シリアの行方不明者捜索 国連の新機関は役立つか?
国連総会は6月、シリア内戦下で行方不明になった人の所在を調べる独立機関の設置を決めた。市民社会の後押しを受けて可決された決議だが、実際の効果を疑問視する声もある。
2011年の内戦開始以来、シリアでは10万人以上が行方不明になった。実際はもっと多いとみられる。たとえ死亡宣告されても家族は心の区切りがつけられず、悼むこともできない。
ヤスメン・アルマシャンさんは、行方不明になった家族を今も探し続けている。アルマシャンさんはベルリン拠点の「シーザー家族協会」のコミュニケーション・マネジャーだ。同協会は、当局に連行されるなどの「強制失踪」の被害者家族が真相究明を求め設立した。協会名は、シリア政権の拘禁施設から流出した、同施設で拷問を受けた犠牲者の何万枚もの写真、いわゆる「シーザー・ファイル」にちなむ。
「シリアの革命運動が契機になった戦争で、5人の兄弟を失った」とドイツ南部に住むアルマシャンさんはswissinfo.chに語った。「2人は連れ去られ消息を絶った。1人はアサド政権の犠牲となり、シーザー・ファイルに彼の写真があった。もう1人は、私の住むディール・エゾールが2014年にダーイシュ(イスラム国)から攻撃されたときに誘拐された。その後の消息は分からない」
アルマシャンさんによると、他の3人のきょうだいは2012年、反政府デモに参加していたところを狙撃手に打たれて死亡した。
シリア市民社会のイニシアチブ
独立機関を設置する国連決議を推し進めたのはシリアの被害者・家族グループ(「真実と正義憲章」の署名者)で、シーザー家族協会はそのグループのメンバーだ。この国連決議にはインピュニティ・ウォッチ、ヒューマン・ライツ・ウォッチ、アムネスティ・インターナショナル、国際人権連盟などの国際NGOが支援した。市民社会グループは政治的支援を取り付けるためのロビー活動も含め、3年ほど前から取り組んできたという。
総会は賛成83、反対11、棄権62で決議を採択した。シリア政府は「何の論拠もない奇怪なメカニズムであり、シリアにさらなる圧力をかけるための隠れみのに使われる」とし、反対票を投じた。シリア代表はまた、同国政府は決議について何ら意見聴取を受けていないと述べた。
決議は、「シリアの行方不明者に関する独立機関」を設置し、「被害者、生存者、行方不明者の家族、女性組織、市民社会代表の参加を必須とし、被害者・生存者を中心に据えたアプローチを取る」ことを求める。また、国連事務総長に対しては、ジュネーブの国連人権高等弁務官の支援を得て「決議採択後80業務日以内に、独立機関の職務権限を策定し、この機関の設立に必要な措置を講じる」よう求めている。
国連の最高機関である安全保障理事会ではシリア内戦勃発後、ロシアの拒否権発動で内戦の阻止や戦犯容疑者を裁く強権行為(国際刑事裁判所への付託など)が阻まれてきた。だが、ジュネーブに「シリア国際公平独立メカニズム(IIIM)」を設立し、将来の裁判の材料となり得る証拠の収集・保全を行っている。
IIIMは2016年の国連決議に基づき同年設立された。2011年3月以降にシリアで行われた「最も重大な犯罪の責任者の捜査と訴追を支援する」任務を負う。この「メカニズム」はこれまでに各国の検察官と証拠の一部を共有してきたとみられる。特に、「普遍的管轄権」の原則の下、いくつかのシリア関連事件を訴追したドイツとの間でだ。ただ、その成果はあまり見えてこない。
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しかし、なぜまた新たな国連機関が必要なのか。そんな疑問が湧くのは真っ当なことのように思える。シーザー家族協会のアルマシャンさんは、この新組織は市民社会が参加する「人道的」イニシアチブだと話す。被害者について家族が真実を知る権利を追求し、被害者とその家族の積極的な協力の上で、シリアの行方不明者捜索に注力する。IIIMは逆に、刑事司法を通じた説明責任に重点を置いているという。
しかし、ドイツでシリアの事件訴追に携わってきたシリア人人権弁護士アンワル・アル・ブニ氏は新機関に懐疑的だ。「この措置の主たる理由は、シリアの人々の苦しみに対し酷い怠慢を重ねてきた国連の面目を保つことだ」とswissinfo.chに語る。「実際は何もしていないのに、何かをしていると思わせようとしているだけ。情勢の複雑さとロシアの拒否権で状況が麻痺する中、時間稼ぎをしている」
同氏は、新機関がシリア政府やシリア関係者の協力を得られず、身動きが取れなくなると見る。抑止効果もないと言う。「アサド政権の最大の武器は逮捕、拷問、強制失踪だ。逮捕をやめれば、政権は1分ともたないだろう」
「このメカニズムでは何の成果も得られない」と同氏は言う。「証拠収集のための国際的なメカニズムが証拠を集めたとて、それで何ができたか。それと同じだ」
新機関ができる唯一のことは、シリアの囚人や強制失踪者の問題を世界へ意識啓発することだ。シリア危機に対する政治的解決策が出てくれば、今後の調査において、これらの人々の統計や氏名に関する参考資料となる可能性もある。
シリア人権ネットワークのファデル・アブドゥル・ガニ会長も、この新機関の存在によって「今後の政治協議において、拘束者と失踪者の問題が議題に上がり続ける」と期待する。そして、国連安保理に定期的に情報を提供することで、この問題が今後も国際的議題であり続けるという。
「このメカニズムは、囚人の解放や行方不明者の発見を期待するものではない。特にシリア政権や人権侵害者が対応を拒否している場合はなおさらだ」と同氏は言う。「協力するということは、失踪者や拘束者の存在を認めるということであり、それは有罪宣告と同じだからだ」
アルマシャンさんはシリア政府が協力するかは疑わしいという。「シリア政権は協力を拒むだろう。でも、政治は日々変化する。今日は拒否しても、明日は受け入れるかもしれない。政権が変わって、協力的な暫定政権が誕生するかもしれない」
今後はどうなる?
国連とシリアの市民社会グループ関係者はswissinfo.chに対し、新機関の拠点は検討中だと語った。だが、国連の他の情報筋によれば、他機関との調整上ジュネーブが有力だ。IIIMは、人権理事会のシリア・アラブ共和国調査委員会やシリア国連事務総長特使と同じくジュネーブに拠点を置く。
国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)シリア支部(ベイルート拠点)のアン・マサギー氏は、「事務総長はOHCHRの支援の下、80業務日以内に新機関の規約を作成する任務を負っている。私たちはそのプロセスの真っ最中だ」と話す。2024年4月1日付で新機関を発足させる予定だという。
マサギー氏は、新機関の調整については今後就任するトップが行う必要があると語った。
編集:Virginie Mangin、英語からの翻訳:宇田薫
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