米ロ首脳会談の昔と今 緊張緩和に向けた外交
バイデン米大統領とロシアのプーチン大統領による初の直接会談が明日16日に迫る。1955年と85年にジュネーブで行われた米ソ首脳会談と同様、今回も、両国が外交の道筋を維持する程度の成果に留まる可能性がある。
ロシアと米国の関係は、冷戦終結後最悪と言われるレベルまで悪化していると一部の専門家は言う。16日開催の米ロ首脳会談は、米ホワイトハウスの言う「予測可能で安定した両国関係」を取り戻すための試みとなる。近年は2016年米大統領選へのロシアの介入や、米ソーラーウインズ社へのハッキングによるサイバー攻撃、ロシア国内で反政府活動家が収監されたことなども、両国の溝を更に深めた。
だが、両者が協議するとみられる最も差し迫った議題は、欧州における安全保障問題だ。14年にはロシアがクリミアを併合したことで、欧米との関係が大きく悪化した。また、ロシアが3カ月前にウクライナ国境沿いで軍事力を増強したことも、米国と欧州の同盟国への挑発行為であり、武力侵略の証明だとみなされている。
米ロ両首脳は過去にもジュネーブで対面している。1955年7月には米国、ソ連、英国、フランスの首脳が集まり、ジュネーブで戦後初めての4巨頭会談が開かれた。そこでも欧州の安全保障は最重要課題だった。
NATO問題
ジュネーブ国際開発高等研究所(IHEID)のユッシ・ハンヒマキ教授(国際関係史・政治学)は、「欧州内では当時、西ドイツのNATO加盟を巡り緊張が高まっていた」と言う。NATOはソ連の侵略主義に対抗して西側が49年に結成した軍事同盟だ。NATOに対するソ連の応酬は、1955年5月に東欧諸国と結んだ軍事同盟「ワルシャワ条約機構」という形で表れていた。
だが、ソ連の崩壊とともにワルシャワ条約機構は消滅。一方でNATOは冷戦後、あからさまにロシアを排除しつつ中欧・東欧の旧共産圏諸国の加盟を歓迎していた。
ハンヒマキ氏は、「NATOの拡大は、ロシアが包囲されたことを意味する」と話す。その脅威が、クリミア併合や近隣諸国への「嫌がらせ」などを始めとするロシアの外交政策につながっているという。最近ではウクライナとジョージアがNATO 加盟を望んでいることも、欧米とロシアの関係を悪化させている。
スイス連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)安全保障研究センターの上級研究員、ヘンリク・ラーセン氏は、「ウクライナとジョージアは、旧ソビエト連邦の至宝。両国がNATOに加盟すれば、ロシアは西側がレッドラインを超えたと受け止めるだろう」と話す。
扉を開け「空を開放する」
1955年当時、東西間の隔たりは克服可能だという希望があった。1953年のスターリンの死去で、一気に冷戦の緊張緩和に向けた外交が可能になるかのように思われていた。
ソ連は自由選挙にも言及したドイツの再統一に関する文書に合意したが、西ドイツのNATO加盟が引き続き障害となり、ジュネーブの4巨頭会談では問題解決には至らなかった。ハンヒマキ氏は、当時ようやくソ連が口にし出した「平和共存」への期待は、翌56年の第2次中東戦争、ハンガリー動乱へのソ連介入などで さらに薄れていったと言う。
会談の成果はむしろ、両者による定期的な会談への道が開かれたことだった。「冷戦の初期段階では懸念されていた外交が、放棄されることにはならなかった」
この会談では、アイゼンハワー米大統領により米ソ間の「領空開放(オープンスカイズ)構想」が提唱されたことも特筆すべきだ。だがソ連側のフルシチョフ共産党書記長は、相互領域内の軍事活動・施設の空中監視を認めるこの案を拒否した。同構想は1980年代後半に再びブッシュ米大統領により米ソ2国間から多国間のものとして提案され、1992年、米国、ロシア、その他30カ国超が、冷戦後の信頼醸成を目指す「領空開放(オープンスカイズ)条約」に調印した。ラーセン氏は、「冷戦の終結を告げる重要なデタント(緊張緩和)協定だった」と言う。
軍備管理
ジュネーブで再び米ソ首脳が対面する1985年までには、核兵器拡散問題が焦点となっていた。当時、米国とソ連は核保有超大国だった。
ハンヒマキ氏は、「軍拡競争は米ソ二国間の対立を長期化させ、戦争への脅威を高めていた。だが一方で、両国は核戦争勃発の可能性を抑えるために、定期的に協議することを余儀なくされていた」と指摘する。
実際、1985年11月にレーガン米大統領とソ連のゴルバチョフ書記長が直接会談して世界の注目を集める前にも、米ソは何度も協議を重ねていた。ハンヒマキ氏は、ソ連共産党書記長に就任したばかりのゴルバチョフ氏は「オープンな外交に前向きだった」と言う。対してレーガン氏は、明確に反共産主義の姿勢を示しながらも、世界最大の脅威と言われた核戦争を回避するためには、対話の席に着くことを厭わなかった。
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「1955年の会談では、その後も高官レベルの接触を続け再会するという約束の他に、具体的には何の合意にも至らなかった」とハンヒマキ氏は指摘する。だが1985年の首脳会談では、核兵器削減に向けた2大強国の本格的な交渉への扉が開かれた。冷戦が終結するわずか半年前のことだった。
ハンヒマキ氏は、今回の米ロ首脳会談でも軍備管理が議題になるとすれば、それは依然としてロシアと米国が世界最大級の兵器を保有しているからであり、同時にそれは両国が協議の継続を強いられる理由になっているという。会談でバイデン氏は、ラーセン氏が「ローカルウォーミング」と呼ぶ、現行協定を強化することによって、両国が「戦争へとよろめく」ことがないよう戦略的安定とリスク削減に取り組むと見られている。
今回の会談で領空開放条約の合意が図られることはない。米国は昨年11月、ロシアが違反を繰り返しているとしてトランプ前政権下で同条約から離脱していたが、今回の会談開催決定から数日後に、復帰の意思はないことをロシア政府に通知していた。これを受けてロシアも同条約の破棄を決めた。
背景にある中国
安全保障問題の他にも、今回の首脳会談は「米ロが協議していると世界にアピールすること」が目的でもあるとハンヒマキ氏は言う。
ラーセン氏もこれに同意する。「バイデン氏は、国際的なリーダーシップに全く関心を示さなかった前任のトランプ氏との違いを示そうとしている」
バイデン氏はジュネーブでの会談に先立ち、英コーンウォールで主要7カ国(G7)首脳会議、更にベルギー・ブリュッセルでNATO首脳会議に出席した。「バイデン氏が『自由な世界のリーダー』であるという、プーチン氏への明確なメッセージだ」(ラーセン氏)
一方プーチン氏については、「ロシアの指導者は米国大統領と面会する機会を決して逃しはしない。経済的、国際的リーダーシップにおいて同格ではなくとも、ロシアが米国と同レベルにあると示すことのできる、威信をかけたチャンスだからだ」と指摘する。
今日、米国の最大のライバルは中国だ。バイデン氏も、今回の会談で米国が国際舞台に戻ったことをアジアの大国に示すと述べている。
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アナリストらは、バイデン氏の欧州外遊の主な目的の1つは、中国との競争の中で欧米の民主主義諸国を団結させることにあると見ている。だが、中国はロシアとの良好な関係を強調してはいるものの、ラーセン氏によると両国は同盟国ではなく、ロシアは中国または欧米に接近する意志は全くないという。「ロシアと中国には相容れない領域がある。両国間に自然な信頼関係はない」
ラーセン氏もハンヒマキ氏も、今回のジュネーブ米ロ首脳会談では、最大の争点であるウクライナ国境地帯でロシアが軍事圧力を強化している問題は未解決に終わる可能性が高いと考える。1955年、85年と同様、今回の会談も両国の今後の対話継続を促す程度の成果に留まると見ている。
ハンヒマキ氏はこう話す。「両者は時間をかけて、可能な限り相互理解のための礼儀ある対話に努めるだろう。そして、少なくとも、両国がより礼儀ある関係にあるとアピールすることにはなるかもしれない」
(英語からの翻訳・由比かおり)
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