エラスムス+でパートナー国へと後退したスイス、その影響は?
スイスは、欧州の学生交流プログラム、エラスムス+(エラスムス・プラス)でメンバー国からパートナー国へと立場が変わった。それは、今年の2月の国民投票で欧州連合(EU)からの移民を制限する案が可決され、EU・スイス間の学生・研究者の交流に問題が生じたからだ。こうした立場の変化が何をもたらすのか?その影響を探ってみた。
ドイツの学生フェリックス・ブリッツァさんは、スイス・連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)へ今年秋からの留学を希望していた。しかし、行けるかどうか危うい状況に陥った。スイスが学生交流プログラムのエラスムス+でパートナー国になってしまったからだ。
「エラスムス+の申請期限は既に過ぎていたので、別の大学に申し込むこともできなかった。ただ、希望を持ち続けるしかなかった」とブリッツァさんは話す。
機械工学を学ぶブリッツァさんにとってスイス留学は、フランス語を習得し、新しい文化も体験し、違う大学で学ぶことで新たな知識を得る機会だった。それに、スイスで「スキーやサイクリングを思う存分楽しむこと」もやってみたかった。
そこへスイス政府が助け舟を出し、スイス・ヨーロッパ・モビリティ計画(SEMP)という新ネットワークを創設して、交換留学制度を続けることにした。SEMPは外国へ行く学生とスイスへ来る学生両方の費用を負担し、エラスムス+に代わって政府が直接小額の生活費を給付する。SEMPのおかげで、ブリッツァさんにとってはすべてがうまくいき、以前より条件が良くなったとさえ考えている。
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SEMPから月々受ける奨学金が、エラスムス+から支給されるはずの額より多いこともあり、「(スイスの交換留学制度が)エラスムス+でなくなったことには誰も不満を言っていない」と言い、こう付け加える。「エラスムス+の留学生といえば、何もせずに毎日遊び回っているというイメージがある。スイス政府奨学生の方がずっと通りがいい」
SEMPはおおむね功を奏しているようだ。スイスの大学に来る留学生の数は、今年初め10〜38%落ち込んだ。しかし、スイス政府の国際教育プロジェクトを担当するエタン・ラガーさんは、ヨーロッパの学校と連絡を密にした結果、留学生の数はすぐに回復するだろうとみている。
例えばスコットランドのグラスゴー大学の場合も、2014年の秋学期に予定していたスイスへの留学生派遣を一時中止したが、次の学期には復活する予定だ。同校の国際メディア課のエリザベス・ビュイさんによると、これはスイス政府が動いたためだという。
「交換留学生の数は、スイスがエラスムス計画に参加していた時の数字と変わらない」とビュイさんは言う。
スイス・連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)の交換留学生課のアンジェリカ・ヴィテック主任も、これまで派遣・受け入れ交換留学生の数は大きく変わっておらず、交換留学協定の大半は維持できていると話す。
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「こういう事態になって、むしろラッキーだったと言えるかもしれない。スイスがエラスムス計画の(運営には携わらない)サイレント・パートナー国だった2011年以前と同じようにプログラムを扱えるようになったからだ。今のエラスムス+は、かなり複雑になっている。例えば(交換留学に行く前に)学生は言語診断テストを受けなくてはならない」とヴィテックさん。
エラスムス計画は今年の1月1日、たくさんの交換留学計画や提携計画を一つに統合して「エラスムス+」という名で生まれ変わった 。スイスがエラスムス+の前身である「ライフロング・ラーニング計画」に全面参加したのは、2011〜13年の間だけだ。
スイス主導の研究プロジェクトへの打撃
しかし、エラスムス+でパートナー国へと後退したことは、スイスの大学や研究機関が欧州内の研究プロジェクトでリーダシップを取れなくなるというマイナスの影響を生んでいる。
「(EUからの移民制限に関する投票が行われた時)スイスの教育・研修機関の多くは既にプロジェクトの取りまとめ役を務めていた」とラガーさんは指摘する。「これらの機関は、数週間のうちに調整役をヨーロッパのパートナーに任せてサイレント・パートナーとして招待してもらうか、応募をやめるかの道をとらなければならなかった」
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こうしたEUとの連携には、新カリキュラムの作成、成功事例の共有、ヨーロッパの大学と企業の協力強化などが含まれ、これらの企業は将来卒業生を雇用する可能性がある。そう話すのは、ブリュッセルにあるヨーロッパ研究革新教育連絡局「スイスコア(SwissCore)」のフロランス・バルタザールさんだ。バルタザールさんの任務は、ヨーロッパの学校・大学とスイスのパートナーシップの発展・強化だ。
「ライフロング・ラーニング計画にスイスが全面参加していた頃は、協力プロジェクトを取りまとめたり実施したりすることができた。今は、参加したいと思えば自費で行い、運営には参画できないし、公認もされない。思い切って全面参加したとしても、プロジェクトの取りまとめ役はできない」
このようなプロジェクトから除外されることでスイスが損をしていると人々に納得させるのは容易ではない。スイスが全面参加していたのは2011〜13年の間だけだからだ。期間が短かったため、大学や研究機関の多くは、参加によって開かれた可能性をようやく活用し始めたばかりだった。
ラガーさんによると、エラスムス+でスイスの立場が変化した影響を実感しているのは、主に応用科学大学や技術系の学校、企業だという。大学や技術研究所は、既に確立したネットワークやプロジェクトを持っていることが多いからだ。
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被害を最小限に食い止める
ペーター・アイゲンマンさんは、ベルン応用科学大学の国際関係課の主任だ。課の職員は、ヨーロッパの各大学との提携関係をできるだけ維持しようと東奔西走し、直接訪問をしたりもしたが、うまくいくケースばかりではなかったそうだ。また、他のヨーロッパ諸国との教員やスタッフの交換・連携計画への参加も、近年増えてきていたのに「急減した」という。
当座は政府の介入で乗り切れるとしても、今後長期的にヨーロッパの交換留学制度にスイスが参加を続けるためにどのように資金を調達し、関係を維持していくか。それが目下の問題だ。
スイス政府・国際教育プロジェクト担当という立場のラガーさんはこうくくる。「私たちはすべての選択肢を検討している。また、(EUの計画への)全面参加を目指して交渉する指令は今も受けている。それが私たちの目標だ」。「ただし、欧州委員会側は、『人の自由移動』問題が解決してからでなければスイスの全面参加は認められないと、非常にはっきり表明している」
(英語からの翻訳・西田英恵 編集・スイスインフォ)
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