伊地方検察、WHO高官を虚偽説明の疑いで捜査
イタリアの地方検察当局が、世界保健機関(WHO)の前事務局長補で、現在はテドロス・アダノム事務局長の特別顧問を務めるラニエリ・ゲラ氏を、伊政府の新型コロナウイルスへの初期対応について虚偽の情報を提供した疑いで告発した。イタリアやWHOの本部があるスイス・ジュネーブに衝撃が走っている。
この疑惑は、イタリアにもスイス・ジュネーブにもすでに大きな波紋を呼んでいる。最近までWHOに11人いる事務局長補の1人であり、現在もテドロス・アダノム事務局長の特別顧問を務めるラニエリ・ゲラ氏が、伊北部ベルガモの検察局の捜査を受けている。新型コロナウイルスの「第1波」の際、伊北部で多数の死者を出したパンデミック(世界的大流行)をめぐる捜査の一環だ。
伊政府とWHOの共謀
フランス語圏スイスの日刊紙ル・タンが入手したベルガモ検察局の国際司法共助の要請書によると、ゲラ氏はイタリアの裁判所に虚偽の情報を提供した疑いで告発されている。ベルガモ検察局は3月8日、WHOに対し司法共助の要請を出した。その要請が届いたのは、WHOが中国に対して独立性に欠けるとして国際社会からすでに厳しい批判を浴びていた危機的な時期だ。そして、要請書によって、イタリアが(新型コロナの流行に対して)どれほど準備不足だったかを隠ぺいするために伊政府とWHOが共謀していたことが明らかになった。(新型コロナへの伊政府の初期対応に関する)報告書が発表される直前に、伊政府はWHOに1千万ドル(約11億円)の任意拠出を行ったばかりだった。
事件は昨年に遡る。昨年5月13日、伊ベネチアのWHO事務所に所属するイタリア人研究者フランチェスコ・ザンボン氏を筆頭に欧州の科学者11人が「前例のない挑戦、新型コロナウイルス感染症へのイタリアの初期対応」と題した報告書を発表した。パンデミック(世界的流行)の影響をまだ受けていない他の国々にとって非常に有益な内容であったにもかかわらず、WHOは24時間後に報告書を撤回した。この行動はすぐに検閲と受け取られた。102ページにわたる報告書は特に、伊政府のパンデミック対策が時代遅れであることを明らかにした。対策は2006年に作成され、その後は毎年「コピぺ」された。14~17年まで伊保健省予防局の局長を務めたゲラ氏は、将来のパンデミックへの対策に関する直接の責任者だった。
イタリアの裁判所によれば、報告書の検閲について、ゲラ氏が主要な役割を果たしたという。ゲラ氏はまず、研究者のザンボン氏に文書を改ざんするよう圧力をかけたが、ザンボン氏は拒否した。その一方でWHOは、報告書にはいくつもの不正確な事実が含まれていると主張して検閲の疑いを否定した。そして現在まで同じ主張を続けている。「報告書『前例のない挑戦』は、WHO欧州地域事務局が早まって発表した地域的な文書だ。報告書に記載されたデータや情報には、確認されていなかったため、不正確な点や矛盾点がある。発表するべきではなかったので欧州地域事務局が撤回した」
ゲラ氏の嘘
ところが、司法共助要請書は、ゲラ氏がベルガモ検察局に対して行ったいくつもの発言を覆す。同氏はWHOから証言しないように勧告されていたにもかかわらず、個人の資格で証言した。問題の報告書はWHOの全ての機関の承認を得ていたわけではなかったと同氏は述べたが、検察側はこの事実を否定した。その根拠として、デンマーク・コペンハーゲンにあるWHO欧州地域事務局の緊急事態責任者キャサリン・スモールウッド氏が昨年5月7日に、同事務局にいるザンボン氏の直属の上司にあたるドリット・ニッツァン氏が8日に、そして、ジュネーブのWHO主任科学者スーミャ・スワミナサン氏が11日に、報告書を承認したと指摘した。要請書には「ゲラ氏自ら、WHOのウェブサイトから報告書を削除するよう働きかけた」とある。
ゲラ氏は昨年、ザンボン氏が報告書の発表を伊政府に通知しなかったことを厳しく批判した。報告書の発表は伊保健省で一部の人々の怒りを買っていた。しかし、通知はザンボン氏の職務ではない。この点は、ゲラ氏と伊国立公衆衛生研究所のシルビオ・ブルサフェロ所長との間で行われたメッセージアプリ「ワッツアップ」上のリークされたやり取りから明らかだ。
ワッツアップ上のやり取りは、ゲラ氏が報告書の隠ぺいを目的として伊政府と緊密に連絡を取り合っていたことを示す。昨年5月14日付のチャットに、ゲラ氏は「ベネチア文書の馬鹿どもには厳しく対処した。大臣には深くおわびする(中略)。最終的に、テドロス(WHO事務局長)に直接掛け合い、文書を撤回させた」と書いている。さらに「手に負えない奴らは失脚させようと思っている」と続ける。ゲラ氏はベネチアの「馬鹿ども」、つまり(報告書を執筆した)科学者たちについて、WHOと伊政府との間で損なわれた信頼関係を再構築しようとする同氏の努力が、彼らのせいで台無しになり、「G20(主要20カ国・地域)やテドロスとイタリアとの特別な関係に向けて始めた非常に真剣な議論が危険にさらされた」と考えている。「もし私が大臣だったら、(科学者たち)全員を地獄に送るだろう」とも書いた。
この事件はイタリアで大きな波紋を呼んでおり、ロベルト・スペランツァ保健相が窮地に立たされる可能性がある。ゲラ氏は、保健省のゴフレド・ザッカルディ官房長と緊密に連絡を取り合っていた。このことは、ブルサフェロ所長とのチャットの「ベネチアの馬鹿どもの報告書を修正するという前提の話を始めてほしいか?」という発言から明らかだ。
テドロスWHO事務局長の関与は?
ジュネーブでは、この事件へのWHO事務局長の関与が問題になっている。米AP通信によると、WHOはテドロス事務局長について、「報告書の撤回には関与しておらず、この件に関するすべての決定はコペンハーゲンで行われた」と指摘する。しかし、ゲラ氏の発言を考慮すれば、疑いの余地はある。5月に開催予定の世界保健総会で、この事件が、WHOの独立性と透明性をめぐる激しい議論にさらに油を注ぐかもしれない。
内部告発者のザンボン氏は今月11日、WHOを辞職した。孤立し、追放された同氏はWHO内部の法的手続きを開始した。同氏は献身的な疫学者で、WHO(特にモスクワ)で長年勤務した。同氏は今日、ル・タン紙にこう語る。「問題はもはや報告書ではない。2人の人物の争いでもない。問題となっているのは世界が必要としているWHOという組織だ。加盟国に対するWHOの独立性の問題だ。なぜなら、我々の報告書のように、ある政府(この事件ではイタリア)の気分を損ねるという理由で報告書が修正されなければならないとしたら、中国についてはどうか想像してほしい」。また、人道的な問題でもある。伊軍のピエル・パオロ・ルネリ元司令官の報告書によると、イタリアにパンデミックへのより良い備えがあれば、新型コロナ第1波で少なくとも1万人の命を救うことができたはずだという。
この記事はフランス語圏スイスの日刊紙ル・タンに4月13日付で掲載された記事の転載・翻訳です。
(仏語からの翻訳・江藤真理)
JTI基準に準拠
swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。
他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。