映画「マッド・ハイジ」ウェブ公開、 業界の風雲児となるか?
スイス生まれの愛らしいハイジが血みどろの戦いを繰り広げる娯楽映画「Mad Heidi外部リンク(マッド・ハイジ)」が8日、公式サイトで公開された。製作陣は、型破りなビジネスモデルで古臭い映画業界に風穴を開けたいと意気込む。
マッド・ハイジは幸先のいいスタートを切った。9月末に開かれたチューリヒ映画祭では公式セレクション作品に選ばれ、プレミア上映には多くのファンが詰めかけた。観客たちは安っぽいジョークに笑い、大人になったハイジが敵をなぎ倒していくシーンに歓声を上げた。上映後の舞台挨拶では、製作陣とキャストを割れんばかりの拍手で迎えた。
マッド・ハイジはこのほか、20を超える国際映画祭で上映された。世界3大ファンタスティック映画祭の1つで、8月に行われたブリュッセル国際ファンタスティック映画祭(BIFFF)では観客賞外部リンクを受賞した。ファンタスティック映画祭は、SFやファンタジー、ホラー、アクション、サスペンスなど多彩なジャンルから娯楽性の高い作品が集まるイベントだ。
マッド・ハイジの舞台はチーズ企業の独裁者が暴挙を振るうスイス。ハイジがその狂気から国を救うべく、戦士となって立ち上がるというストーリーだ。
スイス初のエクスプロイテーション映画として2017年にプロジェクトがスタート。映画製作のベテラン、テロ・カウコマーさん(「アイアン・スカイ」)、ヴァレンティン・グロイテルトさん(「PARADISE WAR: THE STORY OF BRUNO MANSER」)、スイス人監督のヨハネス・ハルトマンさんが、小さなフィルムプロダクションが生き残る道として、既存の資金調達・配給に頼らないビジネスモデルを練り上げた。
主に金銭的利益のために、有名なキャラクターやストーリー、巷をにぎわす社会問題をまねたりして作られた低俗娯楽映画のこと。英語のExploitationは「搾取」を意味する。ジャンルはアクション、ソフトコア、ポルノ、コメディ、暴力、ギャング、ホラーなど様々。低予算で作られることが多い。
米国では1970年代、黒人向けのブラック・エクスプロイテーションが独自のジャンルとして発展。わいせつな素材を強調したセクスプロイテーション、修道女たちがテーマのナンスプロイテーションもある。
その夢を追求するのに、スイスのアイコンであるハイジは適役だった。2018年9月、映画のプロモーション動画が公式サイトで公開されると、その奇抜なストーリーとビジネスモデルが話題になった。映画ファンたちは、ハイジがファシスト軍団に立ち向かうというストーリーだけでなく、映画製作に投資家という形で参加し、さらに配当も受け取れるという手法を気に入った。
製作陣が立ち上げたクラウドファンディングは、撮影・編集費として200万フラン(2億8千万円)を調達するというもの。映画は配給会社を通さず公式サイトで世界同時公開する手法をとった。中間マージンを可能な限り省くことと、海賊版の防止が狙いにあった。
ブロックチェーンを用いたクラウドファンディングは2020年9月に開始。翌年4月に目標金額を達成した。
映画の撮影と撮影後の編集作業費を募るもので、100~200万フラン(約1億1千万~2億2千万円)を目標に掲げた。
取引記録はブロックチェーン上に保存され、映画の公開後、投資者へ自動的に利益が還元される仕組み。製作チームは「契約はすべてペーパーレスで猥雑な事務作業が必要ない。(外部からの改ざんが難しいため)資金の透明性も確保できる」と強調する。
19カ国、538人から計200万フランを集めた。プロデューサーのヴァレンティン・グロイテルトさんは「主にはスイス、ドイツからだが、ハイジのアニメシリーズが生まれた日本からの投資も目立った」と話す。
茨の道
全てが順風満帆に行ったわけではない。
撮影を直前に控えた2021年夏、プロモーション映像でハイジ役を務めた主演女優ジェシー・モラヴェックが作品を降板した。監督・製作業にもっと時間を割きたいというのが理由だったという。
過激なストーリーに眉をひそめる人たちもいた。映画のハイライトは、スイスの伝統衣装を着たハイジが悪の軍人たちをハルバート(やりとおのが合わさった武器)で血祭りにするシーンだ。ところが、そのコスチュームの黒いコサージュを見たスイスの伝統衣装推進団体「Trachtenvereinigung外部リンク(伝統衣装連合)」が、「スイスの伝統に対する冒涜(ぼうとく)だ」と憤慨。国内の全ての布販売店に「(マッド・ハイジの衣装作りに使われる)素材を一切売らないように」という電子メールを送ったという。
映画は2021年秋、ベルンのスタジオと、南部ヴァレー州マルティニ(Martigny)にあるローマ時代の円形演技場で撮影した。期間は27日間と、アクション映画としては異例の短さだ。
グロイテルトさんは「本来なら40日は欲しかったが、予算の都合上これが精一杯だった」と振り返る。「だが素晴らしいスタッフに恵まれた」
先例は失敗
マッド・ハイジのようなハードコア作品は万人受けしないため、資金を提供する機関投資家やフィルムコミッションとの相性が良くない。だからこそ、製作陣は映画ファンを味方につける手法を選んだ。
クラウドファンディングが成功した先例に、カウコマーさんがプロデューサーを務めたSFコメディー映画「Iron Sky(アイアン・スカイ)」がある。第二次大戦後に月に脱出していたナチスが地球を侵攻してくるというストーリーがB級映画ファンの心をくすぐり、瞬く間に100万ユーロの資金を集めた。
しかし、プロジェクトはその後、難局を迎える。配給をめぐるトラブルなどで公開後の利益は振るわず、映画を見られないファンが続出したことで大量の海賊版を生んだ。2作目は著作権訴訟で制作が遅れ、投資家への報酬だったブルーレイディスクも届かずじまい。製作会社は2020年に経営破綻し、投資家たちを失望させた。
プロジェクトに投資した男性はスイスインフォの取材に「投資家へのリターンが少なかったことよりも、現状説明を求める投資家たちの訴えに応じようとしない製作側の不誠実な態度に失望した」と語る。
マッド・ハイジはカウコマーさんが発起人の1人に名を連ねる。このため、クラウドファンディングが始まった当初、一部のファンはフェイスブックやツイッター上で「アイアン・スカイの二の舞になるのでは」といぶかった。
ただグロイテルトさんによると、カウコマーさんは意見の相違などを理由に1年半前、マッド・ハイジのプロジェクトから手を引き、制作のいかなる決定にも資金調達にも関わっていない。
グロイテルトさんは「ファンの信頼・信用がなければこの投資プログラムは成立しない」と強調する。「我々は投資家との約束を確実に実行してきた。予定通り撮影を完了し、映画を期日までに完成させた。それを誇りに思う」
ファンと作り上げた映画
マッド・ハイジは当初、ネット上だけで公開する予定だった。だが、作品の評判を聞きつけた映画館からの売り込みに加え、何より映画館で見たいというファンの声も多数寄せられたという。
グロイテルトさんは「だから予定を変更し、ドイツ、スイス、オーストリアとスペインで正式公開前の2週間という極めて短い期間での劇場公開に合意した」と話す。「海賊版をできるだけ防止できるよう、専門の業者も雇った」
投資家には8日の正式公開後、運営費を除いた収益が自動的に分配される。グロイテルトさんは、今の段階でどれだけの利益が見込めるかは明言できないが「映画祭では非常に幅広い関心が集まった。映画製作に20年関わってきた経験からこれだけは自信を持って言える。この映画はうまくいく」と笑顔を見せる。
グロイテルトさんはまた、投資家と製作陣が良好な関係を築けたことが収穫だったと話す。
「ファンからは公開までの旅を一緒に味わえたことが楽しかった、と言ってもらえた」とグロイテルトさんは言う。製作陣はプロジェクトを立ち上げた当初からソーシャルネットワーキングサービス(SNS)を駆使し、投資家や映画ファンと密に交流を続けてきた。ロケ地や衣装探しをファンが手伝ってくれたこともあった。
「多くの人にとって、映画作りの裏側は普段なら知り得ないこと。この特別な出来事の一員になれたことがうれしかったようだ」
グロイテルトさんはまた「今の時代こそ、バカな映画が必要だ」と話す。
「気候変動、戦争、パンデミックーー。そんな鬱々(うつうつ)とした時代だからこそ、バカさが世界を救う」
編集:Mark Livingston
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