの人にとって、直接民主制は神聖なものですが、個人的に改善すべきだと思う点はありますか?
シャパット : (2009年の)ミナレット(モスクの尖塔)建設についての国民投票の後、「スイスの有権者はいつも正しい」という考えを批判する漫画を描いた。ある男が、「直接民主制、国民発議権、レファレンダム(国民投票権)、ポグロム(大虐殺)はスイス国民にとって神聖だ」と言っている漫画だ。これはとても挑発的だった。
国民がいつも正しいと思うなら、歴史をひもといてみるといい。それが時に悪い結果を生んだことがすぐにわかる。
投票にかけられるべきでなかった案件もあると思う。後になってそういう意見が出ることもある。このイニシアチブはあれやこれに適合しない、など。大きな問題だ。
直接民主制が、国民が鬱憤を晴らすための道具になってはいけないと思う。投票にかけられる案件については、私たちはもう少し厳密に考えるべきだ。
国民の過半数が賛成するからといって、差別や基本的人権の侵害ができるようであってはならない。そうしたことは起こりうるのだ。ミナレットの件では明らかに、国民はその論点や問題点についてではなく、感情を(表現するために)象徴的に投票した。
もう一つの衝撃的な例は、外国人の帰化を地元住民が決定することもある点だ。(ある自治体では、住民が、帰化を希望する外国人の)写真1枚、その人物についての10行ほどの説明文を見て、その人物が好きかどうかを判断する。バルカン諸国系の名前の人は皆却下された。これは非常に暴力的で、馬鹿げている。直接民主制は時にインターネット上の掲示板のようになる。人々の怒りや気分が、ダイレクトに匿名で表現されるのだ。
swissinfo.ch : 今挙げられた数例は大きな議論を呼んだ問題ですが、他にも何千という投票が全国や自治体レベルで定期的に行われており、それほど議論が分かれるようなことは起きていません。
シャパット : フランスのような短いスローガンの連発ではなく、スイス・ドイツ語圏のような長い政治討論を伴う政治が行われているのは素晴らしいことだ。
スイス人が複雑で専門的な問題を熱心に議論するのも素晴らしい。お隣フランスのメディアは、大統領と愛人がどうした、政治集会で誰が何を言ったと騒いでいる一方、スイスでは政治的議論を一晩中戦わせることもある。
スイス人が長丁場の議論ができることは、間違いなく直接民主制の良い面だ。議論は情熱的とまではいかなくても、時に熱意がこもっている。スイス人は勉強熱心だ。
swissinfo.ch : パリのシャルリー・エブド襲撃事件は、政治風刺漫画家の仕事にどのような影響を与えると思いますか?
シャパット : 私たちは以前と変わらず描き続け、漫画を通じてこの世界の狂気に終止符を打とうと努力する。常に、議論と笑顔をもたらすことを目指す。しかし、今後はこの仕事をしながらも頭の片隅に暗い影が差し、心は重いだろう。以前よりずっと大きな不安を抱えた画家もいるだろう。無邪気でいられた時代は終わったのだ。
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