大きすぎる?ビル・ゲイツのWHOへの影響力
24日にスイス・ジュネーブで始まる予定の世界保健機関(WHO)年次総会外部リンクは、改革の要求に直面することになるだろう。新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)は、WHOの財政基盤の弱さを浮き彫りにした。主要課題の1つが、WHOの資金調達方法と、WHOの2番目に大きいドナーであるビル&メリンダ・ゲイツ財団外部リンクをはじめとする民間部門の役割だ。
国連の専門機関であるWHOは公的資金を拠出する加盟国によって運営される一方で、民間のドナーに大きく依存している。その1つであるゲイツ財団は今のところWHO最大の民間出資者で、拠出額はWHO予算の約1割を占める。この金額を超える出資者は米国だけだ。もし米国が、トランプ前政権が脅したようにWHOを脱退していれば(バイデン政権によって中止された)、ゲイツ財団が最大のドナーになるという未曽有の事態にWHOは陥っていただろう。
「ゲイツ財団の資金がなければ、ポリオ(小児まひ)根絶など多くのグローバルヘルス(世界保健)目標が危うくなるだろう」と話すのは、米ジョージタウン大学公衆衛生研究所外部リンクの所長を務めるローレンス・ゴスティン教授だ。公衆衛生法に関するWHO協力センターの所長でもあるゴスティン氏は、ゲイツ財団のような慈善団体の「気前のよさと創意工夫」を歓迎する一方で、民間ドナーの拠出金への過度の依存を疑問視する。「同財団がWHOに提供する資金のほとんどは、財団が取り組む特定の課題に使途が限られている。つまり、WHOは自らグローバルヘルス目標の優先順位を決めることができないうえ、責任を負わない民間のアクターに大きな借りを作っている。国家とは異なり、同財団には民主的な説明責任がほとんどない」と同氏は指摘する。
過大な影響力?
ゲイツ財団グローバル開発部門のクリス・エリアス部長は、「当財団のWHOへの影響力を懸念したり批判したりする声は(随分前から)よくある」と認める。「しかし」、ジュネーブ国際開発高等研究所(IHEID)のグローバルヘルスセンターが開催した最近のオンラインセミナー外部リンクで、同氏は次のように語った。「WHOには加盟国によって決定された世界的な事業計画があると理解することが重要だと思う。財団には、財団の理事会が策定し練り上げた戦略がある。財団は、WHOの世界的な事業計画のうち、財団の戦略に沿う分野を支援する。その結果、財団がWHOの2番目に大きい出資者となっているにすぎない」
エリアス氏は「グローバルヘルスの全分野に財団の戦略があるわけではないから、WHOの一部のプログラムが他のものより十分な支援を受けることはある」と認めるが、「これはWHOの執行理事会が対処すべき脆弱性だ」と指摘する。
「ゲイツ萎え」?
ポリオ撲滅や一般的な予防接種などの優先課題の多くが、WHOとゲイツ財団との間で一致しているのは明らかだ。それでも、これらの成果を測定しやすい目標が、開発途上国の医療制度の強化など、他の分野の資金不足につながっているのではないかという懸念は残る。
「本にしたのは、その懸念だ」と話すのは、英エセックス大学のリンゼイ・マクゴイ教授(社会学)だ。同氏は、ゲイツ氏と世界の公衆衛生を扱った『No such thing as a free gift: The Gates foundation and the Price of Philanthropy(仮訳:ただでもらえる贈り物はない―ゲイツ財団と社会貢献活動の対価―)』の著者でもある。ゲイツ氏は「億万長者の社会貢献活動」が機能していることを示すために、短期間で測定可能な成果を出すことに思想的な関心があるとマクゴイ氏は考えている。「成果を早く出すことは、ゲイツ氏の名声を揺るぎないものにする助けになるので、個人的な関心があるのだろう」と話す。
WHOの高官の中にはゲイツ氏の優先課題に異議を持つ人もいる。しかし、ゲイツ氏の支援を失うことを恐れて、同氏を批判したがらない。米ニューヨーク・タイムズ紙外部リンクによれば、「ゲイツ萎え」と呼ばれるほど、このような自粛は広まっているという。
「グローバルヘルスの公平性」を推進するうえで、ゲイツ財団が先駆的な役割を果たしていることは広く知られている。新型コロナへの対応においても主要なアクターだ。例えば、新型コロナワクチンの獲得競争から取り残される国が出ないよう、ワクチンを共同購入し、途上国にも公平に分配する国際的な枠組み「COVAX(コバックス)ファシリティー」の設立に貢献してきた。また、途上国などでワクチン普及を進める国際組織「Gaviワクチンアライアンス」や感染症流行対策イノベーション連合(CEPI)にも資金を提供している。どちらの組織も設立時にゲイツ氏の支援を受け、コバックスをWHOと共同で主導する。
ニューヨーク・タイムズ紙によれば、WHOはコバックスでより強い主導権を握りたかったが、ゲイツ財団に締め出されたという。ゴスティン氏は「その話は聞いたことがある」という。「もし本当であれば、WHOが世界を主導すべきなのに、がっかりだ」が、「大切なことは、ゲイツ財団のような財団は資金を提供するだけではなく、創造性やイノベーションももたらすと認めることだ。概して、ゲイツ財団は世のためになる強力な力だ」(ゴスティン氏)。
特許を守る
マクゴイ氏は必ずしも同じ意見ではない。同氏は、ゲイツ氏が特許を守り、コロナワクチンの特許保護の一時停止に今のところ抵抗していることを引き合いに出す。
世界貿易機関(WTO)では現在、インドと南アフリカが提起したコロナワクチン等の特許保護を一時的に停止する案が議論されている。同案は、世界中でワクチンを増産させ、貧しい国々に届けることをめざす。目的は同じだが、より緩やかな案がWHOで検討中だ。しかし、スイスを含む一部の国々と企業は反対している。「もちろん、WHOのテドロス事務局長は特許保護の一時停止に支持を表明している」とマクゴイ氏は言う。「しかし、テドロス事務局長はこの件に関してゲイツ氏の考えを変えることができなかった。ゲイツ氏は誰の話になら耳を傾けるのか?WHOのトップでも、WTOのトップでもない。彼の富を築いた特許制度を守ろうとするゲイツ氏自身の利益を考えれば、彼自身の権威は国際社会としての私たちが頼りにしたい代物ではない」(マクゴイ氏)
財政基盤の弱さ
しかし、そもそもWHOはなぜこんなにもゲイツ氏の資金提供に依存しているのか?「ゲイツ財団をはじめとする出資者に頼らざるを得ない。各国の義務的分担金は何年もの間、実質的に増えておらず、WHOの世界的なマンデート(委任された権限)とまったく釣り合っていない」とゴスティン氏は強調する。
WHOはこの問題を認識し、対処しようとしているという。WHOは書面で「資金調達面でWHOが直面する最大の課題は、潤沢で持続可能な資金の不足だ」と回答した。さらに、「そのため、あらゆるタイプの大口ドナーに過度に依存している。また、WHOの資金のほとんどについて使途が指定されていることがWHOの任務遂行能力を妨げている。この制度上の問題を認識したWHO加盟国は、これらの重要な問題を検討し、WHOの執行理事会に対し22年初めに勧告を行うための作業部会を立ち上げた外部リンク」と説明した。
WHOが24日からの年次総会に臨む準備をするにあたり、ゴスティン氏は2つのことを期待しているという。1つ目は、WHO加盟国の使途が限られない義務的分担金の大幅な増額。2つ目は、国際社会が「WHOに財団トップが指示する任務を遂行するよう求めるのではなく」、使途の限られない拠出金を増やすよう民間の財団に圧力を掛けることだ。
ゲイツ財団のエリアス氏もWHOの責任を問う。「WHOが拠出金を一夜にして4倍に増やすことはできない。だが、組織のより確実な資金調達方法を、時間がかかっても拠出金を徐々に増加させる方法をWHOは熟考する必要があるだろう。WHOの財政基盤の脆弱性を明らかにするのは、このパンデミックをおいて他にはないと思う」
(英語からの翻訳・江藤真理)
JTI基準に準拠
この記事にコメントする