スイスには昨年、中国から多くの観光客や投資マネーが押し寄せた。国内のホテルや企業が中国資本に買収されその波は今後も続きそうだ。ホテル産業は歓迎ムードだが、スイスが「家宝」を売り飛ばす事態になるとの批判も出ている。
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中国の大富豪・高云峰(Gao Yunfeng)氏はルツェルンにあるパレス、四つ星ホテルのメルヒゼー・フルットなど、今やスイス国内のホテルを4つも保有する。スパホテルのバード・ゼルノイス、ラウターブルンネンのホテル・シュッツェン、ジュネーブ湖畔のル・ミラドーも中国企業の傘下に入った。
これに対し、保守右派の国民党の国会議員、ハンス・ウーリ・フォークト氏は「スイスのノウハウを中国に売り渡そうとしている」と警告する。同氏は先日、政府に対し、自国の利益を優先する中国のやり方をなぜ支援するのか問いただした。中国の手中に入ったスイス企業は増加の一途をたどり、空港サービスや小売り、時計メーカー、商社、製造、ホテルと広範囲に及ぶ。
懸念を抱く政治家はフォークト氏だけではない。他の政治家も、2014年に締結されたスイス・中国の自由貿易協定(FTA)について、スイス企業も同等に中国企業の株式を購入できるよう再交渉を求めている。エネルギーなど戦略的に重要な分野で中国の買収を防ぐ欧州連合(EU)の指示に従うよう求める声もある。
国連貿易開発会議(UNCTAD)によると、中国企業による2016年の対外投資額は前年比70%増の1830億ドル(約20兆5千億円)だった。中国化工集団(ケムチャイナ)によるスイスの農薬大手シンジェンタの買収だけで430億ドルが支払われた。
中国の習近平国家主席は1月、観光の促進も含めてスイス・中国間の貿易関係を前進させるよう催促した。昨冬にスイスを訪れた中国人観光客のうち7.8%が延泊し、2017年1~3月期の観光客数は前年比12.3%増えた。
中国国際航空(エアチャイナ)は今年、約20年ぶりに北京~チューリヒ間の直行便を再開。これにより中国からのスイス宿泊客は2万~3万人増えると見積もられている。
完売?
スイスのヨハン・シュナイダー・アマン経済相はこうした批判を難なくかわす。同経済相は大衆紙ブリックとのインタビューで、国の重要産業を保護するという原則に賛成する考えを示した。政府は鉄道や通信、エネルギー、軍事、郵便事業ではすでに支配権を確保しているという。
だがそれ以上の保護主義には走らない、とも言い切る。経済相は同紙に「人々がこうした懸念を抱く理由はよく分かるが、技術やイノベーション、そして何よりも雇用がスイスに残る限り、(中国による買収は)受け入れ可能だ。それが大切なのだ」
「スイスのノウハウ流出はそう簡単には起こりえない。それはスイス人の頭の中にあるからだ。よその国に何千も送れるものではない。スイスは開かれた市場の中で活動し、それがスイスに富と雇用をもたらす」と経済相は述べている。
(英語からの翻訳・ムートゥ朋子)
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中国はスイスの大親友
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中国からはほぼ毎月、何らかの派遣団がスイスを訪れている。経済、金融、研究、環境や気候、文化、そして人権と、分野は多岐にわたる。このような両国関係の基礎を築いているのは、相互に寄せる敬意と信頼だ。
2016年4月、当時の連邦大統領ヨハン・シュナイダー・アマン氏が公式訪問で北京を訪れた。それから1年も経たないうちに、今度は中国の習近平(シーチンピン)国家主席がスイスの首都ベルンを訪れた。これほどの短期間に、国家元首が相互に訪問することはいたって珍しい。
連邦外務省アジア太平洋地域課のヨハネス・マティアッシー課長は「これは中国がスイスを重視している証だ」と言う。「今回の訪問が単なる表敬訪問ではなく、実質的な意味を伴う重要な訪問であることは明らかだ」
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スイス投資に酔いしれる中国企業
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中国企業によるスイスへの昨年の投資額は48億ドル(約5400億円)と、前年の4倍に達したことが、法律事務所ベーカー&マッケンジーの調査で分かった。430億ドルにのぼった中国化工集団(ケムチャイナ)による農業バイオ大手シンジェンタの買収案は、規制当局の審査結果待ちにあり、同調査では除外している。
活発な中国投資の全体像を外観すると、同社の調査では中国による欧州全体への2016年の直接対外投資(FDI)は総額460億ドル(前年比90%増)、対北米では480億ドル(189%増)となった。
昨年、中国の海航集団(HNAグループ)はスイスの旅客機関連サービス、ゲートグループ・ホールディングやSRテクニクスを買収。その前に同社はスイスポートを買収していた。その他、近年の巨額取引としては、Haers社によるアルミ製ボトル製造のシグ(Sigg)社買収がある。
他の中国企業はスイス企業を買収せずにスイスに投資してきた。中国のソフトウエア大手、東軟グループ(Neusoft)は09年以来、欧州の拠点をアッペンツェルに置いている。東軟の劉積仁(リュー・ジレン)会長は先月の世界経済フォーラム(WEF)で、「最先端のサービス分野への多角化を図り、中国のFDIは今後数年でさらに増えるだろう」とスイスインフォに語った。
「中国において、スイスは透明性が高くて親しみやすく、ビジネス環境のさまざまなランキングで上位を占める安定した国、というイメージだ。海外展開を考えている中国企業は、今後さらにスイスに進路を向けるようになるだろう」
ベーカー&マッケンジーによると、中国企業による欧米への投資額はこの10年間で26億ドルから940億ドルに増えた。その過半は過去3年で急増した。
だが同社は、各国の規制当局が買収案件をより厳しく監視し、中国当局も資本の海外流出を抑えようとするため、中国によるFDIの増加ペースは減速するとみている。同社の調査では、昨年は欧米で計740億ドル以上に値する30の買収提案が阻止された。
ベーカー&マッケンジー中東アフリカ・中国グループのトーマス・ギレス会長は「政治的・規制的な監視の目はより厳しくなり、政治的なリスクの精査と規制への対応は、全体的な買収戦略として非常に重要になる」と話す。
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