パリ同時テロ後、スイスでの過激化の防止は?戦闘地からの帰国者はどうするのか?
パリ同時多発テロ事件後を受け、スイスでもシリアなどの戦闘地域から帰国した(聖戦を唱える)ジハーディストたちへの対策に頭を悩ます。スイスで若者の過激化について調査を進めるミリアム・エーザーさんに話を聞いた。
スイス紙ブリックの15日付け日曜版では、ウエリ・マウラー国防相が、今回のテロ事件によりスイスでテロが起きる危険性も高まっていると述べた。
実際スイスにも、イスラム過激派が約70人確認されており、また10月の時点でジハード(聖戦)を目的に戦闘地域へ渡航した人物が40人。7人が戦闘地域を離れ、スイスに帰国したという。
「まず過激化しないようにするには、過激化しそうな若者や家族の相談に乗れる人が必要。さらにイマーム(宗教指導者)たちも、過激化しないような情報を与える教育者の役を担うことが大切だ」とエーザーさんは言う。
戦闘地から帰国した若者の指導に関しては、「非常に難しい問題だ。まずスイスには未経験の部分が多く、ドイツやデンマークなどから学ぶ必要がある。また彼らが本当に脱過激化したかの確証を得るのはかなり難しい」と語る。
ミリアム・エーザーさんはチューリヒ応用科学大学の研究員で、現在スイスの若者の過激化に関する新しい実態調査研究の調整役を務める。
swissinfo.ch: マウラー国防相はスイス紙NZZ日曜版の中で、「スイスでの最大の脅威は、国内に住みISを支持するローンウルフ(一匹おおかみ)によるテロだ」と述べていますが、どれほどその危険性がありますか?
ミリアム・エーザー: ローンウルフには、テロを実行するためのネットワークと、自分がやろうとしていることが正しいのだと確信させてくれる支援者が必要だ。だがスイスでは、そうしたつながりが非常に小規模だと思う。少なくともこれが、これまでの調査から受けた印象だ。
フランスでは、大都市郊外に「企てを引き起こす思想」や社会的疎外感、さらに失業に対する怒りなどが広がっている。しかし、スイスでは国内に一貫した傾向は存在せず、問題のあり方は多様だ。
ただ、スイスでもイスラム教徒(ムスリム)の若者の失業問題はある。特にジュネーブやティチーノ州などのように、フランスやイタリアからの外国人労働者が多数流入していて就職競争が起きている地域ではそうだ。
そのようなところでは、問題を引き起こすような若いムスリムも見られる。問題がより深刻になる可能性もあるが、それは全て、ムスリムの若者が社会にどれほど同化できるかにかかっている。
swissinfo.ch: スイスはこれまで、テロに対する対策に力を入れ、情報機関の権限の拡大や、監視法を強化するなどしてきました。こうした体制の中で、ローンウルフのテロリストが監視網をすり抜けられると思いますか?
エーザー: ソーシャルメディアやネット上の監視が非常に強化されているので、彼らがすり抜けられるとは思わない。
だが、最新のTETRA(対テロと聖戦目的での渡航監視のために連邦司法警察省警察局が設けた特別部隊)の報告書にあるように、情報機関は膨大な仕事に追われている。オンライン通信のたった1人に対する記録が2万5千ページに及んだ例もある。しかもそれが外国語であった場合、翻訳に費やす時間と労働力を考えると、要注意人物の監視がどれほどの仕事量になるのか想像がつくだろう。
swissinfo.ch: 連邦警察と政府は、国内での過激化を予防するために、(シリアなどへの)渡航禁止策を検討しています。これは効果があると思いますか?
エーザー: 渡航しようとしている者に対しては有効だろう。渡航を制止する手だてがあることは重要だ。だがそれは、私たちが考えていかなければならない多くの対策の一つに過ぎない。
私は、過激化しそうな若者やその家族、友人たちの相談に乗り、助言を与えることが重要だと考えている。欧州の他の国でもそうであるように、若者に関わる人たちをサポートし、彼らが若者と話し合えるようにすることが大切だ。
swissinfo.ch: 過激化の何らかの兆候を見つけ出しそれを通告するために、スイスのムスリムのグループと個人、そして警察が協力し合うことをどう評価しますか?
エーザー: 州によって異なる。例えばチューリヒ州では、さまざまなムスリムの共同体とコンタクトを取り、それらをつなぐ橋渡しの役を担う人たちがいる。
ザンクト・ガレン州では、宗教についてのラウンドテーブルを開催し、これがムスリムのいろいろなグループやイマーム(宗教指導者)たちとコンタクトを取っている。
同州では例えば、7人のイマームがスイス社会への同化やスイスで生活するということ、そして過激化することについての情報を与え、教育に当たっている。
ジュネーブ州では担当者が、ムスリム社会と協同で若者の同化のプロセスを進めている。だが、こうした努力を行っている矢先の8月に、2人のジュネーブの若者がモスクで過激思想に染まり、その結果シリアに渡ったという報道があった。担当者はこれにショックを受けていた。
swissinfo.ch: 連邦司法警察省警察局のトップ、ニコレッタ・デラヴァレ氏によれば、「若者が洗脳され過激化するのはスイスのモスクやムスリムの組織の中」というのは、まちがった思い込みだと言っています。そうだとすると、どこで若者は過激化するのでしょうか?
エーザー: インテリジェンス(情報収集・分析活動)のデータによれば、ほとんどの場合に若者は、友達かネットを通して過激化するといわれている。モスクはむしろ、過激化を予防するところだと思う。
過激な思想を持ってモスクに行った若者は、そこでその考えを矯正されている。例えばそこで、「ネット上でのプロパガンダに耳を貸すな」といったことを教えられる。
ムスリムの組織も、過激化に対し予防の役を担っている。しかし、現在のように過激化が進むと、イスラム教の評判が悪くなることを恐れ、一般社会に対しドアを閉ざして活動を緩めていく。そうすると、過激化する若者に影響を与えられなくなる。
だが、彼らこそが大切な存在なのだ。過激化する若者に対する相談役となるべきだ。そのためにも、その役が公に支援されるべきだろう。
swissinfo.ch: イラクやシリアで訓練を受けて帰国したジハーディストに対する「脱過激化」プログラムを、幾つかの国が設定しました。2月のTETRAの報告書によれば、スイスでは帰国した若者への脱過激化の教育はほとんどされていないし、しかも、こうしたプログラムは難しく時間の浪費だったと書かれています。スイスは、こうした帰国者に対しどういった対策を考えているのでしょうか?
エーザー: 現在のところ、対策はなにもない。帰国者とコンタクトを取り、帰国者の態度に関して研究する人たちが、必要とされている。また、彼らが過激化して渡航する前にコンタクトを取る人間も必要だ。
この分野での問題は、経験が不足しているということだ。外国、特にドイツ、イギリス、デンマークやノルウェーに行って、帰国者にどう対処すればいいかを学ぶ必要があると思う。
スイスでは、全体的な問題はそれほど大きくない。しかし帰国者はいるのだ。彼らをどのように社会に同化させるか?もし、刑務所に閉じ込めるとしたら、刑務所で社会への同化を教育しなくてはならない。だが、これは特別な課題になる。なぜなら、彼らが本当に脱過激化したかを確認するにはどうしたらいいのか?非常に難しい問題だからだ。
swissinfo.ch: 他に、スイスのジハード対策の弱点に何がありますか?
エーザー: 弱点の一つは、「イスラム教徒嫌い」がスイスでは問題視されていないことだ。ムスリムに対する偏見や憎悪の動きを対策の一つに加えることは、非常に大切だ。ドイツでは、「イスラム教徒嫌い」の問題に正面から取り組んでいる。
もし、ムスリムへの憎悪の動きが広がると、それは「イスラム国のおもうつぼ」で、彼らを助けることにつながる。なぜなら、彼らは「ムスリムは、西欧で偏見を受け、社会から締め出され、侮辱されている」という論理を使ってプロパガンダを構築しているからだ。
もし、「イスラム教徒嫌い」が広がり、また右派政党などの主張によってこうしたムスリムに対する憎悪が現実になれば、多極化を助長し、さらに過激化する若者を増やしてしまうだろう。
(英語からの翻訳・編集 里信邦子&由比かおり)
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