アルプスの岩壁を器用に伝い歩く姿でおなじみのこの動物、今では多数見かけるが、スイスではいったん姿を消していた。(映像・SRF/swissinfo.ch)
このコンテンツが公開されたのは、
アイベックスは昔、スイス人に非常にありがたがられていた。肉やツノに薬効があると信じられ、盛んに狩猟が行われた。ツノの粉はめまいに効くとされていた。
最後の一頭がヴァレー(ヴァリス)州で射殺されたのは1809年のこと。だが、隣国イタリアには王室の狩猟用ストックとして、まだ多数のアイベックスが生息していた。スイスはイタリアアイベックスの買い受けを打診したが、ヴィットリオ・エマヌエーレ2世に断られている。
そこでスイス当局は1906年、密猟者を雇ってイタリアアイベックスの子を相当数捕獲、スイスにひそかに持ち込ませるという手段に出た。繁殖は順調に進み、ベルナーオーバーラント地方のアウグストマットホルンで、コロニー作りにこぎつける。のちにイタリアの権力者となったムッソリーニからの寄贈により、スイスにおける頭数はさらに増えた。
アルプスアイベックスの生態を脅かすのが、いわゆる「ボトルネック」と呼ばれる現象。これは頭数が激減する時に起こるもので、遺伝的多様性が失われ、群れ全体の健康状態にダメージを与える。
アイベックスの健康状態についてスイス政府に助言を行っているチューリヒ大学進化生物学研究所のルーカス・ケラー教授は、「アルプスに生息する群れの多くは順調に育っており、特に介入の必然性はない。だが、実際に問題の起きている群れについては、別の遺伝子的背景を持った個体の投入を考慮すべきかもしれない」と述べる。
威風堂々たるアイベックスは、50を超えるスイスの町や村で紋章デザインに採用されている。中でもグラウビュンデン州は、観光局のロゴや広告にもアイベックスを使用。スイスの自然保護組織、プロ・ナチュラもそのシンボルに、また、ビールブランド、カランダもラベルにアイベックスを使っている。
寿命:野生で最長19歳
体重:40〜50キログラム(メス)、70〜120キログラム(オス)
エサ:主に草。苔、花、葉なども
生息場所:標高1800〜3300メートルの山岳地帯
保護状況:良好
スイスにおける個体総数:1万7千頭
(英語からの翻訳・フュレマン直美)
(英語からの翻訳・フュレマン直美)
続きを読む
おすすめの記事
アルプス山脈に生息する両生類
このコンテンツが公開されたのは、
擬態の天才・アルプスサラマンドラは、他の両生類とは異なる珍しい方法で子孫を残す。また、寒さとも上手く付き合うサバイバル能力を持っている。
もっと読む アルプス山脈に生息する両生類
おすすめの記事
鼻歌で滝の中を潜り抜ける鳥、ムナジロカワガラス
このコンテンツが公開されたのは、
丸みを帯び、喉から胸にかけて白いのが特徴的なムナジロカワガラスは、鳴鳥の中で唯一泳ぎが得意な鳥だ。滝の中を飛んで潜り抜けることもできる。繁殖には澄んだ河川と、巣づくりできる静かな環境が必要だ。
もっと読む 鼻歌で滝の中を潜り抜ける鳥、ムナジロカワガラス
おすすめの記事
スイスの環境パフォーマンス、順調は誤解
このコンテンツが公開されたのは、
経済協力開発機構(OECD)は27日、スイスの環境対策に関する調査報告書を発表し、アルプスの国スイスが野生動物や生息地を保護する取り組みで成果を上げているとする認識は誤まっている、と指摘した。
もっと読む スイスの環境パフォーマンス、順調は誤解
おすすめの記事
マーモット、アルプスに生きるスイスのマスコット
このコンテンツが公開されたのは、
マーモットはリス科の動物で、最大20匹の群れを作る。手の力が非常に強く、丈夫な爪で巣穴を掘る。繁殖ができるようになる3歳までは、両親や兄弟たちと暮らす。10月初旬から4月中旬まで冬眠し、その時期が近づくと体重は2倍に増え…
もっと読む マーモット、アルプスに生きるスイスのマスコット
おすすめの記事
「クマと人間が共存できる環境を」 生物多様性保全、スイスで遅れ
このコンテンツが公開されたのは、
「スイスの生物多様性に関する取り組みは著しく遅れている」。ベルン大学保全生物学研究室主任のアルレッタ教授はそう言い切る。政治家や教育関係者、そして一般市民がもっと自然に親しむ努力をすることこそ活動活発化の決め手だと言う。
取材当日に現れたラファエル・アルレッタ教授の服装は、グリーン系アースカラー2色でコーディネートされていた。教授室の書棚はすっきりと整頓され、鳥の切り抜きがあちこちに貼られている。彼が17歳の時に研究を始めたヤツガシラもその一つだ。教授が1990年代に始めた個体数回復プロジェクトにより、スイスにおけるヤツガシラの生息数は飛躍的に増加した。生物多様性保全活動の大きな成功例だ。
もっと読む 「クマと人間が共存できる環境を」 生物多様性保全、スイスで遅れ
おすすめの記事
アルプスの高貴な花 エーデルワイス
このコンテンツが公開されたのは、
乾燥した冷たい空気と強い紫外線にさらされるアルプスの高原。そんな過酷な気候にエーデルワイスが耐えられるのは、花びら(正確には包葉)に付いている毛のおかげだ。エーデルワイスは古くから薬や化粧品として利用されてきた。またこの…
もっと読む アルプスの高貴な花 エーデルワイス
おすすめの記事
生命の木、ブナに温暖化の脅威
このコンテンツが公開されたのは、
秋になると、スイスのブナの木は燃えるような紅葉に彩られる。しかし、これらの木々は気候変動による温暖化に苦しんでいる。
もっと読む 生命の木、ブナに温暖化の脅威
おすすめの記事
甘くておいしい、スイスアルプスの青い果実
このコンテンツが公開されたのは、
スイスの山々では毎年5月から6月にかけて、野生のセイヨウスノキが花を咲かせる。その果実であるビルベリーは甘みがあり、鳥、キツネ、クマたちの大好物だ。
7月から8月に果実が成熟したあと、秋には見事な深紅色の葉をつける。商業目的で栽培されるものとは異なり、自生した果実の果汁は指や唇を青く染めるのが特徴的だ。野生種は鉄分、ポリフェノールの一種であるタンニン、そしてビタミンをより多く含有している。
生育に最も適しているのは酸性の砂質土壌で、樹は30~60センチの高さになる。森林や山の高木のない場所に生息し、ビルベリーはハイカーたちのおやつとして人気だ。ただ、キツネやライチョウなどの野生動物が食料としているため、自然保護区域内での収穫は禁止されている。
ヒグマもまた、ビルベリーを食べる。スイス人で野生動物の研究者、マリオ・テウスさんは2007年と08年、ゴミなどを漁ることから「問題クマ」グループにカテゴライズされていたクマ「JJ3」を調査。後日、日刊紙ブントに対しこう語った。「ある日、私はJJ3がゆったりと果実を摘み取っているのを見た。クマを敵対視する猟師の友人を私の観測ポイントに連れていき、その様子を見せたところ、友人は衝撃を受けていた。この一件で、彼のクマに対する見方が根底から覆えされた。JJ3は凶暴な野獣ではなく、アルプスに暮らす温和なヒグマとして彼の目に映ったのだ」。
それにも関わらず当局は2008年、JJ3の射殺を決定。環境保護活動家たちから批判を受けた。
もっと読む 甘くておいしい、スイスアルプスの青い果実
swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。
他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。