スイス連邦外務省、自らの「監視役」に資金提供
今年、国連安全保障理事会の非常任理事国に初就任したスイスは、安保理で市民社会の声が反映されるよう取り組むつもりだ。そんなスイスは、政府批判を行う市民ネットワークに直接資金を提供しているうえ、連邦外務省がそのネットワークのメンバーになっている。
精力的に活動する「ネットワーク・マルチラテラリズム」は1月のプレスリリースでこう記している。「私たちは、スイスが国連憲章もしくは連邦憲法第54条に則って積極的かつ野心的な政策を行うよう期待している」
連邦憲法第54条は、スイスの外交政策の目標は「世界の窮状および貧困の緩和のために、人権の尊重と民主主義の促進のために、諸国民の平和的共存のために、および自然的生活基盤の維持のために」寄与することと定めている。
外務省もメンバー
このネットワークは、行政機関がこうした崇高な目標をなおざりにすることに危機感があるようで、「(行政機関を)市民の側から建設的に、かつ批判的に支援する」としている。
また、世間における国連への意識を高めたいとし、「場合によっては監視役を引き受ける」ことに前向きだ。
興味深いのが、行政機関がこのネットワークに加盟している点だ。正式メンバー40団体の中に、連邦外務省が名を連ねる。
これは注目に値する。連邦外務省が自らの監視役を務めるというのは、矛盾した話だ。
安保理に民主的な正当性を
スイスは国民投票が世界一多く実施される国だ。安保理におけるスイスの立場を一緒に決めたいという市民団体が多いのは、民主主義が根付くこの国では当然のことと言える。
安保理では決定は迅速に下される。政治の世界でよくあるように法律用語を使って白黒はっきりつけるのではなく、ニュアンスや、立場の表明が「決定」となることが多い。こうした「ソフト・ポリティクス」の場では、国としての立場を民主的に支えることが課題となる。
安保理におけるスイスの立場を決定する際には、少なくとも管轄の連邦議会委員会が関与できるようにすべきとして、連邦議会は長年、その方法について議論を続けている。同様に、NGO、経済連盟、市民グループ、研究者などのいわゆる市民社会も、国の立場を決める際に自分たちの意見が考慮されるよう望んでいる。
ネットワーク・マルチラテラリズムは「特にNGOや学術界」からの参加を求めており、実際にそうした市民社会からの団体もメンバーに加わっている。
このネットワークは2018年に設立された。スイス国連協会ディレクター兼フランス語広報担当のマリア・イサベル・ヴィーザー氏は「ネットワーク・マルチラテラリズムはスイス国連協会のイニシアチブとして立ち上げられた」と説明する。
同氏によれば、このネットワークは「行政当局」から「民間部門」の団体まで幅広いメンバーが意見交換するプラットフォームだ。幅広い支持を得ていることから「安保理におけるスイスの任務を公平な立場から支えられる」という。
「ネットワーク・マルチラテラリズムはプラットフォームとして中立」であり、このネットワークの見解は「スイス国連協会に基づくのではなく、ネットワークのいくつかのメンバーに基づいたもの」だ。ネットワークが積極的に発信しているプレスリリースについては、「署名団体の名において」のみ発表しているという。
だが実際のプレスリリースにはそうは記載されておらず、「ネットワーク・マルチラテラリズムの名において」と記されている。
連邦外務省が資金援助
いずれにせよ、連邦外務省は「建設的な批判」を歓迎しているとヴィーザー氏は話す。そのためスイス国連協会にとって、連邦外務省から資金提供を受けることに問題はないという。
連邦外務省はネットワークのメンバーであるだけでなく、重要な資金提供者でもある。スイス国連協会の22年総予算は約20万フラン(約2800万円)。ヴィーザー氏によれば予算は主にプロジェクト資金で賄われている。
連邦外務省はスイス国連協会に対し、使途を特定しない資金として年間5万フランを支払っている。他にもプロジェクト資金の提供は可能だという。同協会の昨年度予算の少なくとも4分の1は連邦外務省からの資金だ。同省報道官のヴァレンティン・クリヴァ氏はこう説明する。「資金は事務所の維持、コミュニケーション、会議への参加に使われる。また、安保理と関係なく18年に設立されたネットワークの拡大にも使用される」
連邦閣僚の対応に「多様なアクター」が注目
連邦外務省が自らの批判者に資金提供することについて、政治家たちはどう考えているだろうか?トーマス・ミンダー氏は、国民党会派に所属する無所属の全州議会(上院)議員だ。上院の外交委員会メンバーである同氏はこう語る。「基本的に(行政機関に目を光らせる)監視役は国から資金提供を受けるのではなく、民間資金のみで運営される方が良い。その方が監視役としての独立性が高まりやすい」
また、連邦政府や安保理代表団、スイス国連大使のパスカル・ベリスヴィール氏の対応を「様々な分野の多様なアクター」が「注視する」のは悪いことではないという。ミンダー氏はさらに、連邦議会はキャパシティ不足に陥っていると指摘する。「こうしたことを議員だけですることは到底不可能だ。私が所属する(国連分野を扱う)委員会ですら、安保理のテーマは数多くある議題の1つに過ぎない」
安保理におけるスイスの対応をより民主的に決められるよう、ミンダー氏はこれまで複数の動議を連邦議会に提出してきた。安保理が「軍事介入」の是非を決定する際に、連邦議会がスイスの立場を決定できるよう求めた動議も提出したこともあったが、過半数の賛成を得られなかった。
ミンダー氏は、ネットワーク・マルチラテラリズムが安保理におけるスイスの立場を大きく左右するとは考えていない。「この分野には数多くのアクターやロビー団体がある」
市民社会との意見交換は任務の1つ
スイスは安保理のメンバーを務めるうえで、そうしたアクターの意見を聞かなくてはならないことになっている。「市民社会との意見交換は、連邦外務省国連部の任務の一部だ」と、同省のクリヴァ氏は説明する。こうした意見交換は「構造的対話」と呼ばれる。現在、連邦外務省の招待リストには「約70の団体」が名を連ねるという。どれも男女平等や民間人保護など、深い専門知識を有する団体だ。
非常任理事国への立候補期間の最終段階から、すでに意見交換の場が「年数回」設けられ、「諸団体」に「(スイスの非常任理事国の)就任に向けた準備作業について情報を伝えた」とクリヴァ氏は語る。こうした場は「参加者が(国に)関心事を伝える機会にもなる」という。意見交換の場は今後も開かれる予定だ。
連邦外務省は、自らがメンバーになっている「監視役」のネットワークとどう区別をつけるつもりだろうか?クリヴァ氏は「連邦外務省は要望に応じてネットワーク・マルチラテラリズムに情報と意見交換の場を提供している。しかしスイス国連協会および同ネットワークの活動には関与していない」と説明する。ただ、「市民社会と学術界が持つ経験や専門知識は、スイスが安保理メンバーを務めるうえで重要」という。
連邦外務省は「構造的対話」で意見交換を行う団体を限定していない。「関心のある団体は、sts.uno@eda.admin.chまでご連絡を」(クリヴァ氏)としている。
独語からの翻訳:鹿島田芙美
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