ファクトチェック:「スイスで暖房を19度に設定したら罰金・逮捕」は本当?
エネルギー価格の高騰がスイスの家計にのしかかっている。ソーシャルメディアでは「暖房を19度以上に設定すると罰金を科され投獄される」との噂がまことしやかに流れる。
他の欧州諸国と同じく、スイスはこの冬に生じうるエネルギー不足への備えを進めている。連邦政府は先月末、天然ガスが不足した場合の一連の省エネ策を提案外部リンクした。これに尾ひれがついた噂が世界中を駆け巡っている。
【スイス恐怖政治はじまる】
— Kumi@ (@Kumi_japonesa) 2022年9月10日外部リンク
スイスは自宅を19度以上に温めることを禁止
違反者は最大50万ユーロの罰金または3年の懲役刑を計画中とか。
これに伴う密告制度─
「お隣さんが19度以上にしていたら通報してくださいね」 pic.twitter.com/bFrvIZjXqA外部リンク
swissinfo.chの読者ダニーさんからはこんな質問が寄せられた。「スイスで自宅の暖房を19度以上に設定すると罰金が科せられ、刑務所送りになるという奇妙な噂が広まっています。これは本当ですか?」
ダニーさんが添付したさまざまな海外メディアの記事には、スイス当局は室内温度の上限を19度とする新規制を設け、違反者には3千フラン(約45万円)もの罰金または最大3年の懲役刑を科すと記されている。
これらメディアの多くはスイスの大衆紙ブリックの9月6日付の記事外部リンクを引用していた。ブリックの記事は冒頭で「緊急時には暖房の利用を抑えるよう規制がかかる。緊急規制の違反者は恐れるべし。ガス規制違反には懲役刑や罰金が科される可能性がある」と警告した。
具体策は協議中
ブリックの記事に登場した連邦経済省のマルクス・シュペルンドリ広報官はswissinfo.chの取材に対し、同記事が一部で誤解・曲解されていることを認めたが、自宅の暖房の設定温度を上げたせいで罰則を受ける恐れは全くないと断言した。
同氏はメールで「スイスでは現在、電力や天然ガスは不足していない」と説明。「このため、エネルギーの使用を制限・禁止する有効な規制は存在せず、違反しようがない」と回答した。
ブリックが報じたガス規制は、連邦政府が冬のガス不足への備えとして検討している4段階の計画の一環だ。当局者は「地政学的な状況を考えると、この冬のガス不足は否定できない」と語っている。計画案は意見聴取手続き外部リンクにかけられており、利害関係者が9 月 22 日まで意見を提出し、その後改めて閣議にかけられる。
政府が計画を正式決定したとしても、暖房の制限が即日実施されるとは限らない上、実施されるかも定かではない。ガス不足の深刻度合いに応じ、取られる対策が異なるからだ。第1段階ではサーモスタットを下げるなどしてガス消費を減らすよう人々に促す。状況が改善されない場合にのみ、第 3段階として公共の建物やオフィスの暖房設定温度を19度に制限する義務を課す可能性がある。必要に応じて一般家庭にも規制対象を広げる。この規制はガスを熱源とする施設のみ適用される。
政府によると、スイスの天然ガス需要の4割超は家庭で消費される。このため暖房規制が発動すれば消費全体に影響を与えることになる。規則をどう順守させるかは重要な問題だ。シュペルンドリ氏は、深刻なガス不足に陥った場合、理論的には罰金が科される可能性もあると話す。
ソーシャルメディアでは現在、スイス政府の名を語る偽のポスターが出回っている。ポスターには「隣人が部屋を19度以上に温めている?通報してください」と書かれ、スイス連邦エネルギー省の電話番号が記載。通報者には200フラン(約3万円)の報酬が贈られる、とする。
このポスターの写真は数千回シェアトされ、スロバキアの新聞でも報道された。だが連邦環境省エネルギー局のエマニュエラ・トナッソ広報官はフランス語圏の日刊紙ル・タンに対し、このポスターは偽物で情報も捏造されていると断言した。当局は、誰がなぜ偽のポスターを作成したのか、調査を始めた。
厳密な監視は不可能
暖房規制案が根拠法とする国家経済供給法(NESA)外部リンクは、違反に対し1日30~3千フランの罰金を想定する。だがシュペルンドリ氏によると、そうした罰金を科すプロセスは非常に煩雑だ。NESAに基づく罰則は、交通違反など警察が簡単に発行できる行政罰とは異なり、当局が各事案を個別に検証しなければならない。
「このためNESAに基づいて違反を取り締まる手続きは複雑になる。いずれにせよ、厳密な監視はできないし、するべきでもない」(シュペルンドリ氏)
同氏によると、当局が暖房規制の違反者に罰金を科すとしても、裁判で妥当とする金額は30フラン程度。噂されている3千 フランは違反内容にふさわしい額とはみなされないという。禁固刑もNESAに基づけば理論的には可能だが、それに相応する犯罪とはみなされない。
新型コロナウイルスの流行時に設けられたソーシャルディスタンスの確保や在宅勤務の義務付けには、多くの人が従った。シュペルンドリ氏は、「スイスでは、人々は法を順守するという信頼がある」ため、暖房規制も大半の人は守る可能性が高いと語った。
結論:フェイク
スイスでは現在、ガス不足や暖房規制が生じていないため、自宅の暖房が 19 度を超えたとしても罰金を科されたり投獄されたりすることはない。ある種の制限を導入する法令案は、まだ協議中だ。規制は深刻な天然ガス不足に陥った場合にのみ発動する。罰金は理論的には可能だが、実施は難しい。投獄される可能性は極めて低い。
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英語からの翻訳:ムートゥ朋子
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