再び問われる、難民の受け入れ
スイスでは6月9日の国民投票で、再び難民法の改正について国民に問う。伝統的に多くの難民を受け入れてきたスイスだが、「アラブの春」で難民申請者が激増。中でも経済的理由での「偽りの難民」増加や難民申請者による犯罪増加が難民法を厳しくしていく。一方改正に反対する左派は人道主義の伝統が損なわれると危惧する。
「1981年に私を難民として受け入れてくれたスイスにはいつも感謝している」と語るのは、緑の党(Grün/Les Verts)のアントニオ・ホドガー連邦議会議員だ。父親がアルゼンチンの独裁政権下で殺され、母、妹と共にスイスにやって来た。
「そのときから私はスイスで教育を受け、政治に参加し連邦議会議員になった。難民はいつまでも難民のままではいない。普通は社会に融和し経済的にも文化的にも貢献する。なぜいつも連邦議会は難民法を厳しくしていくのか分からない」
過去30年間、スイスは3年に一度の割合で難民法を改正してきた。その改正の頻度が増えたのは、難民申請者が急増した1990年代。実際、スイスの当時の人口約700万人対し、ピークの1999年には4万8000人の難民申請者を記録している。
ここ10年間は、時代の変化に伴い難民法改正も順調に進み、年間の難民申請者は平均1万人から1万5000人に落ち着いていた。
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スイスの難民事情
緊急対策
ところが「アラブの春」の結果、昨年2012年に2万8000人ものアラブ人がスイスに難民申請を行った。連邦議会では、まずこの膨大な数の難民申請者に対し緊急の対策を立てるべきだという意見が右派や中道右派の政党から出された。
その結果、難民の権利を制限する二つの改正法案が昨年連邦議会で承認された。その一つはすでに昨年9月29日から実施されている法律だった。しかし左派政党や人道関係者からの反対に合い、レファレンダム(国民審議)として6月9日の国民投票にかけられることになった。
反対派が問題とした改正案の主なものは以下の4点だ。一つは難民申請者はその国のスイス大使館に直接申請できず、国境ないしはスイスの空港で申請しなくてはならない。二つ目は、その国の脱走兵ないしは兵役拒否者を自動的に難民とは見なさない。三つ目は、スイスの秩序や安全を妨げる難民申請者は、特別なセンターに拘束される。最後は、今後2年かけ難民申請のプロセスが検討され、特に申請が却下された場合、再度要求できる期間が30日から10日に短縮される。
2012年には二つの難民法改正案が連邦議会で可決された。
今回レファレンダム(国民審議)として6月9日に国民投票にかけられるのは、2012年9月28日に連邦議会で採択された難民法改正案。
これは、スイス政府と右派・中道右派の政党によって支持されたが、左派や労働組合、人道支援団体が反対し、レファレンダムを提起した。(今回のレフェレンダムは随意のレファレンダムと呼ばれるもので、法案が可決されてから3カ月以内に5万人の署名を集め国民に問うもの)。
一方、2012年12月14日にはもう一つの難民法の改正案が連邦議会で可決されており、近いうちに実施される。
左派政党はこれに対しても反対したが、レファレンダムにかけても成功しないという理由であきらめた。
この改正案には、難民申請期間中にスイスの国の安全を犯す者には生活費などの支給をストップするというものや、自国を出た後に難民申請を思い付いた者は申請ができないことなどを盛り込んでいる。
8、9割は経済難民
中道右派の議員の多くは、改正により難民申請のプロセスが複雑になったせいで「経済難民」と言われる偽りの難民がかなり減るだろうと見ている。実際のところ、今までも難民申請者のうち本当の難民はわずか1、2割。残りは経済的理由でスイスに来ようとする「経済難民」がほとんどだ。
またこの改正は、スイスでここ数年急増している空き巣やスリなどの犯罪を減らすことにもつながると見られている。
「国民の不満は高まっている。それは難民申請者受け入れセンターの建設反対が増えていることでも分かる。また難民申請の規範に合致しない人が引き起こす犯罪に対し多くの国民が不安感を募らせている。こうした人は特別なセンターに拘束すべきだ。こうすることで、いわば本当に受け入れなくてはならない難民をスイスは受け入れることができる」と、右派国民党(SVP/UDC)のルカ・レイマン議員は言う。
「さらに、その国の脱走兵ないしは兵役拒否者を自動的に難民と見なしているのは、欧州の中でもスイスぐらいだ。またその国のスイス大使館に駆け込んで難民申請すればそれでよいという制度もスイスだけがやっており、そのせいで難民が増える。すべてストップすべきだ」
非人道的
右派・中道右派のこうした意見に「待った」をかけたのは、スイスの人道主義の伝統を支持する緑の党の若い議員たちだった。彼らはこうした改正は「本当の難民」を排除してしまうと考える。
一方で彼らは、「難民に対する感情的な国民の反感を煽(あお)り」党の将来の選挙に役立てようとする右派の姿勢にも批判の目を向けている。実は、この扇動性に引き込まれ、同じ舞台に立つのが嫌だと言う理由で左派でありながら社会民主党(SP/PS)は、今回あえてレファレンダムを支持していない。
「難民申請が非常に多いエリトリアのような国のことを考えると、今回の改正は非人道的だ。エリトリアでは軍の脱走者は重い拷問にかけられたりする。また、現地のスイス大使館での難民申請を廃止するのはばかげたことだ。こうするとスイスまで来る難民申請者の数は、さらに増えることになるからだ」と緑の党のバルタサ・グレッティ議員は言う。
「また、右派・中道右派はこの改正法で外国人全体に対する『恐怖感』を国民に植え付けようとしている。ところが、実際の難民申請者は毎年数万人に過ぎない。こうした難民問題に焦点を当てることで、脱原発などの急を要するエネルギー転換政策や金融危機の問題から目をそらせようとしている」
はたして有効か?
ところで、この改正法は大量の難民申請者に対し本当に有効なのだろうか?レイマン議員は、完璧ではないが有効だと考える。
「ここ数年、欧州の国の多くが難民法を硬化させた。スイスはこの改正法でもまだ緩やかな方だ。これですべての難民問題を解決できるとは思っていない。しかし少なくとも、難民法を悪用する人の数は減るだろうし、また国内のセキュリティーも高まると思う」
これに対しホドガー議員は懐疑的だ。「新しい改正案が出るたびに、これで完璧になったと言う。ところが、また今回も改正された。それはまるで前回の改正が無効であったことを証明するようなものだ」
(仏語からの翻訳・編集 里信邦子)
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