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スイスで金融取引への課税案 実現可能性は?

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チューリヒのトレーダーたちは、もっと国の財政に貢献すべきなのか? Keystone / Martin Ruetschi

スイスで金融取引に課税する「マイクロ税」案が盛り上がっている。単なるアイデアの枠を超え、国民投票にこぎつけ実現に至る可能性はあるのか?

為替取引に課税する「トービン税」が1970年代に提案されたのを始め、金融取引への課税を求める声は特に反グローバリゼーション運動から多く聞かれた。だが提案が主流派になることはなかった。

一部の国では、特定の金融取引に税金を課す。例えばフランスやイタリアは高頻度取引(HFT)に対して課税する。スイスも当事者の一方がスイスの証券会社である株式・債券取引に対し流通税を課している。

欧州連合(EU)レベルでも、同様の案が浮上している。先月決まった総額1兆8千億ユーロ(約230兆円)の次期予算外部リンク(2021~27年)は、新しい財源の「ロードマップ」として金融取引税の可能性に言及した。

ただ実現する見込みは低い。ロードマップによると、欧州委員会が24年までに何らかの提案をまとめるとしている。最初の発案から10年以上も遅れることになる。現在の計画を支持するのも10カ国と、加盟国の半分にも満たない。

マイクロ税イニシアチブ

スイスで現在提起されているイニシアチブ(国民発議)は、適用範囲をスイスに限定し、抜本的な税制改革も行うという内容だ。

通称「マイクロ税」イニシアチブ外部リンクは、デビットカードでのコーヒー購入から従業員の給与支払い、金融市場での数十億フランの取引まで、あらゆるオンライン・電子決済への課税を提案する。税率は導入後1年間は0.005%、その後は0.1%程度に引き上げる。

マイクロ税を導入する代わりに付加価値税(VAT)や印紙税、連邦所得税の3つの税を廃止する。

こうした提案の底流にあるのは、株式の購入に重点を置くEUの金融取引税案とは異なる考え方だ。チューリヒ大学のマーク・チェズニー外部リンク教授(数理ファイナンス)は、投機的な為替取引を対象とするトービン税とも異なると説明する。

チェズニー氏は同イニシアチブの支持者の1人。発起人委員会には金融や政治など多様なバックグラウンドを持つ人々が加わり、政党色はない。

チェズニー氏は、EUの金融取引税案をめぐる様々な意見は「コミュニケーション」に過ぎないと考える。

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チェズニー教授はチューリヒ大学の銀行・ファイナンス学部長を務める Keystone / Ennio Leanza

スイスのイニシアチブが目指すのはむしろ効率と進歩だ。目的は新税の導入ではなく、「3税を撤廃」し、今のデジタル時代に税制全体を適合させることにあるという。

イニシアチブ提案者たちは、マイクロ税により連邦財政に年1千億フラン以上の財源が生まれ、廃止する3税を十分代替できるとみる。加えてスイスの標準である中流・4人世帯にとって年間約4500フランの減税になる。

またチェズニー氏は、実体経済からかい離した投機的取引に歯止めをかける効果もあるとみる。

チェズニー氏は、金融業界の悪弊も民主的なマターだとし、他の国ではみられない市民運動を認めているスイスは民主主義でそれを変える土壌があると示唆する。2018年に出版した著書「A Permanent Crisis(仮題:永久の危機)外部リンク」のなかで、「いわゆる民主主義国家では、政治、エネルギー、社会、経済、金融分野に関わらず、本質的な問題は民主的に決まっていない。結局のところ、単に政府の決定でしかない」と指摘した。

実現する?

イニシアチブの実現には、実務的なハードルがある。

連邦銀行委員会のジャン・ピエール・ゲルフィ元副委員長氏は、マイクロ税は政府による将来の大手銀行救済を阻止するものではない、と指摘した。また金融機関が税負担を顧客、つまり国民に転嫁するのではないかと案じる。

フリブール大学のライナー・アイヘンベルガー教授(経済学)は、イニシアチブはナンセンスであり、政策立案者にも国民にも受け入れられるはずがないと一蹴する。「課税してもHFTが別の国に移るか別の取引に手を変えるだけで、国の財源にはならない」。

「スイスでの高頻度の取引を攻撃したいのであれば、それは1つのことですが、政府に資金を提供する方法として行われるべきではありません」と教授は付け加えました。

一方アイヒェンベルガー氏は、アイデアの議論自体は良いことであり、少なくともスイスの直接民主制が議論を可能にしていると評価する。他の国では市民がどれだけ訴えても、真剣な議論にはつながらない。スイスではイニシアチブが否決されたとしても、有権者が議論し投票すれば、少なくとも「政治教育」を受けたことになる。

2016年に国民投票にかけられた「無条件のベーシック・インカム」イニシアチブもそうだった。全国民に月2500フランを支給する案で、アイヒェンベルガー氏は「同じようにナンセンス」な発想で、数字はつじつまが合っていなかったと話す。だが理路整然とした形で打ち出され、結果的には否決されたが「テレビで刑事ドラマを見るよりは、そうしたことを議論する方がマシだ」。

国民投票でイニシアチブは23.1%の賛成しか得られず否決されたが、アイデアが死に絶えることはなかった。チューリヒでは無条件のベーシック・インカムを市レベルで試験導入するイニシアチブが提起された。今回は無党派の市民活動ではなく、左派政党が組織している。

「触媒」機能

18年のソブリンマネー・イニシアチブも同じような発想で、国民投票で否決された。信用創造をスイス国立銀行(中央銀行)に一任・集中させる内容だ。

政治情報プラットフォーム「Année Politique Suisse外部リンク」(仏語で「スイスの政治年」)の研究員、アンヤ・ハイデルベルガー氏は、ソブリンマネー・イニシアチブの事例はマイクロ税イニシアチブと最も比較しやすいと話す。どちらも感情的というよりは「高度に技術的」なアイデアで、既存制度を「抜本的に整備する」ことを狙いとしている。

ハイデルベルガー氏によれば、こうした民主主義の理論から見て革新的なイニシアチブは、可決されることが主なゴールではない。他の国にはない方法で議論の俎上に載せることだという。

移民など白熱するテーマに対し、圧力弁としての役割を果たすイニシアチブもあれば、政党の知名度アップなど政治的ツールとして利用されるイニシアチブもある。また市民の議論を引き起こす「触媒」としての役割を背負うイニシアチブもあり、マイクロ税はまさにそうした位置づけとなるかもしれない。

ハイデルベルガー氏もアイヒェンベルガー氏も、有権者は普通、現状維持を好みこうした激変を受け入れられないと話す。だが「議論を広げることはできる」という。

マイクロ税イニシアチブもそうした道のりを辿るかは、イニシアチブが成立し投票に至るかどうかに左右される。チェズニー氏によると、署名活動はこれまでに4万筆を集めた。国民投票に持ち込むためには、残り約1年で計10万筆を集める必要がある。

(英語からの翻訳・ムートゥ朋子)

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