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ローザンヌで羽を広げるバレエダンサー

熊川哲也さん 「バレエは普遍的な形式美」

熊川哲也
熊川哲也さん ©Makoto Nakamori

ローザンヌ国際バレエコンクールで審査員を務めた熊川哲也さんが、swissinfo.chのインタビューに応じた。バレエ界の変化、ハラスメント問題、若手ダンサーへのアドバイスに関して、意見を聞いた。

創立50周年を祝うローザンヌ国際バレエコンクール2023で、熊川哲也さん(50)が審査員を務めた。自身も1989年に同コンクールで日本人初の金賞を受賞しており、審査員を務めるのも3度目になる。熊川さんがバレエ界に足を踏み入れるきっかけとなったのは、14歳の時に参加した地元札幌のバレエ講習会での、スイス人バレエ教師ハンス・マイスターさんとの出会いだ。ドン・キホーテのソロを自主的にマイスターさんに踊って見せたところ、英ロイヤル・バレエ学校への留学をすすめられた。熊川さんはその後、英ロイヤル・バレエ団のプリンシパル(最高位)に昇格。日本に帰国してからはK-BALLET COMPANYを創設し、世界的にも類を見ない芸術団体経営の成功例を示しながら、バレエ界をリードしている。

swissinfo.ch熊川さんがバレエを始めた頃と現在を比べると、バレエ界でどんな変化が見られましたか?

熊川哲也:今も昔も変わりません。バレエというのは普遍的な形式美ですから。どの時代でもジュニアたちの意識は変わらないと思います。スマートフォンが登場してからも、情報へのアクセスの仕方には変化があったかと思いますが、アプローチ自体が変わったわけではないですし、34年前にこの地に立っていた自分を思い出しても、今の子供たちと変わらぬ緊張感を持っていた。それは時代を経ても変わらないことです。

もちろん、コンクールのシステム、つまりオペレーションやメニューといったコンクールの構造は大きく変化していると感じます。

swissinfo.ch:バレエ界に足を踏み入れるきっかけとなったスイス人バレエ教師・振付家のハンス・マイスターさんとの出会いはどのようなものだったのですか?

熊川:雪の降る2月に、北海道で参加した講習会で出会いました。素敵な先生でしたよ。ロイヤル・バレエ学校への入学を後押ししてもらい、ローザンヌ国際バレエ・コンクールにもロイヤル・バレエ学校の生徒として出場しました。世界への扉を用意してくれた方と言えますね。

swissinfo.ch:その講習会ではマイスターさんに自分から積極的にアプローチをして、ドン・キホーテのソロを見てもらった、と。

熊川:当時、北海道で暮らす少年には、なかなか世界とのつながりがありませんでした。子供ですし、北海道だとなおさらハードルが高かったんです。だから、外国人の先生の講習会を受ければ、海を渡るきっかけになるのではないかと思い、かなり気合を入れてアピールしたことは覚えていますね。元々目立ちたがりの性格だったんです。

swissinfo.ch:スイスでは最近、ローザンヌ、チューリヒ、バーゼルのバレエ学校で、元生徒による教師のパワーハラスメント告発が相次ぎ、大きな議論を呼んでいます。厳格な指導を受けるバレエ界でのハラスメント問題には、どのように対処し、どのような解決策があると思いますか。

熊川:まず、基本的な人権は守ってあげないといけないと思います。きちんとバレエの範囲内で収まるよう心がけ、当然個人的な攻撃はしてはいけません。パーソナルな問題に発展しないことが大切だと思います。

ただ、ハラスメント問題は、訴える人の主観がどこなのかが分かりづらいという事実もありますよね。

昔の指導からの過渡期、移行期であるとはいえるのだと思いますが、過去の時代では当たり前であったことを今ピックアップされても、ちょっとフェアでないとは感じます。それを言い出したら、戦争中、戦後の日本の教育はどうだったか。それを経て、僕らの親世代である団塊世代から、団塊ジュニアという世代に移行してきたわけです。

バレエ学校を率いる世代もいま、僕らの世代に移行している時期ですから、この時代になって当たり前になったことを、前の世代にも当てはめ非難するのは無理があると思います。

バレエは、フィジカルなものですから、身体的接触やセクシャルは当たり前に作品に現れます。また、振付家や指導者がダンサーに指示を出し、ダンサーはそれに従い踊るという基本構図がありますから、そこに疲れが出やすいのかもしれないですね。

swissinfo.ch:スイスのバレエ学校では、スタジオにカメラを設置して先生を監視し、ハラスメントを防止する案も出ていますが、そうすると厳しく叱ることもできなくなります。ダンサーにとって有益で学びやすい環境は、どのように作ることができると思いますか。

熊川:ロシアなどの伝統的なバレエ教育は、折檻もありますし、体型にも厳しい基準が設けられるのが当たり前。そういった環境がバレエ大国を生み、そこから発信される芸術は崇高です。ただ、その厳しさが実を結び、恩恵に恵まれる人はごくひと握りで、それ以外の人は傷ついて去らざる得ない。数だけピックアップすると、傷つく数の方が多いかもしれないですが、頂点を目指す人にとっては必要な環境。バレエ芸術自体が大変過酷な芸術であるがゆえの複雑な問題だとは思います。

swissinfo.ch最後に、若いダンサーの方たちに何かアドバイスはありますか?

熊川:いえ、僕はアドバイスをしないことにしているんです。アドバイスは、自分が経験してきたことをベースに、相手を思って伝えることですが、結局は自分で考えていかねばなりません。今はスマートフォンがあれば、自分で色々と調べることもできるし、ライバルの様子もわかる。何かアドバイスを受けると、その人のせいにできてしまいますし、決断は自分の責任で行うことが必要です。もちろん技術的な指導はしますが、教育は適度に放置することが大事だと思っています。

編集:大野瑠衣子

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