北京五輪、外交的ボイコットか スイスでも高まる圧力
来年2月に開催される北京五輪を巡り、いくつかの民主主義国が政府当局者を派遣しない「外交的ボイコット」を検討している。もしボイコットを行うことになれば、スイスが同調圧力に逆らうのは難しくなりそうだ。
現代の五輪開幕式は、国際オリンピック委員会(IOC)の言葉を借りれば「一世一代のスペクタクル」だ。開催国にとって自国の歴史と文化を存分に披露できる絶好の機会でもある。各国の大統領や首相が観客席で見守る中、開催国の国家元首はオリンピック開幕を高らかに宣言し、平和を象徴する白い鳩が大空に放たれる。
だが、もし欧米諸国の人権活動家や政治家の動きが今後も活発化すれば、来年2月の北京冬季五輪ではこういった賓客の数が減らされる可能性が出てきた。
スイス下院の外交委員会メンバーを務めるファビアン・モリーナ下院議員(社会民主党)は、「誰もが中国の人権問題に対する懸念はそっちのけで試合を観戦している状況を想像して欲しい。人道に対する罪が問われている国で、今はお祭り騒ぎをしている場合ではない」と話す。
同氏は、選手だけが大会に参加し、国家元首や政府高官を派遣しない「外交的ボイコット」を支持する。また人権団体は、新疆ウイグル自治区におけるウイグル人の拘束や、香港における民主活動家の投獄、そしてチベット人が置かれている苦境などを列挙し、「中国の非難すべき人権侵害」への抗議としてボイコットを呼びかけている。
ボイコットを訴える運動に参加するスイスのNGO「被抑圧民族協会(Society for Threatened Poeples, STP)」ベルン支部のクリストフ・ヴィドマー氏は、「国際的な反発がない限り、中国は(人権を)抑圧し続けるだろう」と語る。
連邦政府はこれまで、中国との良好な関係を維持するために口を閉ざしてきた。イグナツィオ・カシス外相は会談を行うために今年中に中国を訪問する予定だった。
スイスは恐らく、他国がどう出るかまず様子をうかがっているのだろう。米中の緊張関係が続く中、ホワイトハウスが大会の見送りについて同盟国に打診していると報じられた。英国、カナダ、欧州連合(EU)の議会議員に加え、米国連邦議会の共和党・民主党議員の過半数がボイコットに賛成しているという。
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世界にメッセージを発信する一大イベント
既に何年も前から不満を募らせている人権団体は、政府への公開書簡外部リンクの中で、2008年の北京五輪をきっかけに中国の人権問題は解決するというIOCの予想は見込み違いだったと述べた。
ヴィドマー氏は「08年の時点では、まだ少し改善への希望があった」が、「習近平氏の登場で状況が一変した」と指摘する。12年に習氏が国家主席に就任して以来、中国では少数民族の権利や自由に対する抑圧が強まったと見ている。
冬季五輪は中国にとって節目となる重要なイベントだ。ローザンヌ大学スポーツ科学研究所(ISSUL)のパトリック・クラストル教授は、「開幕式で自国の独自な歴史や価値観を披露できる」五輪は、開催国にとってサッカーのワールドカップ(W杯)と同じく、世界と自国民に向けてメッセージを発信するメガホン的な役割を果たしていると言う。世界中で何億という人々がテレビの前でこのイベントを見守っている。
スポーツ外交が研究テーマの同氏は、「国際関係における自国の影響力と重みを示すために、開催国はスタンドの主賓席を埋め尽くそうとするだろう」と言う。また、中国が08年に発信し、2月に再び繰り返されるであろうメッセージは、「人権は西洋人が考え出したもの」だと続けた。
人権団体は北京での冬季五輪を中止するよう求めているが、IOCはその要請に答えていない。各国代表チームによるボイコットも、世界的にはほとんど支持されていないようだ。ローザンヌを拠点とするIOCの最古参委員であるディック・パウンド氏は、選手の出場を停止しても「それは何の影響も与えない単なるパフォーマンスに終わることは分かっている」と英国放送協会(BBC)に語った。
活動家たちは現在、大会を中止するよう各国政府に圧力を掛けている外部リンク。スイスの要人派遣ボイコットは「中国共産党の組織的な人権侵害に加担しないためにすべき最低限のことだ」とウィドマー氏は述べる。
またモリーナ氏は、来年の北京五輪をボイコットすれば、「世界は中国から残虐な抑圧を受けた犠牲者を忘れていない」ことの意思表示になると述べ、「強いシグナルが重要な外交において、五輪は絶好の機会」であり、「国際社会は中国が定義する人権ではなく、偽りのない人権の概念を貫くべきだ」とした。
リスクを考慮
モリーナ氏は既に今年2回、連邦議会で「多くの学者が(中国の行為は)ウイグル人に対する人道的な犯罪だと批判する中で、スイスは五輪に政府高官を派遣しないという準備はできているのか」と政府に回答を求めている。
これに対し政府は、いかなる約束もできないが、中国における少数民族や人権擁護者の状況が「悪化した」ことを認め、北京五輪への政府当局者派遣については後日決定するとした。また外務省もswissinfo.chの取材に対し、メールで同様の回答をした。
スイスは今年初頭、中国に対する初の外交戦略を発表。中国は、中国の人権状況に対するスイスの批判に強い反発を示した。米国とEUは、新疆ウイグル自治区で人権侵害に関与したとして中国に制裁を発動したが、スイスは後に制裁を科さないと決定した。中国当局はウイグル人イスラム教徒に対する弾圧を否定し、辺境のキャンプは(再教育収容所ではなく)過激派を拘留するためのものだと述べた。
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中国、スイスの外交戦略に憤慨
カシス外相は最近、ドイツ語圏の日刊紙NZZ外部リンクに対し「スイスは独自の外交政策を追求する」とし、「バイデン米大統領とプーチン露大統領のサミットのような首脳会談をジュネーブで開催するなど、独自の道を歩む方針」だと語った。
スイスはまた、今秋チューリヒで米中高官レベルの会議が行われた折、ウイグル人の扱いを巡り国連が発表した共同声明への署名を求められたが、既に同様の宣言に署名している経緯から、要求を拒否している。
あくまで善良な仲介者として当事者を交渉に導くことは、確かにスイスの外交政策の中核ではあるが、各国が国際的な規範に反しても声を上げない理由であってはならないとモリーナ氏は指摘し、「小国スイスは安定した国際的な世界秩序に依存している」と語った。
またカシス外相は、スイスが中国との良好な経済関係を維持するために、超大国の機嫌を損ねるような行動を避けたいと考えていると示唆。スイスにとって第3の貿易相手国である中国に人権問題を持ち出すことは、「綱渡り」だとNZZ紙に語った。
中国は、方針に反発する他国に対し報復措置を取ることで知られる。最近では、台湾がバルト海のリトアニアに大使館に相当する窓口事務所「台湾代表処」を開設したため、リトアニアとの外交関係を格下げしている。またオーストラリアは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の起源調査を求める声を支持したとして中国が科した貿易制裁に苦しんでいる外部リンク。
それに対し、外交的ボイコットの代償はそこまで高くつかないだろうとクラストル氏は言う。「(外交ボイコットは)貿易や日常的な政治関係には影響しない、はるかに小さな抵抗だが、象徴的には大きなインパクトを持つ」
スポーツに政治を持ち込まない
ボイコットの呼びかけに対し、こういった行動がウイグル人やチベット人の窮状を改善するわけではないという批判的な声も上がっている。既に大統領の出席を表明しているロシアは、ボイコットを「ナンセンス」と表現外部リンクした。
中国の外務省はBBCに対し外部リンク「一部の関係者が自分の政治的動機のために、大会準備と開催の妨害や干渉、そしてボイコットするのは非常に無責任だ。こうした動きは国際社会の支持も得られなければ、成功もしないだろう」と反発した。
スイスオリンピック委員会は、「中国の政治に影響を与えることは難しく、(私たちには)まず無理だ」と述べた外部リンク。同委員会のスポークスマン、アレクサンダー・ヴェフラー氏はswissinfo.chに対し、「中国の政治が物議を醸しているのは理解できるが、五輪は政治とは無関係に、様々な国の人々のコミュニケーションを維持するのに役立つ場だと考えている」とEメールで回答した。
スイスにとって、北京五輪の開会式から政治を切り離すのは非常に難しいだろう。だがモリーナ氏は、他の民主主義国が五輪をボイコットすれば、スイスもそれに従わざるを得なくなると考える。「他の西側諸国の国家元首が不在なのに、スイスの大統領やスポーツ大臣だけがのこのこと北京に赴くとは考えにくい」(モリーナ氏)
(英語からの翻訳・シュミット一恵)
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