家畜伝染病予防法改正案 争点はどこに
家畜に伝染病が広がるのを防ぐため、国が率先して予防対策を取れるようにする家畜伝染病予防法改正案が25日、スイスで国民投票にかけられた。結果は賛成68.3%、反対31.7%で可決。投票率は全国平均でたった27.4%だった。
この法案に反対する人たちは、家畜が早産や流産をしたり、原因不明の病気にかかってしまったりしたのは、2008年に政府が強制した予防接種のせいだと主張している。しかし、ベルン大学やチューリヒ大学の調査では、その因果関係は科学的に証明されていない。
国立機関のウイルス学・免疫予防研究所(IVI)のクリスティアン・グリオさんは「今回の法案には、国内やヨーロッパで病気が発生したら、すぐさま予防接種を開始するという条項はない。法案を自分なりに解釈して不安がる人はいるが、その必要はないだろう」と語る。
スイスでは2007年、一部の家畜が青舌病(ブルータング)に感染していることが発覚。政府は2008年に全国でウシやヒツジなどの予防接種を義務化し、青舌病の感染拡大を防いだ。しかし、伝染病対策費用の決定は各州に委ねられていたり、必要なワクチンを購入するには複雑な手続きがあったりと、国が率先して伝染病予防対策を取ることが難しかった。
そこで政府は、家畜が伝染病にかかっているかどうかを素早く把握し、伝染病の予防および拡大防止を国全体で取り組めるよう、家畜伝染病予防法改正案を今年3月に連邦議会に提出。法案は賛成大多数で可決された。だが、国の権限強化や家畜への予防接種に反対する人たちが7月、レファレンダムを提出した。これは、一定数の有効署名を期限内に集めれば、一度連邦議会で可決された法案を国民投票で否決することができる制度だ。
膨大な費用
連邦経済省獣医局(BVET/OVF)によれば、今回の改正案で国が一方的に予防接種を義務づけることはないという。国は今でも予防接種を強制的に実施する権限を持っているが、それを実施するには、州や畜産関係者などと協議を行わなくてはならない。
畜産業者が家畜の伝染病拡大を自力で防ぐことができない場合は、国の介入が不可欠になってくる。グリオさんは「もし強制的に予防接種を行うことができずに、個々の農家の判断に任せられていたら、青舌病をあれだけ早く撲滅することはできなかっただろう」と振り返る。
スイスでは2007年、1頭のウシが青舌病に感染していることが発覚。その年から2011年末までに計76頭が感染した。政府は2008年から2010年にかけて、年間2000万フラン(約18億円)を費やして青舌病対策に乗り出した。連邦経済省獣医局の見積もりでは、予防接種が行われなかった場合、ウシ1万6000頭、ヒツジ2万4000頭が死んでいただろうという。
2008年から2010年にかけて予防接種を受けたヒツジおよびウシは200万頭。家畜全体の8割に及ぶ。今年になって、青舌病はスイスで撲滅されたと公式に発表された。
「家畜伝染病一つを、3年で撲滅できれば早いものだ」と、連邦経済省獣医局のナタリー・ロシャ広報担当官は言う。「家畜伝染病が与える影響を過小評価しないほうがいい。家畜の健康や病気対策の費用だけが問題なのではない。輸出制限にもなれば、経済はかなりのダメージを受ける」
時代の風潮
政府は今回の法改正で、今後の疫病の発生を早期に発見し、予防するという点に重点を置いている。これまでは、予防対策に関して国の役割がきちんと明記されていなかったためだ。グリオさんによれば、狂牛病や青舌病など1950年代、60年代には見られなかった疫病が近年になって発生したり、グローバル化や気候変動の影響で疫病が以前より広がりやすくなっていることが、今回の法改正の背景にあると指摘する。
「今の時代、人や家畜の移動はますます増えており、世界中から物が輸入されている。そのため、今後スイスにやってくるかもしれない新種のウイルスやバクテリアに対し、十分備えておく必要がある」
このように、政府も専門家も家畜伝染病予防法の改正には賛成している。では、なぜそれに反対する人たちがいるのだろうか?
歴史家のオリヴィエ・ミューリさんは分析する。「今回の国民投票では、個人の自由と国の介入という二つの対立が強調されている。国は個人のプライバシーに介入してくる可能性がある」
ミューリさんはまた、国民は事実や科学に基づいて投票しているとは言えないと話す。例えば、天然痘の予防接種の義務化をめぐる1882年の国民投票では、国民の過半数が上から一方的に命令されることに危機感を抱き、法案を否決した。
「こうしたことが直接民主制には起こるものだ。人々は他人の意見には耳を傾けるが、一体何について投票しているのかよく分かっていないことがある。国民投票はいわば世論調査。時代の風潮や、その当時の一般的な考え方を映し出している」
連邦経済省獣医局(BVET/OVF)に設置されているウイルス学・免疫予防研究所(IVI)は、感染力の強い家畜伝染病を発見、監視、コントロールする国立機関。対象となる伝染病には、鳥インフルエンザ、口蹄疫、ブタコレラなどがある。
ウイルス学・免疫予防研究所では、発生中のウイルス性疫病が人に感染するかどうかなど、ウイルスに関するさまざまな研究を行っている。
今回の家畜伝染病予防法改正案は、感染力の高い家畜伝染病の早期発見および予防の改善を目的にし、国と州の担当分野を新しく規定する。
国の担当分野は、家畜伝染病の予防対策決定およびそのコントロール。
国は畜産業者に対し一時的に課税することができ、国と州の金銭負担の割合を決定できる。
国はまた、ワクチンバンクを整備したり、ワクチンを購入したりすることができる。さらに、ワクチンを無料ないしは低価格で配布できる。家畜の健康に関する国際条約の協議にも参加できる。
スイスの全26州は国が決定した予防対策を実施し、州の指示に従わなかった人を刑事的に追求する。場合によってはこれまでよりも厳しい刑罰が設けられる。
この改正案は今年3月、連邦議会で可決されたが、これに反対する人たちがレファレンダムを提出。11月25日に国民投票が行われたが、結果は賛成多数で可決となった。
この法案に反対する人たちは、国は今後家畜への予防接種を強制的に実施すると主張。一方、国はそれを否定している。
(英語からの翻訳・編集 鹿島田芙美)
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