スイス政界に広がる人種差別発言
反イスラム的なツイート、あるいはフェイスブック、ブログ、ポスター、テレビでの外国人攻撃。政治家や政党員が関与した最近の事件の数々は、国連人権理事会での発言を間近に控えたスイスにとっては放っておけない問題だ。
この数カ月間、政治家や政党員による外国人やイスラム教徒に対する差別的発言が相次ぎ、マスコミをにぎわせた。とりわけ目立ったのは、右派の国民党(SVP/UDC)員によるものだ。
チューリヒ州検察は9月、国民党のアルフレッド・ヘール国民議会(下院)議員を人種差別のかどで起訴した。ヘール議員はチューリヒの地方テレビ局「テレ・チューリ(Tele Züri)」の番組で、「チュニジアの若者は、難民申請していながら実は犯罪を犯すつもりでスイスにやって来る」と発言。議会は現在、ヘール議員の免責特権の有効性を協議しているところだ。
国民党チューリヒ支部のアレクサンダー・ミュラー党員もまた検察の捜査対象となっている。ミュラー党員は6月、「ひょっとしたら新たに『水晶の夜』が必要となるのかもしれない・・・。今回はイスラム教徒に対して」とツイートした。「水晶の夜」とは、1938年11月9日の夜から10日未明にかけてドイツの各地で発生したユダヤ人に対する暴動を指す。この発言のために職場を解雇されたミュラー党員は、公式に謝罪した後、離党した。
ベルン州検察もまた、国民党のウルリヒ・シュリュアー元国民議会議員の起訴を検討中だ。チューリヒ州に住むシュリュアー氏は、2009年ミナレット建設禁止イニシアチブの際に行われた「黒いヒツジ」キャンペーンの陰の立役者の1人。起訴の理由は、7月にインターネットで公表された記事の中で差別的な発言をしたことだ。
さらにスイス南部イタリア語圏のルガーノ(Lugano)に拠点を置くNGO「ベルテチーノ連合(Associazione Belticino)」も9月、右派ポピュリスト政党「ティチーノ同盟(Lega di Ticinesi)」のロレンゾ・クアドリ国民議会議員がフェイスブックに反イスラム的な写真モンタージュを載せたことを抗議するため、国民議会議長宛てに書簡を送った。元検事で全州議会(上院)議員のディック・マルティ氏など著名政治家の支援を得ての抗議だ。現在、問題の写真はフェイスブックから削除されており、グアドリ氏は掲載した事実はないと主張している。
もっと厳しく
連邦人種差別対策委員会(EKR/CFR)は、スイスはそろそろ公共の場で差別的な発言をした政治家に対する対処を厳しくすべきだという見解だ。
29日にはジュネーブで国連人権理事会が開かれ、スイスは第2回普遍的・定期的レビュー(Universal Peridic Review)を提出する。そのレビューの中で委員会は、移民、外国人ツーリスト、難民希望者は「特定の生活領域において、外国人嫌悪や人種差別に対する保護を十分に受けていない」と記している。
そして、「スイスの政治家は処罰を受ける心配もなく、かなりの程度で反外国人的な発言を許されている。そのためスイスは、人種差別的な見解に甘いと非難される恐れがある」と続く。
委員会は、政府も議会も反対している差別対策用の包括的な法律の導入だけでなく、政治家がからんだ差別事件に対し現行の刑法261bis条をより拡大・強化した法律を適用するよう求めている。
ドリス・アングスト委員長は「刑法の文章表現はよいが、その適用となるとまた別問題だ。政治的プロパガンダの道具となった人種差別に対し、裁判はそれ相応の処置をしていない」と述べる。「政治が絡んだ事件では、裁判所は言論の自由を人種差別より重要視する傾向にある。これが問題だ」
連邦内務省人種差別対策窓口(FRB/SLR)のミケレ・ガリジア所長も同じ見方で、ここにスイスの直接民主制と連邦制が反映されていると言う。「確かに口を滑らせる可能性はあるが、それでも微妙な問題をくすぶらせたままにしておくよりはオープンに話し合う方がよい」
自宅のカウンターバーで
明らかなのは、政治家がソーシャルメディアやインターネットを活用するようになって問題や意見が誇張されるようになり、政党が規則を強化せざるを得なくなったことだ。
ガリジア氏は「ソーシャルメディアはときに、人を自宅のカウンターバーに座っているような気分にさせ、政治的な影響についてあまり考えることなく、かなりあけすけに自分の意見を言わせてしまう」と言う。
また、人種差別を専門とするルツェルンのジャーナリスト、ハンス・シュトゥッツさんは、スイス最大の政党である国民党では、党内でもさらに右寄りのグループがソーシャルメディアを盛んに使っており、その統制に手を焼いているとみる。
「使われている言葉や表現は変わっていないが、それをより頻繁に公にするようになった。このような類いの人種差別的な発言に意見をする人がいなかったため、彼らはどんどん過激になってきた」
守り
ミュラー国民党員の6月のツイートと、ソロトゥルン州のベアト・モジマン国民党員のフェイスブックでの難民申請者に対する非難が公になった後、国民党は党のウェブサイトに人種差別的な発言は「認容しがたい」という論説を載せ、同時にソーシャルメディアがはらむ危険性についても警告した。これらのメッセージはインターネット以外でも広められている。
ヴァレー/ヴァリス州のオスカー・フライジンガー国民党員は、日刊無料新聞「ツヴァンツィヒ・ミヌーテン(20Minuten)」のオンライン版でより激しい発言をしている。「党員はソーシャルメディアの利用を止めるべきだ。危険過ぎる」
人種差別対策委員会のマルティンヌ・ブルンシュヴィヒ・グラフ委員長は国民党を擁護し、「これらの事件が党の公式な立場の表れではないことは明らかだ」と言う。「外国人敵視や人種差別的な発言をする人がいる党は、何も国民党だけではない」
ブルンシュヴィヒ・グラフ氏は国民党と連絡を取った結果、12月に会見して、人種差別に関する予防対策や限度の確定について話し合うことになった。他の政党とは2013年に同様の話し合いの場を持つ予定だ。
1995年から2011年の間、人種差別に関して定めた刑法261bis条の違反による刑事訴訟は547件(年平均32件)発生。うち有罪は259件(年平均15件)。
連邦人種差別対策委員会(EKR/CFR)とNGO「ヒューマンライト・ドット・シーエイチ(Humanrihgt.ch)」は最新の報告で、差別を受けている10グループのデータをまとめた。それによると、2011年には黒人やイスラム教徒に対する差別が156件報告された。前年の178件より少ないが、2008年の87件に比べるとかなり増えている。
専門家は、この数字は氷山の一角にすぎないという見解だ。被害者は、長期間に及び、膨大な費用がかかる訴訟を起こせないことがほとんどだからだ。また、訴訟になると目立つほか、職や滞在許可を失ったり、家族に迷惑がかかることもある。
人種差別や外国人敵視の対策として、スイス政府は、長期的な視野で継続的に相応の予防活動や啓もう活動を行う義務を負う。
これに関し、さまざまな活動を提案・調整しているのは連邦内務省人種差別対策窓口(FRB/SLR)。融和や移民に関するプロジェクト、人権分野の教育や学校プロジェクト、差別撲滅プロジェクトなどの費用を援助している(予算は90万フラン、約7700万円)。
2009年、人種差別対策窓口は人種差別問題に関する法律ハンドブックを出版。2010年から2012年まで40の教育コースを開き、州公務員やNGOメンバー500人から600人にハンドブックを基礎に教育を施した。2010年には極右撲滅戦略に関する調査結果を公表。
2002年にはスイス軍の中に過激主義を扱う窓口が設けられた。人種差別対策窓口に付属し、軍内の過激主義に関する事件減少に向けた調整役を務める。軍内の過激主義の届け出先として、すべての軍関係者(兵役義務に就いている人、職業軍人などの軍高官)、その親や家族、州や連邦の関係当局が利用できる。コンサルタント、教育、啓もう活動、情報公開などを行っている。
スイス政府の委任により、人種差別対策委員会は人種差別に取り組み、人種、肌の色、国籍、民族、宗教が異なる人々の間の理解を深め、直接・間接的なあらゆる人種差別を撲滅し、効果的な予防策を取るよう務めている。
(出典:スイス第2回普遍的・定期的レビュー)
(英語からの翻訳 小山千早)
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