世界の食糧危機、ウクライナ戦争が加速
ロシアのウクライナ侵攻の影響で、世界中で食料や燃料、肥料の供給が途絶えている。アフリカ大陸に生きる何百万人もの人々や支援に奮闘する援助機関は、更なる苦境に立たされている。
今年初頭、アフリカ東部の「アフリカの角」と呼ばれる地域は、ここ10年で3回目の深刻な干ばつに見舞われた。ただでさえ長引く紛争を抱えるこの地域は、近年イナゴの大発生や食糧価格の高騰、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行に苦しみ、新しい危機への耐性が全くない状態だった。
国連食糧農業機関(FAO)は、支援を迅速に拡大しなければ人道的大惨事につながるとの懸念を強めている。エチオピア、ソマリア、ケニア全域の飢餓状況の悪化を阻止すべく、1~6月に農村地域の193万人を支援する計画を立てていた。
FAOで東アフリカ地域コーディネーターを務めるデビッド・フィリ氏は、「今年に入り状況は更に悪化した」と訴える。3月~5月の雨季の降雨量も平均を下回り、過去40年間で最悪の干ばつに直面しているという。
国連世界食糧計画(WFP)は、アフリカの角で飢餓に苦しむ人々が、今年1500万人から2千万人に増える恐れがあると警鐘を鳴らした。
一方、西・中央アフリカでも、4千万人以上が基本的な食糧需要を満たせなくなる危機に瀕している。
WFPで西・中央アフリカのシニア調査・評価・モニタリングオフィサーを務めるオロ・シブ氏は、「様々な要因が絡み合い、この地域の食料安全保障は急激に悪化した。しかも全てウクライナの戦争が始まる前の話だ」と話す。
ウクライナ戦争の影響
ウクライナ戦争は世界の供給網に打撃を与えた。現在、食料や燃料、肥料の価格は過去最高水準に達している。
穀物や油糧種子、乳製品、食肉、砂糖の価格変動を示すFAOの食料価格指数は、2~3月と2カ月連続で過去最高値を更新した。3月の前月比上昇率は12.6%と、統計を開始した1990年以来2番目の高さだった。4月はやや伸び悩んだが高止まりしている。
背景にはウクライナ戦争でサプライチェーンが途絶え、穀物や植物油の価格が高騰したことがある。ロシアとウクライナは小麦やトウモロコシなどの穀物、そしてコーン油やヒマワリ油などの植物油の輸出大国だ。ロシアは世界最大の肥料輸出国でもある。
シブ氏は「サプライチェーンの断絶は、西アフリカの国々にとって大打撃だ」と話す。この地域は輸入品、特にウクライナとロシア産の食料と肥料に大きく依存している。
小麦の価格上昇の影響は既に現れ始めている。「パンが2割も高くなった国もある。最も脆弱な立場に置かれた人々、特に都市部の貧困層にとってパンは依然として主要な食料品であるため、これは重要な前兆だ」(シブ氏)。
燃料や肥料の価格高騰も、今後この地域の食糧事情を更に悪化させる恐れがある。
西・中央アフリカの農家の大半は、政府が補助する肥料に頼っている。シブ氏は、価格の上昇で肥料を購入できなくなる政府も多く出てくるだろうと危惧する。もし農家が今年必要な肥料や燃料を確保できなければ、来年の食糧生産にも影響が及ぶのは必至だ。
人道支援団体にも打撃
サプライチェーンの断絶と価格上昇は人道支援団体の活動にも響いている。WFPはこれまで穀物の半分以上をウクライナとロシアから購入していたが、現在は戦争勃発以前と同人数分の穀物を確保するために、毎月7100万ドル(約92億円)の追加費用が発生している。1日分の食料を400万人に1カ月間支給できたはずの金額だ。
WFPは、戦火に見舞われた国々を支援している。アフリカの角の対岸に位置するイエメンでは、人口の4割以上に当たる1300万人が同機関に食料を頼っている。シブ氏によると、西・中央アフリカのWFPの活動も厳しくなってきている。同機関は各国が独自に運営する学校給食プログラムを支援しているが、一部の食料品が買えなくなりWFPに追加支援を求める政府も出始めたという。
また、食料品の購入用に現金も支給しているが、物価の高騰で実際の購買力は落ちている。
食料の保護主義
フィリ氏とシブ氏は物価の上昇を受け、国際社会がCOVID-19のパンデミックの初期と同じように保護主義に向かうかもしれないと懸念する。各国は短期的に自国を優先し、長期的には世界にとって最善であるはずの選択肢を無視する恐れがある。
「パンデミックとウクライナという2つの危機は、多くの国が保護主義に走る傾向があることを示した」(シブ氏)
ロシアやウクライナなど一部の国は、国内の食糧供給を確保するため、小麦の輸出を制限または禁止している。世界第2位の小麦生産国であるインドは、ウクライナ戦争で生じた穴を埋めるために一時的に輸出を増やしたものの、「自国や近隣国の食料安全保障に対処する」ため、小麦の輸出を一時停止すると発表した。同国では3月と4月の異常な高温が小麦の生産に悪影響を与えていた。
世界のパーム油の半分以上を生産するインドネシアは先月、パーム油の輸出禁止を発表した。パーム油は世界で最も多く取引されている植物油だ。
国際食糧政策研究所(IFPRI)によると、19カ国が食品の輸出禁止を発動しており、これはカロリー換算で世界の食料貿易の12%に相当する。
これを受け、国連事務総長や世界銀行、国際通貨基金(IMF)、国連WFP、世界貿易機関(WTO)などあらゆる国連機関が各国政府に対し、輸出禁止や規制を解除し、食料・エネルギー市場を開放するよう要請した。WTO加盟国164カ国のうち英米・欧州連合(EU)など51カ国は今月6日、その要請に応じる旨を表明したが、インド、インドネシア、ブラジル、アルゼンチンなどの重要な生産国は賛同しなかった。
資金の調達がネック
国連は昨年末、2022年に人道支援を必要とする人々は世界で2億7400万人に達すると試算していたが、現時点ではこの数字を大幅に上回る可能性が高い。
NGOのノルウェー難民評議会(NRC)のヤン・エグランド事務局長は、「既にウクライナ侵攻以前から、世界の人道危機は前例がないほど悪化していた」と指摘する。
WFPとFAOは現在、年内の需要見通しを再試算中だ。シブ氏は「状況の悪化に伴い、食糧難に苦しむ人々は増え続けている」話す。フィリ氏は「当初は予防策を念頭に置いていたが、今は日々拡大する問題に対処する必要性が生じた」と説明する。
だが資金を十分かつ迅速に調達するのは至難の業だ。幸い、先月国連が共同開催したアフリカの角の干ばつに対する募金イベントは成功を収め、支援団体が求めた金額とほぼ同額の寄付が集まった。だが全ての危機が同等の支援を得られるわけではない。今年初頭に行われたイエメンへの募金の呼びかけでは、支援団体の目標額の3分の1以下しか達成できなかった。
エグランド氏は「ウクライナを支援するために、ドナー国が援助予算から他の危機への資金をカットしないように配慮する必要がある。そうなれば数百万人に甚大な影響が出るだろう」と指摘する。
飢餓は新たな紛争を生む。フィリ氏もシブ氏も、目の前にある人道的ニーズに対処するだけでなく、より頑強な体制の構築に向けた投資も重要だと強調する。「政治的な安定を抜きに、食料安全保障は語れない」(シブ氏)
取材協力:Abdelhafidh Abdeleli、グラフ・地図:Pauline Turuban
(英語からの翻訳・シュミット一恵)
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