連邦議員の免責特権、注目の試験台へ
連邦司法相を務めた経験も持つ元国民党(SVP/UCD)党首のクリストフ・ブロッハー氏は、これまでにも何かと世間を騒がせてきた。今は、銀行守秘義務違反ではないかという疑惑の渦中にいる。
現在の焦点は、国民議会(下院)議員であるブロッハー氏の免責特権の有効性だ。協議決定は連邦議会の専門委員会が行う。
免責特権は民主主義が円滑に機能を果たすための重要な制度であり、長い歴史を持っている。この特権があればこそ、内閣や議会のメンバーは、演説や討論が後に法的処置につながることを恐れずに発言することができるのだ。免責特権はまた、政治家を外圧や威嚇から守る役目も果たしている。
とはいえ、すべての人民は法の前では平等であり、政治家もこの特権を乱用してはならない。目下のように、連邦議会が閉会中で政治家が公職活動を行っていない場合はなおさらだ。
この20年間で、スイスの政治的議論にも荒っぽさが目立つようになってきた。そのため、中傷的あるいは人種差別的な発言をした議員に対し免責特権剥奪の要請があった場合には、連邦議会はそれをもっと頻繁に認めるべきだという声が高まった。
これを受け、連邦議会は昨年、免責特権の権利を制限することにし、2011年12月5日以降は議員の役割や公的任務と直接関わりがある活動にのみ、この特権を適用することにした。国民議会および全州議会(上院)にかかる負担を削減するため、免責特権剥奪の要請に関する協議決定は連邦議会の二つの専門委員会に委託された。
盗まれた情報
今回の有力政治家ブロッハー氏のケースは特別な意味合いを持つ。強化後の新しい法律に基づく要請は今回が初めてだからだ。両委員会は、今後の対応の基盤となる基準を定めなければならない。しかし、このケースが大きく注目されている理由はほかにもある。
ブロッハー氏に対する非難は、スイス国立銀行(SNB/スイス中銀)のフィリップ・ヒルデブラント前総裁の辞任と関連している。スイスフランの為替レートに関するインサイダー情報を利用して私欲を肥やした疑いで、ヒルデブラント氏は1月9日辞職を余儀なくされた。問題の取引は自分ではなく妻が行ったと弁明したが、これまでの厚い信用はもはや崩れ落ちた。
この事件を大きく取り上げたのは、国民党寄りの週刊新聞「ヴェルトヴォッヘ(Weltwoche)」だった。同紙は1月初旬、サラシン銀行(Bank Sarasin)から不法に入手したヒルデブラント氏の銀行書類を掲載した。その書類は、国民党員である同銀行員がコピーし、2人の国民党員を通じてブロッハー氏の手に渡ったものだった。チューリヒ州検察は3月、この4人に対し銀行守秘義務違反の疑いで捜査を開始した。
一方のブロッハー氏は容疑を認めず、「郵便配達人」の役割しか果たしていないと主張。12月5日、確かにブロッハー氏は当時の連邦大統領ミシュリン・カルミ・レ氏に面会を求め、ヒルデブラント氏の為替取引に関する情報を渡している。しかし、このような説明もチューリヒ州検察を納得させることはできず、3月末、ブロッハー氏の免責特権剥奪の要請が公式に提出された。
ブロッハー氏はそのとき議員だったのか?
この事件は珍しいばかりか、非常に複雑でもある。刑法を専門とするペーター・コサンデイ氏は次のように説明する。「第一に、委員会はブロッハー氏の取った行動が議員に委託されている任務の遂行に直接関係があるのかどうかを見極めなければならない。直接関連していないとなれば、この件はチューリヒ州検察に戻される。直接の関連があれば、委員会はさらにブロッハー氏の免責特権剥奪の要請を認めるかどうかについて協議することになる」
また、ブロッハー氏のこの行動は国民議会議員に再選される前だったのか後だったのかがはっきりしないため、ことはさらに複雑化している。ブロッハー氏が国民議会議員に再選されたのは昨年の10月23日。しかし、宣誓を行ったのは12月5日だった。このどちらを「議員になった日」と取るか、意見はまちまちだ。
政治的な関心
「最終的な決定は司法ではなく政治が下す。つまり、両委員会のメンバーに委ねられる。これまで免責特権の剥奪はほぼ拒否され続けてきた。自分もいつか同じ立場に立たされるかもしれないという不安があるのかもしれない」とコンサンデイ氏は推測する。
しかし、権威主義的で極端な思想を持つブロッハー氏に好意的な政治家は、ほかの政党には少ない。ブロッハー氏はこの20年間スイス政界の有力者であり続けており、また国民党の歴史的勝利の立役者としても知られる。しかし、2007年には連邦大臣としての職を追われた。さらに、ヒルデブラント氏の金融政策を繰り返し批判してきたことからも、彼の免責特権剥奪は政治的に重要な問題といえるだろう。
国民党は、ヒルデブラント氏の取引がなぜ監視の目に止まらなかったのか、スイス政府が当初ヒルデブラント氏を擁護したのはなぜかを明らかにするべきだと主張している。しかし連邦議会は3月、この件に関する調査委員会の設置を否決した。ブロッハー氏の免責特権に関する決定はこの夏の終わりに予定されている。
(英語からの翻訳・編集、小山千早)
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