スイス軍、軍事施設の民間売却を中止 軍事的脅威が背景に
スイス軍がアルプス山中に作られた掩体壕(えんたいごう)の売却を中止した。不要な軍事施設として売却を進めていたが、軍事的脅威の高まりを背景に方針転換した。
スイス軍は2010年から、不要となった掩体壕を売りに出していた。以来、そうした軍事施設はデータセンターや芸術プロジェクト、ホテル、ビットコインの保管施設などに姿を変えてきた。しかし軍のトップであるトマス・ズースリ氏は18日、独語圏日刊紙ターゲス・アンツァイガーの取材に対し、スイス軍は掩体壕の売却を中止したと語った。ロシアの軍事侵略やその他の地政学的脅威に直面した場合、掩体壕は防衛において重要な役割を果たすと考えたからだ。掩体壕の重要性を再認識したスイス軍は「現在、司令部や戦闘施設の全てを洗い出し、再調査している」という。
掩体壕売却を決めた2010年、状況はまったく違っていた。国防相を務めていたウエリ・マウラー氏は当時、「軍事的脅威の性質は変わった。掩体壕は配置状況も悪く、格納されている兵器はあと10~20年しかもたない。将来使わないものの維持に価値はない」と言い切った。
掩体壕の中に作られたサッソ・サン・ゴッタルド博物館を紹介するツィング館長:
また、弾薬庫など兵器の維持は、民間人にも影響を与えた。例えばベルナーオーバーラント地方のミトホルツ村では、1947年に地下弾薬庫に保管されていた弾薬と爆薬の一部が爆発する大規模な事故が起きた。国は2018年、残された弾薬を撤去するため村を10年間閉鎖すると発表。付近の住民は長期にわたり自宅を離れなければならなくなった。
しかし、2014年に起きたロシアによるクリミア半島の併合と、2022年のウクライナ侵攻によって、軍事的脅威の性質は再び変化した。
ズースリ氏はターゲス・アンツァイガーに対し、「現在、他国の軍隊が研究・テストし、調達しているものは、2030年代にスイスを脅かす可能性がある」と語った。
増える軍事費
スイス連邦議会は2022年、軍事費を2030年までにGDPの1%にあたる70億フラン(約1兆1千億円)に引き上げる案を可決した。ただスイス政府はその後、財政赤字を回避するため軍事費の増額幅を縮小した。
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軍事費の増額と並行して、ズースリ氏は軍に今ある設備を余すことなく活用しようと考えているという。2003年に迫撃砲を装備した掩体壕が100カ所あり、他にも弾薬やその他備品の保管に使える施設がある。ある掩体壕にはレオパルト戦車96両が格納されており、装備が刷新される予定だ。
掩体壕の正確な数は、その所在地ともに極秘に扱われている。推定では国内8千カ所に点在している。
掩体壕の歴史
掩体壕が初めて建設されたのは、スイス南部にゴッタルド鉄道が開通して間もない1886年だ。1937年には欧州で戦争の脅威が高まるなか、スイス軍のアンリ・ギザン将軍はアルプスの峠道からの侵略に抗戦できるよう、アルプスへの「スイス国家要塞」の建設を命じられた。
冷戦期も、ソ連からのミサイル攻撃に備え掩体壕は維持された。それに加え、核戦争が勃発した際にシェルターとして機能するよう、民間の建物約37万カ所に防空壕が設置された。しかし冷戦の終結と1990年代半ばからの軍事予算削減により、軍は徐々に掩体壕を解体し民間に売却していった。
売りに出された掩体壕の内覧会に仏語圏のスイス公共放送(RTS)が同行したときの映像:
一般の購入者は掩体壕をどう使った?
チーズ保管庫、博物館、ホテル、データセンター、美術展、ビットコインの保管など、売却された掩体壕の使い道は多岐に渡る。
データセンター「スイス・フォート・ノックス」は掩体壕にサーバーを置き、そのセキュリティーの高さを売り文句にしている。アルプス山脈の奥深くには暗号通貨の保管用に改造された掩体壕もある。中には、核シェルターを増え続ける難民の緊急避難施設に転用せざるを得ない州もある。ほかにも、掩体壕会議施設を備えた地下の隠れ家や、高級ホテルに転じた。
英語からの翻訳:大野瑠衣子
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