欧州でロケ誘致の競争が激化、スイスの魅力と戦略は?
ロケ地巡りに来る韓国ドラマのファン、下見をするインドの撮影班、歴代のジェームズ・ボンド――。スイスの美しい景観は外国の映像制作会社を魅了している。だが、欧州におけるロケ誘致の競争は激化しており、スイスが生き残るためには、自国を売り込む戦略が必要だ。
スイスと映画との間には長いラブストーリーがある。多くの人がまず思い浮かべるのはスパイ映画007シリーズだろう。ジェームズ・ボンドが、「ゴールドフィンガー」(1964年)で繰り広げたウーリ州フルカ峠でのカーチェイスに、「007/ゴールデンアイ」(1995)で見せたティチーノ州ヴェルザスカダムでのジャンプ。スティーヴン・ソダーバーグ監督の「コンテイジョン」(2011)に出てくるジュネーブのマリオン・コティヤールや、オリヴィエ・アサイヤス監督の「アクトレス~女たちの舞台~」(2014)でグラウビュンデン州を訪れるジュリエット・ビノシュを思い浮かべる人もいるかもしれない。
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壮大な風景、雪を頂く山々、牧歌的な川、ロマンチックな街並みなど、スイスには外国の映像制作会社にとって魅力的な舞台が揃っている。特に、アジア映画のあちこちに登場する。
観光客が殺到する桟橋
最近では、米動画配信大手「ネットフリックス」で配信された韓国の恋愛ドラマ「愛の不時着」(2019)が世界的にヒットした。中でも、主人公の男性がブリエンツ湖畔でピアノを演奏するシーンは、アジアを中心に非常に有名になった。
それ以来、ロケ地となったベルン州イゼルトヴァルトの桟橋に観光客が押し寄せている。多くのアジア人観光客にとって必見の観光スポットだ。ヒロインを演じたソン・イェジンと同姓同名の韓国人観光客は、フランス語圏のスイス公共放送(RTS)の日曜ニュース番組「Mise au point」で、「新婚旅行で来た。私にとってとても特別な瞬間だ」と語った。この桟橋は韓国で「非常に特別」な場所になっているという。フィリピンから来た女性も、「最高だ。このドラマが大好きで、どうしても桟橋を見てみたかった」と話した。
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だが、湖畔の小村は一大ブームへの対応に手を焼いている。地元自治体は抑制策として、観光客を対象に桟橋の入場料を徴収する措置を導入した。住民からも、観光客は桟橋を見学すると、お金を使わず、すぐ立ち去ってしまうと不満の声が上がっていた。
一方、思いがけない利益を喜ぶ人もいる。出発前に村のレストランで食事をする観光客が増えている。「イゼルトヴァルトのような小さい村にはとても良いことだ。桟橋を見るためだけにスイスを訪れる人がいるほどの需要だ。とても興味深い」と、レストランを経営するジョー・ヴィルシュ氏は話す。
インド映画、背景はスイスアルプス
イゼルトヴァルトに程近いインターラーケンでは、インドから映画プロデューサーのシャローズ・アリ・カーン氏が、新作のロケ地の下見に来ている。スイスの山の風景と通り過ぎる列車を背景に、登場人物2人が川に小石を投げるシーンを撮影できる場所を探す。
カーン氏が追求するのは、スイスの美しさと風土だ。「スイスはインド人にとってブランドだ」と話す。ボリウッド映画がスイスをロケ地としてよく利用するようになったきっかけは30年前にさかのぼる。ヤシュ・チョープラ監督がインターラーケンで撮影したラブコメ「シャー・ルク・カーンのDDLJ/ラブゲット大作戦」(1995)が一大ブームを引き起こした。インドを代表する監督の作品によって、スイスを訪れるインド人観光客は急増した。
「映画は国の良い宣伝になる。観光、経済、文化交流を促進できる」 シャローズ・アリ・カーン氏、インド映画プロデューサー
その後、スイスの風景をバックにしたインド映画が相次いだ。カーン氏は「映画がいかに国の良い宣伝になり、観光、経済、文化交流を促進できるかを示す良い例だ。とても重要なことだ」と指摘する。インドにはこんな笑い話があるという。男性が女性に結婚を申し込んだ。女性はこう答えた。「新婚旅行でインターラーケンに連れて行ってくれるなら、あなたと結婚する!」
激しさを増す欧州諸国との誘致競争
だが、スイスとアジア映画の蜜月はかつてほどではない。観光客は依然として多いが、映画の撮影は減っている。それもこれも、スイスとは違い、欧州諸国が外国の制作会社を惹きつける非常に魅力的な政策をとっているからだ。
カーン氏はこう説明する。「(他の欧州諸国は)値引きや、宿泊や地元スタッフ、交通手段の無償提供など、あらゆるキャッシュバック制度を始めた。そのため、多くの監督がお得なハンガリーやイタリア、オーストリア、最近ではノルウェー、フィンランド、さらにはフランスに流れた」
「007/スペクター」のいくつかのシーンは2015年、ベルナーオーバーラント地方の山岳地帯で撮影される予定だった。ところが、制作会社は経済的な理由から最終的にオーストリアを選んだ。
ロケ誘致競争は激しさを増している。特に、世界三大映画祭の1つ「カンヌ国際映画祭」では、各国が割引競争でしのぎを削っている。そこで行われているのは、「キャッシュリベート」と呼ばれる現金の払い戻しだ。映画への出資額1フランにつき、ロケ地の国が制作会社に直接、一部をキャッシュバックする仕組みで、資金面で利点がある。
映画制作費がタダ同然に
ヴァレー(ヴァリス)州での映像制作を支援する目的で最近設立された、ヴァレー州フィルムコミッション外部リンク(FC)のトリスタン・アルブレヒト氏は、キャッシュリベートをマクドナルドでの注文に例える。制作会社は、各国が提案する各種割引の中から好きなものを選んで組み合わせる。払い戻し額は最大50万フラン(約8450万円)にも及ぶ。
同氏はさらに、「制作会社は大抵、複数の国でロケ地を下調べし、映画を撮影するが、これは芸術的な理由からではない」と続ける。制作会社は次から次へと国を移動し、それぞれの国で共同制作やパートナーシップなど異なる優遇措置を受ける。「映画制作費は最終的にタダ同然になるか、大部分が戻ってくる」
「スイスの人はお金が大好きだが、映画以外に投じている」 トリスタン・アルブレヒト氏、ヴァレー州フィルムコミッション
ヴァレー州FCが提示するリベート率は15~35%だ。設立1年で払い戻し総額は約50万フランに上った。また、ウェブサイトでは氷河や山小屋などさまざまなロケ地を提案している。
スイスで自国を売り込む必要性が認識されたのは最近のことだ。アルブレヒト氏によると、スイスには映画産業がない。映画が産業なら、すなわち経済だ、と気づき始めたところだと言う。「スイスの人はお金が大好きだが、映画以外に投じている。実は、そこに利点がある」。ヴァレー州では、経済と観光だけが関連しているのではなく、観光、経済、文化は協働できるという認識が広がっている。そして今、オンライン動画配信サービスの出現で多額の資金が動いている。
動画配信大手のレーダーに映るように
そこでスイスは転機を迎えている。2022年5月の国民投票で、映画文化・映画制作法改正案(通称「ネットフリックス法」)が可決された。オンライン動画配信サービスに対し、国内で得た収益の一部をスイスの映画・シリーズ制作に出資することを義務づけるものだ。施行は2024年1月1日だが、市場にはそれより以前に動きが出ている。
モントルー高地の村コーにある元ホテルで時代劇シリーズ「Winter Palace(仮訳:冬の宮殿)」(全8話)の撮影が始まった。予算は数百万フランに及ぶ。RTSに加え、ネットフリックスも出資する。仏企業が海外配信を請け負う。
ピエール・モナール監督は、「ロケ地のスイスにとってだけでなく、スイス人技術者にとってもチャンスだ。多額の資金を得て、非常に意欲的な作品を撮影できるからだ」と意気込む。
「スイスはようやく、このジャンル(時代劇シリーズ)で欧州チャンピオンズリーグへの出場資格を獲得できるかもしれない」 ダヴィッド・リース氏、プロデューサー
「Winter Palace」のプロデューサーで、スイスの映像制作会社「Point Prod」(本社・ジュネーブ)の代表を務めるダヴィッド・リース氏は、スイスはようやく、「この種のシリーズで欧州チャンピオンズリーグへの出場資格を獲得」できるかもしれないと話す。その一方で、スイスは、動画配信大手のレーダーに映らない恐れがあると指摘する。ただでさえ国土の狭いスイスに3つある言語圏のそれぞれが動画配信大手にとって重要だとはいえないからだ。だが、「奨励金を得たということは、スイスがこの戦略マップに載ったということだ」。
「Winter Palace」は2024年末に公開され、全世界で配信される予定だ。ドラマに織り込まれるスイスの象徴や山々が世界で話題になるだろう。スイスにとって、自国の文化を広め、「ソフトパワー」を及ぼす機会になるはずだ。
仏語からの翻訳:江藤真理
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