国民投票結果への反応 歴史上初めて軍隊が受けた国民からの「ノー」
スイス国民は、歴史上初めて軍隊補強のためのファンド創設に53.4%で「ノー」を突きつけた。これで新戦闘機グリペン22機は購入されなくなる。この結果をウエリ・マウラー国防相は「敗北」と認めたが、結果の分析には時間がかかると述べ、辞職については言及しなかった。
「この国民の否決は、政府と連邦議会にとっての敗北だ。また私個人にとっても同様だ」とマウラー氏は話した。しかし、こう続ける。「この失敗をきちんと受けとめ(国防相としての)任務を続行していく。なぜなら自分の人生では成功より失敗の経験の方が多かったからだ」
だが、今後戦闘機の問題をどう解決していくかは不透明なままだ。そもそも新戦闘機グリペン22機の購入は、古くなったタイガー54機の取り換えのためだった。しかし、2030年まで使えるF/A-18の32機をその後どうするのかは分からない上、グリペン購入のために準備された資金の使い道も「今後、政府と連邦議会の大議論の対象になる」としているだけだ。
時給22フラン(約2500円)、1カ月の給料に換算して約4千フラン(約45万円)を最低賃金にするよう求めるイニシアチブ(国民発議)が18日、76.3%の圧倒的多数で否決された。
法定最低賃金は、欧州連合(EU)の28カ国中21カ国が導入しようとしている。まだ、導入していないドイツ、イタリアなどの国では産業別の労働協約がほぼすべての労働者に対して存在し、賃金についても記載されている。ところが、スイスではこうした賃金について明細を記した労働協約で守られている労働者は、約半数に過ぎない。
イニシアチブが可決されれば、33万人(約10人に1人)の低賃金労働者の最低賃金が保証され、特にその3分の2を占める女性労働者の賃金が保証されるはずだった。
しかしイニシアチブ反対派(経済界、政府、中道・右派政党)は、4千フラン以下の給料の仕事が失われる危険性があり、その結果失業者が増えると警告。さらに地域・産業別に労使間の交渉で賃金を決定する、(リベラル派の)自由経済に基づいた労働市場の伝統が失われるとも主張した。
こうした反対派は、投票結果に「理性ある国民の判断だ」と高く評価。さらに「左派や労働組合は、スイスは労働者の権利がすでに十分守られている国だということを、この投票でやっと認識したことだろう」と述べた。また、これは国民が国の労働市場への介入を拒んだ結果だとも分析した。
対する左派は、「スイスの労働協約や労使間の協議の伝統にしがみつき、現在ある経済の崩壊を恐れる懸念が国民感情を支配した結果だ」と主張した。
スイスで一番大きな労働組合UNIAは、「裕福な国スイスでの低賃金労働に終止符を打ち、労働ダンピングを防ぐチャンスをこれで逃してしまった」と悔やんだ。
党の反応
右派の国民党は、国民の「ノー」を心配が残る決断だと言う。しかし、(国民の反応にもかかわらず)今後も年間軍事予算50億フラン(約5650億円)を「完璧な軍隊」のためにうまく使う必要があると話す。
グリペン購入に賛成していた中道右派の急進民主党は、展開されたキャンペーンが「空の安全問題」をあいまいにしたため、今回の結果になったとみる。そのため、スイスの将来の安全のために、再び空域の安全保障を真剣に討論すべきだとしている。
左派の社会民主党は、「国民は軍事予算の巨額さに対し反対したのだ」と言う。グリペン購入のために、連邦議会は通常の年間予算47億フランの代わりに50億フランに増やし、差額の3億フランンをグリペン購入ファンドに貯める予定だった。これが国民の反感を買った。もとの47億フランに戻すべきだという。
左派の緑の党は、国民の否決を喜び、国民は右派の「今の戦闘機では十分ではないと心配を起こさせるメッセージ」に影響を受けなかったと高く評価した。グリペン購入ファンドに充てられるはずだった年間3億フランを、社会保障または環境改善のために、さらには平和構築のために使うべきだと主張する。
喜びに沸く反戦派
「軍隊なきスイスを目指す会(GSoA/GSsA)」は、最後まで分からなかったこの案件の大勝利に興奮冷めやらない様子で、サイト上にこう記した。「スイスの国民は歴史上初めて、軍隊が使う巨額の経費に対し、ノーを突きつけた」
投票者の多くが、約30億フランものファンド(年間3億フランで10年後に約30億フランになる予定だった)は、無駄な戦闘機に使うより国民のために使うべきだと判断した。これは平和主義の勝利の印でもあると続ける。
軍隊は盆栽に
グリペン購入の拒否は、スイス軍を「盆栽軍隊」にすることだと懸念するのはスイス士官協会(SOG/SSO)のドゥニ・フォワドヴォー会長だ。そして、軍隊とはいうものの、スイス軍はその任務である「戦い方を知り、守り、助けること」ができなくなりつつあると話す。
また、フォワドヴォー氏によれば、グリペン購入が反対されたのは、投票者の3割が平和主義者だと推測されること、またグリペンの機能に対する疑いが原因。さらに何割かは戦闘機の騒音に反対し、また何割かは右派国民党のウエリ・マウラー国防相に対する反感からだという。
(仏語からの翻訳・編集 里信邦子)
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