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赤十字国際委員会、マウラー総裁に独占インタビュー

Aufnahme von IKRK-Präsident Peter Maurer, im Hintergrund zerstörte Gebäude.
ペーター・マウラー赤十字国際委員会(ICRC)総裁。サウジアラビアが指揮する同盟軍によって空爆されたイエメンの首都サヌアにて撮影 Keystone/EPA/Yahaya Arhab

ヨーロッパを目指す何千人もの移民・難民が地中海で遭難し、数万人がリビアで拘束され、イエメンやシリアでは内戦が激化し人道危機が深刻化。ミャンマーでは民族浄化が起きている。赤十字国際委員会(ICRC)外部リンクは80以上の国の最前線で活動している。赤十字のペーター・マウラー総裁に今年一年の総括を聞いた。 


スイスインフォ:今年は赤十字にとって例年になく状況が悪い年でしたか?

ペーター・マウラー:そうでもありません。17年に、全体として状況の悪化は見られませんでした。とはいえ、残念ながら緊張の緩和もありませんでした。大変憂慮しているのは、ここ5年の事態の推移です。紛争は国際人道法に違反する形で残酷さを極めています。また、紛争はますます都市へと移ってきています。シリアのアレッポ、イラクのモスルはこの傾向の典型的な例です。さらに、紛争の政治的要因が犯罪行為、テロ行為、民族間の暴力と複雑に絡み合い、非常に緊迫した局面を迎えています。

スイスインフォ:ここ5年間の事態の悪化はどのような形で現れましたか?

マウラー:紛争はますます長期化し、国境の内外を問わず避難民の数は増え続けています。社会、教育、保健衛生、水の供給などのシステムが崩壊しています。経済は弱体化し、今日では、(1人当たり国民総所得(GNI)が発展途上国よりは多く、先進国よりは少ない)中所得国でさえ経済危機に陥り、暴力に支配されています。00年から10年までの社会経済の緩やかな進展は水泡に帰すばかりです。

「17年、コロンビア内戦に関する事態は好転しました」(マウラー総裁)

スイスインフォ:コロンビアの状況はむしろ暗いと言えます。それでも希望を持つのには何か理由があるのですか?

マウラー:あります。否定的なことだけに目を向ける年末恒例の不協和音に私は同調したくありません。このように困難な状況においても活動を続けられているという事実、それ自体がすでに評価できることです。さまざまな状況の中で、我々は国際人道法が遵守される場所を作ることに成功しています。実際、17年、コロンビア内戦に関する事態は好転しました。政治的な意欲があれば、たとえ紛争をすぐに解決することはできないにしても、少なくとも秩序ある方法で対処することができるということを示しています。

スイスインフォ:過激派組織イスラム国(IS)は今年、シリアとイラクで次々に拠点を失いました。このことをどう評価しますか?

マウラー:ISに占領されていた地域の最前線では明らかに変化がありました。しかし、我々の経験から、根本的な問題が解決されないまま、ISのような非国家の武装集団が拠点を失ったとしても、他の場所に再び現れるだけだと残念ながら言わざるを得ません。実際、たとえばフィリピンに現れたように。

スイスインフォ:つまり、拠点を失うことと事態の安定化を混同してはならないということですね…

マウラー:そうです。事態の安定化には程遠い状況です。確かに、シリアの最前線は今年初めの状況と同じではありませんが、市民にとっては事態がさらに悪化しました。暴力が後を絶たず、人々が土地を追われる一方で、安定化した地域には避難していた人々が帰還しています。このことによって、赤十字への負担が増しています。

「中東は来年に取り組むべき課題となるでしょう。大国と中東の地域大国が真の平和に向けた取り組みに着手したものの、その努力は十分ではないという事態に対処しなくてはなりません」(マウラー総裁)

スイスインフォ:来年の見通しとして、中東情勢に懸念はありますか?

 マウラー:中東は来年に取り組むべき課題となるでしょう。大国と中東の地域大国が真の平和に向けた取り組みに着手したものの、その努力は十分ではないという事態に対処しなくてはなりません。今のところ、とりわけレバノンで、紛争は悪化するどころか広がる恐れがあると思われます。

18年は、国際人道法の遵守、人道支援に携わるスタッフの安全確保、市民や戦争捕虜・非拘束者の訪問にも引き続き取り組みます。

スイスインフォ:リビア北部の難民センターに収容されている移民・難民の訪問にも取り組むということでしょうか?

マウラー:これらの難民センターへの赤十字のアクセスは非常に限定されており、移民・難民の経由国のセンターで必要な訪問を実施できる体制にあるとは言えません。この問題が来年に我々が取り組むべき主要課題の一つであることは間違いありません。

スイスインフォ:地中海を渡って旧大陸にたどり着こうとする移民・難民に対するヨーロッパ諸国の対応は、ヨーロッパで今年の重要議題の一つでした。この問題に対するあなたの立場は明確です。ヨーロッパの一方的な鎖国政策ではこの問題を解決されない、と。

マウラー:ヨーロッパ諸国が自国の国境を守り、移住を規制しようとすることは批判しません。しかし、このような政策が引き起こす人道的結果を考慮することなく、ヨーロッパ諸国が単純に国境を閉ざしても何にもなりません。

スイスインフォ:ヨーロッパ諸国にどのような代替案を提示しますか?

マウラー:11月中旬にベルンで開かれた移民に関する閣僚会合は、人道機関、内務相、防衛相、安全保障相が一緒に議論することの意義を示しました。多様な手段をもつ必要性はますます認知されてきています。規制もその一つですが、人々が自国で尊厳ある生活を送ることができるよう中東諸国やアフリカ諸国に対して資金を提供することも必要です。労働者の合法的な移住管理も選択肢の一つです。若者のため将来の展望を開くことになります。

ヨーロッパ諸国の政府は、保護の新たな枠組みも検討しなければなりません。難民認定を受けられない社会的弱者がいるとき、国家レベルでこれらの人々を暫定的に保護するための新たなカテゴリーを作ることは立法機関の務めです。

ペーター・マウラー氏は1956年、ベルン州トゥーン生まれ。歴史学、政治学、国際法を首都ベルンとイタリアのペルージャで学んだ。

87年、連邦外務省(EDA/DFAE)に入省。さまざまな職務に就いた。

96~2000年、米ニューヨークで国連スイス政府代表部副常駐オブザーバーを務めた。00年、ベルンの連邦外務省本部大使兼人間安全保障課長に任命された。

04年9月~10年春、ニューヨークにてスイス政府国連大使および常駐代表。

10年1月、連邦外務省事務次官に任命された。

12年7月1日、赤十字国際委員会総裁に就任。15年の委員会総会で総裁に再選された。任期は4年で20年6月まで。

家族は妻と2人の娘。

(仏語からの翻訳・江藤真理)

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