職場のジェンダー平等推進に履歴書の家族欄廃止を
2021年2月7日、スイスは女性参政権導入50周年を迎えた。これを機に多くの女性が、ジェンダー平等実現にはほど遠いスイスの現状を改めて訴えている。
やるべきことは山ほどある。英誌エコノミストが発表した「(職場における男女平等度を示す)ガラスの天井指数外部リンク」2020年版で、スイスは29カ国中26位(25位はギリシャ、27位はトルコ)。日本と韓国をかろうじて上回った。スイスの大企業100社外部リンクの取締役会で女性が占める割合は10%にとどまる。そのうち半数強では女性取締役が1人もいない。
スイスの複数の高等教育機関で米国法、国際法、児童の権利を教えている。難民、人権、開発協力の分野で欧州の非政府組織(NGO)と協働しているほか、スイス在住の米市民団体「Action Together: Zurich」の共同設立者でもある。
コロナ禍は世界的にジェンダー格差の悪化外部リンクをもたらした。危機の時代において「最後に雇われ、最初に解雇されるのは女性」であることは珍しくない。
スイスのジェンダー平等を改善するイニシアチブ(国民発議)に多くの優れた案が出ている。私はそこにいわゆる比較的控えめな提案を追加したい。政界の人が「低くぶら下がった果実」と呼ぶ、簡単に達成できるもの。「履歴書に配偶者や子供の有無を書くのを止める」という、とてもシンプルな提案だ。
雇用主側は求人広告に「家族構成が書かれた履歴書は受け付けない」と明記する。そして就職支援施設は民間・公共を問わず、特例(後述)を除き履歴書に家族欄は無用であることを明確にする。
現状:暗黙のルール
スイス国外に住む読者は、なぜこんな話が必要なのか理解に苦しむかもしれない。米国を含む多くの欧米先進国では、配偶者や子供の有無が書かれた履歴書はゴミ箱に直行だ。米国でも多くの国と同様、雇用者が求職者に家族について尋ねることは固く禁じられている。
ところがスイスでは、配偶者の有無・家庭の情報を記入することは多くの求職者にとって「暗黙のルール」となっている。私が2016年にスイスに移住した当時も、履歴書に子供の生年月日を書くよう勧められた。人材派遣会社マンパワーのスイス法人が提供する履歴書テンプレートにも家族欄外部リンクがある。私の知っている女性の何人かは、子供の有無、託児先が確保できているかを履歴書に書くようジョブカウンセラーにアドバイスされた。小さい子を持つ母親の中には、今後子供を作る予定はないと書き添えた外部リンク人すらいた。一方、こうした記入は「任意」だと言われることもある(チューリヒ大学のキャリアカウンセリングサイトでは、当該欄は任意外部リンクと表現されている)。この規範は必須ではないが、労働市場のジェンダー差別に関する学術研究外部リンクに取り上げられるほど、よく耳にする話だ。
なぜ「暗黙のルール」は有害なのか
配偶者や子供の有無は仕事の質には無関係だ。しかし、こうした情報は意識的か否かにかかわらず、子供を持つ女性や出産年齢の既婚女性の差別につながっている。例えばスイス、ドイツ、オーストリアで行った大規模フィールド調査の結果をまとめた2019年発表の学術論文外部リンクで、著者のサーシャ・ベッカー、アナ・フェルナンデス、ドリス・ヴァイヒセルバウマーの3氏は「パートタイム職においては実際に生じた、あるいは生じうる出産を理由とした雇用差別がかなりの割合で存在する」と結論付けた。働く女性の大半がパートタイム勤務というスイスの女性にとっては良くないニュースだ。一方、男性の場合「フルタイム勤務かパートタイム勤務かで違いは見られず、男性求職者の家族情報は、企業が選考で考慮するほどには重要視されていないと思われる」。
スイスでは正社員でもパートタイム勤務が可能。ここでいうパートタイム勤務とは、日本のアルバイトとは性質が異なる。スイスでは勤務時間はパーセンテージで表され、100%のフルタイムなら一般的に週40時間の週5日、パートタイムの80%なら週4日、60%なら3日働くというようなイメージ。
雇用者は別のルートで家族情報を入手できるという主張もある。もちろん人事部に暇があれば、応募者が子持ちかどうかインターネットで特定を試みてもいい。しかし、これにはエネルギーと時間とそれなりの心積もりが必要で、多くの場合探し当てるのは困難だ。もちろんLinkedIn(リンクトイン)のプロフィールにも載っていない。
雇用者側はどうせ女性差別するのだから、託児先を確保済みと明記するのは少なくともプラスの効果がある、という意見もある。確かにどうやっても差別意識を無くすことはできないかもしれない。しかし、目的は差別をしにくくすることにある。デフォルトを「平等」に設定し直すのだ。より多くの女性が選考の第1段階を通過すること、そして面接の場で能力や長所をアピールする機会を持てるようにすることが、このささやかな変革の狙いだ。
雇用者は応募者をより良く理解し「相性」を見極めるために「個人情報」を好むのであって、その情報は「背景」として使われるに過ぎないという主張もよく耳にする。例えば小さな家族経営の会社で、雇用主が他意なく「この応募者はどんな人なのか」を知りたがっている場合はどうか。
まず第一に、こうした言い方は、微妙かつ暗黙の、あるいは「行間にひそむ」タイプの差別を正当化する場合に使われてきた歴史があり、たとえ悪気はなくても公正さが疑われる。人は「安心できる」ものを「相性が良い」とする傾向があり、安心するのは慣れたものに対してだ。つまり、スイスで相当数の女性が責任ある地位につかない限りは、誰がどの仕事と「相性が良い」かについて我々の意識も変わらない。
第二に、「相性」は面接や推薦状のチェック、過去の仕事のサンプル審査、さらには面接時に精度の高い能力テストを行うことで評価できる。一方、家族構成からは仕事に関係のある情報は得られない。少々関連性があったとしても、立証できる情報としての価値(「彼女には子供がいるので、社内の子持ちスタッフと気が合うだろう」)よりも、偏見を与える情報としての価値(「夫と子供がいる彼女にとってこの仕事は単なる小遣い稼ぎかもしれない」)の方が大きそうだ。
少数の例外
一部業界ではジェンダー平等を確保するため、さらに一歩踏み込んでいる。例えば政府に学術研究助成金を申請する場合、家族や介護の状況について情報を求められることがよくある。しかし、この情報は産休や育児で「休暇」を取る女性研究者のために競争の場を平準化するという目的がある。こうした文脈ならば家族についての質問も可だ。
しかし、それ以外の雇用者にとって「これまでそうしていた」からといって履歴書に家族欄を残し続ける必要性は無い。50年前までスイスの女性に参政権は無かったが、これも当時は普通のことだった。
「履歴書に家族情報は無用」と雇用者サイドがはっきりさせることが、変化のためには必要なのだ。
家族情報を記載した履歴書は受け付けない、雇用者サイドが求人の際、そう積極的に周知することが重要だ。そうしなければ、配偶者や子供のいる女性は社会規範に従うためにそうした情報を記入するプレッシャーから解放されない。独身女性や子供のいない女性の場合、他の女性よりも有利になるよう履歴書に家庭状況を書きたくなることがあるかもしれない。そういった考えは彼女ら個人にとっては短期的には「合理的」かもしれないが、全体としてみれば女性を不利にする。そして将来子供を持とうとした時自分自身に跳ね返ってくるのだ。
こうした時代遅れの規範を積極的に廃止していくことで、スイスはボーダーレス化した自国の労働市場に対し、ジェンダー平等促進に真剣に取り組んでいるとアピールできる。それはまた、仕事の「適性」とは性別ではなく個人のスキルや訓練、能力、創造性、柔軟性、優しさ、野心、レジリエンスや決意に基づくものだというメッセージを、あらゆるジェンダーに届けることにもなるだろう。
(英語からの翻訳・フュレマン直美)
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