中立はどうあるべきか、ウクライナ侵攻で議論活発に
ロシアのウラジーミル・プーチン大統領がウクライナとの停戦合意条件の1つとして示したのが、ウクライナの中立的地位だ。スイスは今回、自国の中立への解釈を改めた。スウェーデンや台湾でも中立を巡り調整が行われている。紛争に介入しないという複雑な原則「中立」を改めて考察する。
この数日、クレムリンの侵略者は気に障るものをことごとく破壊している。歴史家として中立*を研究するヘルシンキ大学のヨハンナ・ライニオ・ニエミ准教授は、プーチン氏が戦争の目標をウクライナの「中立」としたことに注目。それでもなお、この中立という概念は「20世紀、多くの国家にとってインスピレーションと理想だった」と語る。
ロシアのウクライナ侵攻をきっかけに、同時に複数の国が中立を「放棄」したと国際社会は認識している。そうした国に中立の伝統を持つスウェーデンとスイスがある。スウェーデン議会は2月末、ウクライナ支援の一環で同国に武器を供与するという歴史的な決定を下した。これを受け、独公共放送ZDFは「スウェーデンは中立を諦めている」と端的に述べた。また、米紙ニューヨーク・タイムズは、スイスが欧州連合(EU)の対ロ制裁に参加を決めたことを「スイスは中立という長い伝統を捨て去ろうとしている」の見出しで報じた。
中立国の国内で行われている議論にも、こうした認識がにじみ出る。興味深いのは、スウェーデンとスイスで正反対の状況が起きている点だ。スウェーデンでは国家主義のスウェーデン民主党が、これまでの政策からの脱却と北大西洋条約機構(NATO)への加盟を要求。一方スイスでは、保守系右派の国民党がEUの対ロシア制裁への参加を既に「中立の終わり」と呼んだ。
中立の終わりを主張する声は多い。だがそう決めつけるのには早すぎるのかもしれない。中立政策が専門のパスカル・ロッタ早稲田大学教授**は「中立は制裁問題を通して定義されるものではない。(中立国の制裁については)国際法にも定められておらず、(制裁に参加しないことが)政治的に中立国の条件になっているわけでもない」と語る。スイス・フリブール出身の同氏によれば、ハーグ条約では「中立国の武器の輸出入が明確に」認められている。しかも、輸出入先の国で紛争が起きているかどうかは問われない。
20世紀初頭に当時の大国が合意したハーグ条約は、現在でも国際人道法の重要な一部を成している。
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民主主義と同時期に誕生した中立
歴史的に「中立」は「民主主義」と同時期に誕生した。どちらも古代ギリシャの都市国家で生み出され、時代と共にありとあらゆる解釈がなされてきた。そして19世紀にようやく世界が共通認識するモデルへと発展した。
国が法的に「中立」と見なされるのは、その国が軍事同盟に属さない(または属す意志のない)ことを表明した場合だ。そうした国は欧州とアジアを中心に全世界で数十カ国ある。中南米ではコスタリカが1983年に「永世的、積極的、非武装中立」を宣言した。
前出のライニオ・ニエミ氏は、多くの国にとって中立は「サクセスストーリー」だと指摘。一例にアイルランド、オーストリア、同氏の母国フィンランドといったEU加盟国を挙げる。フィンランドはEU加盟後、自国を中立と呼ばなくなった。一方、歴史を振り返ると、中立国でありながらも攻撃を受けた国が存在する。第一次世界大戦時にドイツから侵略されたベルギーや、ベトナム戦争で北ベトナムと米国の両方から攻撃されたカンボジアがその例だ。ロッタ氏は「中立が成功を収めるのは、それが関係国すべての利益になるか、少なくともどの国もそれを自国の存在を脅かすものと見なさない場合だ」と話す。
(独語からの翻訳・鹿島田芙美)
*Johanna Rainio-Niemi, Neutrality as Compromises: Finland’s Cold War Neutrality (2021); Rowman and Littlefield.
**Pascal Lottaz, Neutral Beyond the Cold: Neutral States and the Post-Cold War International System (2022); Lexington Books.
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