新型コロナウイルスのパンデミックにより2度延期された世界貿易機関(WTO)の第12回閣僚会議が、ついに12日からジュネーブで開催される。同会議には、コロナワクチンの特許放棄や食料安全保障に取り組むという困難な任務が課せられている。
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WTOの最高意思決定機関である閣僚会議のため、164の加盟国の貿易相らが12〜15日までジュネーブに集まる。閣僚会議は、世界的な貿易問題を交渉し合意を得ることを目的とし、通常2年に1度開催されるが、会合が開催されるのは5年ぶりだ。第12回目の会合は当初、2020年6月にカザフスタンで開催予定だったが、新型コロナの感染拡大で2度延期された。前回の会議以降、パンデミックやウクライナ戦争が地政学を揺るがし、食料安全保障や世界的な医療へのアクセスなどが閣僚会合の新たな課題となっている。
議論される課題とは
重要な交渉の1つは、新型コロナウイルスのワクチンや治療薬に関する知的財産権を一時的に放棄する案だ。知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS 協定)に関する権利放棄は、発展途上国による後発ワクチンの生産が可能になる。だが、大手製薬会社の本拠地があるスイスや英国がこの案に強く反対している。現時点では、加盟国がこの権利放棄について必要な全会一致を得て合意に達する可能性は低いとみられる。
20年以上にわたり議論されてきた乱獲につながる漁業補助金の禁止も、閣僚会議の交渉議題となっている。継続的な乱獲によって海洋水産資源が枯渇し、これまで以上に緊急性を帯びている問題だ。交渉関係者によると、4日間の会議で最終合意に達する可能性があるという。しかし、補助金廃止の移行期間や、どの国が優遇措置の恩恵を受けられるかなどがネックとなっている。
ウクライナ戦争によって、食料インフレ、サプライチェーンの混乱、輸出制限も議題となっている。戦争勃発を受け、WTOのエコノミストは4月、2022年の貿易額の伸び率の見通しを3.0%と、前回予測の4.7%から引き下げた。ロシアとウクライナは、穀物、植物油、肥料の世界最大の生産・輸出国で、戦争がサプライチェーンを混乱させた。その結果、農産物や肥料の価格が急上昇し、インドやインドネシアなどの国々は小麦やパーム油の輸出を制限している。加盟国は、国連の世界食糧計画(WFP)による人道的支援のための食料調達を輸出制限の対象から外す可能性など、現在の食糧危機に対処するためのさまざまな提案を検討する予定。また、備蓄についても協議する。現在、WTOの規則ではこのような行為は禁じらている。この協議後、閣僚宣言が採択されることが期待されている。
ロシアの参加
欧米の外交筋によると、欧米諸国は開会セッションでロシアを非難し、ウクライナとの連帯を示す予定だ。だが、ロシアの排除はあり得ないと言う。ロシア代表団は、ウラジーミル・イリチェフ経済発展省副大臣が出席するとしている。
対ロ制裁による空域制限のため、ロシアの代表団はどのようにスイスに到着するのかという質問に対し、スイスの報道官は、「スイスは主催国として、国際会議や会合に参加するために来るすべての加盟国の代表団の入国・出国を容易にするために必要なすべての措置を講じる」 と回答した。これには、ロシアなど制裁下にある国も含まれる。
WTO改革の協議
加盟国の全会一致を得るのは容易ではない。WTO事務局長のンゴジ・オコンジョ・イウェアラ氏 は、閣僚会議を控えた7日、協議のどの課題も「多くの主張の隔たりが残っているが、我々は前進している」と述べた。
農業、工業製品、サービスなど自由貿易のためのルール作りの交渉は、何年にもわたり水面下で行われてきた。発展途上国と先進国、消費者ニーズ、産業界の利害が対立し、新しい国際貿易ルールで妥協点を見出すのは至難の業だ。
例えば、2015年のWTOの決定に沿って加工食品への補助金が撤廃されたことで、スイスのチョコレート業界への補助金が年間1億フラン(約114億円)削減された。わずかな交渉の譲歩が、産業界に何億フランもの損害をもたらす。
WTOでは合意には加盟国の全会一致が必要なため、協議のアジェンダを決めるだけでも何年もかかる。WTOの貿易紛争を解決する上級委員会は、米国が委員補充を拒否し、2019年から機能不全に陥っている。
緊急なWTO改革の必要性が広く認識されているにもかかわらず、具体的な動きがないというパラドックスとつながっている。今回の会議でも、改革に関する具体的な議論は行われないと思われる。
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