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シリアに収容のISシンパ スイスへの送還求める人権専門家

Children and women at Al Hol camp, northeastern Syria
国連の専門家らによると、テロ組織参加容疑者とその家族が収容されているロジュとアルホル(写真)両キャンプ内の状況は、清潔な水や食料、医薬品、適切なシェルターとセキュリティー不足のため悲惨を極める Copyright 2021 The Associated Press. All Rights Reserved.

シリア北東部の難民キャンプにスイス人の母と共に収容されていた少女2人が今月6日、スイス本国に送還された。人権専門家らはこれを歓迎する一方で、イラクとシリアにまたがる紛争地帯にはイスラム過激派勢力「イスラム国」(IS)に参加するために渡航したとみられるスイス人らが引き続き収容されていることから、スイス側に更なるアクションを求めている。

9歳と15歳になる異父姉妹らの帰国に母親の姿は無かった。母親は2016年、イスラム過激派組織「イスラム国」(IS)に参加するため娘らを連れシリアに渡航した。その結果、母親はスイス国籍を剥奪(はくだつ)されている。末っ子に当たる三女は、ISとの関係が疑われる人々を収容するクルド人運営のキャンプ2カ所のうちの1つに、今も母親と共に残っている。国連は、キャンプの人道的状況は「悲惨」だとする。

国連人権理事会の拷問に関する特別報告者を務めるスイス人、ニルス・メルツァー氏は「この進展はむろん歓迎する。ただし、スイス市民にスイスへの帰国を認めるというのは、できうる中でも最低限のことだ」と述べる。

また、テロ対策における人権保護に関する国連特別報告者のフィヌエラ・ニー・アオライン氏も、少女たちの帰国を歓迎しながらも、母親が本国に送還されず国籍を剥奪されている事態を懸念し「国は、子供の利害が国の安全保障上の利害と相反したとしても、常に子供中心に考え、その権利が守られるよう支援すべきだ」とswissinfo.chに語った。

両氏は共に、今年4月に人権の観点から少女たちの引き取りを求めてスイス連邦政府に文書を送った外部リンク国連専門家グループの一員だった。この他、ジュネーブに住む姉妹の父親らによる連邦政府への働きかけや、当初は2人の出発を拒んでいた母親との交渉も送還実現の鍵となった。

ジュネーブ大学のマルコ・サソーリ教授(国際法)は、少女たちの帰還は「良いニュースだが、それだけでは不十分だ」と指摘する。

swissinfo.chの取材に同氏は「これでは、行いの良い国民のみ引き取るべきだという印象を与える」と述べ、スイスは犯罪容疑者も含め全国民に対し責任を果たすべきだと付け加えた。

連邦情報機関(NDB)の推定によると、現在シリア北部には計15人のスイス国籍者が収容されており、そのうち3人は子供。2019年以降、スイスは国家安全保障を優先する方針を取っており、テロ組織参加のため出国した成人を引き取ることに消極的だ。子供については個別に判断するとしている。

「人道上のリスク」対「安全保障上のリスク」

キャンプからスイスに送還されたスイス国籍者は、このジュネーブ出身の少女らが初めて。連邦外務省のヨハネス・マティアッシー領事業務局長によると、クルド人当局は母親の同意無く母子を引き離すことを認めていない。そのため連邦外務省は、少女らにそれぞれの父親と定期的に電話連絡を取らせる、あるいは母娘が収容されているロジュ・キャンプをスイス領事が訪れるなどして、母親の説得に数カ月を費やした。

メルツァー氏始め国連の専門家らは、本国送還により少女たちは「劣悪な環境」のキャンプ内部で受けたかもしれない人権侵害を逃れたとする。メルツァー氏は、キャンプ内に留め置かれた人々は過激化しやすいことから、国家安全保障上のリスクは長期的には増すと見ている。

一方、マティアッシー氏は、ロジュ・キャンプでは水道、電気や医療へのアクセスが確保されているなど、この一家にとっては比較的良好な環境だったとし、子供たちにも過激化の兆候は見られないと話す。また、上の子の榴(りゅう)散弾による傷も回復するなど2人とも健康で、今後は社会復帰のプロセスを踏んで行くだろうと付け加えた。

父親らの代理人を務めるオリビエ・ペーター弁護士は、子供たちに安全保障上のリスクを見るよりも「この子たちが被害者でありトラウマを負っていることを忘れてはならない」と述べる。

今年は、この少女らの他にもスイス人の子供2人がシリア北部を離れた。ISに参加したスイス人父とベルギー人母との間に生まれた4歳と5歳の兄弟が、7月、母親と共にベルギーに送還された。

大人の受け入れはどうなる

少女らがジュネーブに戻ったことで、成人収容者の行く末にも注目が集まっている。メルツァー氏によると、スイスの法律では指定テロ組織に協力した罪に対する制裁は、自由剥奪か罰金のどちらかだ。

「何らかの行為に対する制裁として、重大な人権侵害のリスクにさらすなどということはありえない。そうしたことは法的に許されない」(メルツァー氏)

同氏はまた、全スイス国民は本国に引き取った上で必要ならば裁判に付すべきで「犯罪の証拠が不十分なのに治安上の脅威になりうるケースがあるのなら、スイス当局はそれに対処するための適切な規制や法律を制定すべきだ」と主張する。

キャンプには、スイスなど約60カ国のおよそ1万2千人(イラク人、シリア人を除く)が収容されている。ベルギーのように母子の引き取りに積極的だったり、治安上のリスクとされる成人を到着と同時に拘束したりする国もある。

現地裁判の支援

一方、スイスは、収容キャンプのスイス人は現地で裁判を受けるのが望ましいという考えを示している。

サソーリ氏は「裁きは被害者の居場所に近いところで行わねばならない、というのがスイス側がよく唱える主張だ」と説明する。しかし、同氏の意見では、イラクやシリアのシリア政府支配地域で行われた犯罪で必要な証拠を入手することは、シリア北部のクルド人判事にとってもスイスの判事と同じように難しい。

2019年にクルド人勢力がシリア北東部を制圧してIS戦闘員と疑われる人々を拘束すると、スウェーデンを中心とする欧州諸国は、外国人戦闘員を裁くための国際法廷設置の可能性外部リンクについて議論した。しかし、swissinfo.chの取材に対し連邦外務省報道官は、同年6月にスイスが関連会議に出席して以来、何の進展も見られないと述べた。

クルド自治政府は独自の制度に従ってIS戦闘員の裁判を一部開始した。しかし、国際的に認知されていないクルド自治政府には、投入できるリソースや国際社会の支援が不足している。連邦外務省報道官によると、スイスは「非国家主体による司法権の行使」には支援を行わない。なお、現在までにシリア北部で裁判にかけられたスイス人はまだいない。

「スイスの法律でも国際法でもれっきとして可能であるにもかかわらず、国は自国民を自国で訴追することを嫌う。しかし、本当に自国民を引き取りたくないのであれば、シリア北部のクルド当局が司法手続きを改善できるよう支援すべきだ」(サソーリ氏)

現時点でスイスは、成人の引き取りはしない方針を貫いている。また、連邦外務省によると、シリアに残る3人の子供についても現在のところ引き取りに向けた具体的計画は無いという。

(英語からの翻訳・フュレマン直美)

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