なぜいま国連移民協定が必要なのか?
国連移民協定が10日、モロッコで正式に採択される。国際的に協調して移民問題に対処する初の枠組みを定めたこのような協定がなぜいま必要なのか。協定が多くの議論を呼ぶ理由、協定の策定に尽力したスイスが今回の会合に出席しない理由を探った。
7月に国連総会の下で合意外部リンクされた「安全で秩序ある正規移民のためのグローバル・コンパクト外部リンク」(国連移民協定)が、10・11日にモロッコのマラケシュで開かれる首脳級会合で正式に採択される。
協定策定のまとめ役となったのは、メキシコのフアン・ホセ・ゴメス・カマチョ国連大使とスイスのユルク・ラウバー国連大使だ。ほぼ2年にわたり、国連加盟国、市民社会団体、民間部門が精力的な交渉を続けた。31ページにおよぶ最終文書、政府間会合外部リンク、調印式はその集大成だ。
移民に関する国際協定が必要とされる理由
国連によると、今日、世界には2億5千800万人を超える移民がいる。グローバル化や、コミュニケーション手段・移動手段・貿易の発達、不平等・人口の不均衡・気候変動の拡大によって、移民の数は今後も増加するとみられる。移住は、移民、受け入れ国、出身国のいずれにも大きなチャンスと利益をもたらすと同時に、対応次第では大きな問題を引き起こしかねない。だからこそ、より安全で秩序のある規制が必要とされる。
第2次世界大戦以降最大の難民・移民流入を経験した2015年のヨーロッパ移民危機を受け、移民協定策定の機運が高まった。国連移民協定は、それまでの人権・開発に関する諸条約や「移住と開発に関するグローバル・フォーラム外部リンク」といった国際的な取り組みが結実したものだ。また、直接的には、16年の国連総会で全加盟国193カ国による全会一致で採択された政治宣言「難民と移民に関するニューヨーク宣言外部リンク」に端を発する。
国連移民協定の目的
スイスと移民
スイスに住む840万人のうち、約4分の1が外国の旅券を所持している。その大半は他のヨーロッパ諸国が占める。昨年、外国にルーツを持つスイス住民の割合は一昨年より若干上昇し、37.2%だった。この数字には、外国人、スイス人に帰化した人、外国生まれの両親を持つスイス人が含まれる。
昨年のEU諸国からスイスへの移住者は約3万4千人。新たに6万6千人の移民が押し寄せた記録的な2013年を下回った。18年10月までのEU諸国からスイスへの移住者は2万6809人。その一方で、外国に居住するスイス人は75万人を超える。
今回、加盟国が締結するのは法的拘束力のある条約ではない。国連移民協定は国際協力のための多国間合意だ。秩序ある移住のために共通の原則やガイドラインを設け、不法移民の流入を減らすことを目指している。長い時間をかけて移住に関するデータを精査し、詳細の検討を重ねた結果、合意文書が出来上がった。
国連移民協定は、10項目の指針と23項目の目的を掲げる。それぞれの目的には加盟国の取りうる自発的な行動の一覧が付いており、加盟国がその中から選択できるようになっている。一覧には、移住を推進する原因を最小限に抑える予防措置や、人身売買の撲滅、国境管理、帰還支援などを達成するための具体的な措置が示されている。また、正規の移住を促進するための手段や成功事例も重視する。
ベルン大学のヴァルター・ケーリン教授(国際法)は、「国連移民協定の強みは、国境を管理したい側の深刻で当然の懸念と、移民の諸権利との両方を考慮した、非常に包括的でバランスの取れた文書である点だ」と指摘する。
ジュネーブ国際開発高等研究所の国際移住センター所長、ヴァンサン・シュタイユ氏によれば、協定は新しいルールを作るのではなく、既存のルールを改めて明文化したものだという。拘束力こそないが、協定はきっと何らかの改善をもたらすと同氏は確信している。
「協定には、実施状況を評価するためのフォローアップと見直しのプロセスが盛り込まれている」とシェタイユ氏はさらに説明する。「法的拘束力はなくても、国連総会は4年に一度、レビュー会合を開き、協定の実施状況を評価する。協定の文面から、加盟国はこれらのプロセスを真剣に受け止め、実施することが期待できる」
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欧州の移民が集まる国、スイス
賛成派と反対派
7月の国連総会では、スイスを含む加盟国192カ国が国連移民協定に合意した。但し米国は「米国の主権とは両立しえない」として交渉を離脱している。
ところが、その後、首脳級会合を前に協定を拒否する国が相次いでいる。態度を決めかねている国もある。イスラエル、オーストラリア、オーストリア、ポーランド、ブルガリア、チェコ、ハンガリー、ドミニカ共和国は協定を拒否した。オーストリア政府は、協定に署名すれば「移住する権利を人権として」認めることになりかねないと懸念する。政府による移民の取り締まりがメディアで大きく取り上げられているイタリアは、国会での議論を待って、協定を支持するか方針を決める予定だ。
国際移住担当国連事務総長特別代表のルイーズ・アルブール外部リンク氏や国連移民協定の支持者らは、離脱する国が相次いだにもかかわらず、協定の採択に自信を失ってはいない。アルブール特別代表は、マラケシュの会合に「非常に多くの国が参加」すると期待する。協定は加盟国が自国の国境を管理する権限に何ら影響を与えるものではない。国境を越える移動に秩序をもたらすことが目的だ。協定拒否の動きは「遺憾」であり、「誤った選択だ」と受け止めている。
さらに、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の掲げる17の持続可能な開発目標(SDGs)にも法的拘束力がないことに触れ、「国連移民協定は法的拘束力のない協力のための枠組みであり、国家主権の侵害はあり得ない」とアルブール特別代表は強調した。
スイスの元連邦外務省事務次官で、赤十字国際委員会(ICRC)現総裁のペーター・マウラー氏は、協定を良く出来た妥協案だと評価する。マウラー氏は160~180カ国が署名するとみている。
スイス政府の立場
皮肉なことに、スイス外務省が策定に尽力した国連移民協定は、厄介な政治問題となって跳ね返ってきた。
9月の国連総会に際して、アラン・ベルセ大統領は協定に賛同の意を示した。協定の「指針も目的もスイスの移民政策と完全に合致する」として連邦内閣も10月10日、協定の署名にゴーサインを出した。
しかし、スイス国内で中道・右派の政治家から反対の声が高まり、連邦内閣は協定全面支持の立場を辛うじて維持している状態だ。イグナツィオ・カシス外務大臣の態度は不透明だが、外務大臣の提案で、連邦内閣は協定を連邦議会に意見を求めることにした。
その結果、ゴーサインから1カ月後、連邦政府は、連邦議会における議論が尽くされるまで協定への署名を見送ると決定、マラケシュの首脳級会合には出席しないと表明した。
11月29日の投票の結果、全州議会(上院)は、国連移民協定は連邦議会が最終的な判断を下すべきだと決定した。同じ議題について、11日、国民議会(下院)も投票を行う予定だ。
スイス政党の見解
右派や中道右派の政党は、国連移民協定によって正規の移住と不法な移住との線引きが曖昧になり、国家主権が侵害されることを危惧する。国民党(保守系右派)は、9月以来、協定はスイス「独立した移住管理とは両立しない」として、協定を先頭に立って批判してきた。また、協定がスイス法より優先されかねないとして、連邦政府に協定の拒否を迫った。11月、保守系団体「独立で中立のスイスのためのキャンペーン」は1万5千人の署名とともに協定に反対する請願書を提出した。
急進民主党(中道右派)は、協定に法的拘束力はないとしても、「非常に注意を要する政治的含み」を持つソフト・ロー(国連決議など法的拘束力はないが実質的な拘束力がうかがえる規範)だと訴える。協定に疑問を持つキリスト教民主党(中道右派)と市民民主党(中道)は、協定への最終判断を連邦議会に委ねるよう望んでいる。
他方、社会民主党(中道左派)のクリスチャン・ルヴラ党首は、スイスが協定への署名を見送ったことは「政治的な失敗」だったと批判した。ハンガリーや米国などに同調する外交政策を執ったという意味でも、「国民党とその圧力に屈した」という内政上の意味でも失敗だと話す。
また、30人の委員から成る連邦議会の外部組織で、移住問題に関する助言を連邦内閣に対して行う連邦移住問題委員会(FCM)は、スイスによる協定の署名は望ましいだけでなく、「必要だ」と指摘する。
現段階では、「国連移民協定はスイスの国益に資する」との主張を連邦内閣は変えていない。また、移民協定は法的拘束力のある条約ではないため、最終的な判断は、連邦議会ではなく、連邦内閣に委ねられるべきだと主張している。カシス外務大臣によれば、スイスが将来、協定に署名する可能性を連邦内閣は今のところ排除していない。
(英語からの翻訳・江藤真理)
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