国外居住者のための新選挙区創設案 スイスで賛否両論
国外で暮らす有権者が選挙で当選しやすくなるよう、在外居住者だけの仮想選挙区を作るべきなのか?スイスで提唱される「27番目の州」創設案には賛否両論が出ている。
4年に1度のスイス総選挙が目前に迫るが、いつもと同じように「第5のスイス人の声が十分に届いていない!」という苦情がよく聞かれる。第5のスイス人とはドイツ語圏、フランス語圏、イタリア語圏、ロマンシュ語圏スイス人に続く「在外スイス人」のことだ。2022年時点で80万人と、全国籍者の10.9%外部リンクを占める。だが現行の選挙制度では、国外に住むスイス人立候補者が当選する可能性はほぼゼロに近い。
「27番目の州」を求める声
今回の選挙も例外ではない。緑の党(GPS/Les Verts)のニコラス・ヴァルダー下院議員は質問主意書で、議会にもっと在外スイス人の声を反映させるにはどうすればよいか、連邦政府に見解を問うた。以来、現行の全26州に敷かれる26選挙区に加え、在外スイス人のために「27番目の州」を創設する案がスイスメディアで議論されてきた。
各州から全州議会(上院)議員を2人ずつ、200議席を人口比で配分して国民議会(下院)議員を選出する現行制度に倣うと、第27州選挙区からは前者が2人、後者が6人選出される。在外スイス人は議会において東部グラウビュンデン州に並ぶ発言権を持つことになる。
こうした案は絵空事ではない。在外スイス人は、イタリアとフランスの選挙制度には議会に国外在住有権者のための議席が確保される仕組みがあることを知っている。だがスイスにはそれがない。
スイスではいつも通り、左派が第27州案を支持している。右派が反対論を繰り広げ、緑の党や社会民主党(SP/PS)、自由緑の党(GLP/PVL)は態度未定だ。
現議会は全く閉鎖的で、賛成するのは下院で200人中85人、上院は46人中12人のみだ。国民党(SVP/UDC)、急進民主党(FDP/PLR)、中央党(Die Mitte/Le Centre)の大多数はニコラス・ヴァルダー氏の質問主意書に拒否反応を示した。
「27番目の州」案の長所と短所
反対派の理論に則れば、スイスの両連邦議会のどちらかに属するには現在居住する州の選挙区で立候補するしかない。在外スイス人であれば、最後に住んでいた州だ。在外スイス人も他の候補者と同様のルートをたどるべきだと主張する。
賛成派は、在外スイス人は選挙戦において全体的に不利な立場にあるという事実を突きつける。スイス国外に住みながら当選した例はほぼ皆無だ。
唯一の例外は、ベルリン在住のスイス人外交官ティム・グルディマン氏だ。2015年に定年退職した後にチューリヒ州から社会民主党として立候補し、初の在外スイス人として下院議員に当選した。上院ではまだ1人も当選者が出ていない。
第27州案への反対派は、在外スイス人の投票率の低さも槍玉に挙げる。投票率が高まれば、自動的に在外候補者の当選確率も上昇すると指摘する。
実際、国内居住者の投票率は45~50%あるのに対し、在外スイス人は20~25%にとどまる。在外スイス人協会(ASO/OSE)もこの事実を踏まえ、会員に投票を呼びかけている。だがそれだけで投票率が上がるかどうかはわからない。
それは順番が逆だからだ。もし在外スイス人が独自の選挙区を持ち複数の議席が確保されるとすれば、その帰属意識は強まるだろう。当選できる見通しが高まれば真剣な立候補者が飛躍的に増えることは、経験が実証済みだ。
すると政党にも国外支部が設置され、有望な立候補者を擁立し、競争が激化し、投票率を促す。つまり当選確率が高まって初めて投票率が高まる、という順番だ。その逆が起きることはない。
最大の障害は「共通の利益」の欠如
第27州案への反対論者はさらなる論拠を並べ立てる。在外スイス人は出身地がばらばらなため、国内居住者のように地域的な利益関心を共有できるのはごく例外的なケースに限られる。この前提条件の下で新しい州を形成し、そこから代表者を送り出すことはほぼ永遠に不可能だろう。
政治に関心のある在外スイス人は、人の自由な移動や社会保障などの分野で共通の関心を持っている。だが議会選挙は、あらゆる問題に対する共同決定の源泉となる。
もし在外スイス人の抱く共通の関心事がもっと多かったなら、とっくの昔に在外スイス人のみの下院立候補者名簿が作られ、人口の多い州から立候補し、3~4%の議席占有率を達成していただろう。
だが在外スイス人の代表者は恐らく、政党政治やイデオロギーで仕分けられた候補者名簿に基づいて選出される。そうなれば当選確率は下がってしまう。
特に上院においてこれは代表の論理に反する。各州から2人ずつ選出する上院は、「地域の利益」に基づき可能な限り超党派の協力が求められるからだ。在外スイス人にとっては、「全ての在外スイス人の利益」を意味する。
現実的な解決策
こうした意見から導き出すべき結論は何か。それは第27州案が提唱されるのはそれだけの理由があるということだ。その正当性は、在外スイス人の当選がほぼ絶望的であるという事実から膨れ上がってきた。
筆者の意見では、第27州案の賛成派の主張も反対派の主張も一理あるが、それ以上はない。このことが、在外スイス人を1つの州と同レベルに置くことを難しくしている。
利益団体のような形で議会参加を強化できるという議論がある。スイス政治には多くの利益団体がある。そしておそらく、その多元的なスペクトルの中では、議会の代表者たちに対し在外スイス人よりも難易度の低い要求を突きつける利益団体は決して少なくない。
議会には既に、関心のある上下院議員から成る超党派グループ「第5のスイス」が発足している。同グループの存在価値を高めるのも一手だろう。スイスで在外スイス人のためにロビー活動をするのに最適な組織だ。
在外スイス人協会の最高機関「在外スイス人評議会」の機能強化も一案だ。評議会もまた超党派機関であり、重要法案や強い反対が予想される議案をめぐって政府・議会が優先的に意見を聴取すべき組織と位置付けることができる。
いずれの案も実現が比較的容易だ。一方、第27州案は憲法改正が必須で、それには国民投票で有権者と州の過半数を得なければならない。党派を超えた広範囲の賛同なくしては実現し得ない道のりだ。
編集:Mark Livingston、独語からの翻訳:ムートゥ朋子
JTI基準に準拠
swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。
他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。