故意の殺害や重大な性犯罪を犯した外国人犯罪者を国外追放するという提案が国民投票で可決されたのは今から5年前。提案が文言通りに実施されていないとの理由から、同案を提出した右派の国民党が新たな案を提出。現在、連邦議会で議論が繰り広げられている。
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これは「圧力」か、「直接民主制の悪用」か、「権力分立の空洞化」か、それとも連邦内閣が言うように単に「不要」なものなのか?国民党外部リンクが新たに発議した国外追放強化案外部リンクに対し、各方面から批判が上がっている。これは同党の狙い通りに外国人犯罪者を国外追放することを目的にした憲法改正案(国民発議)だ。
この案は、2010年に国民投票で可決された外国人犯罪者の国外追放案外部リンクを補強する内容となっている。10年の案は国民投票後、正式な憲法の条項となった。国民党はしかし、政府や連邦議会はその条項をなかなか運用してこなかったと批判。そこで同党幹部らは12年、「可決された憲法条項が正しく運用されなかったり、(条項の趣旨と反する形で)運用されたりする場合はどうすればよいのだろうか?」との問いを立てたと、トーニ・ブルンナー党首は説明する。
連邦議会が運用をためらっていたのには理由がある。迫害など身の危険がある国に外国人を送還してはならないという国際法にこの条項が抵触する可能性があるからだ。
ブルンナー党首によれば、憲法条項を国民党の望むように実施する方法の一つが、新たな国民発議を行うことだった。そこで提案されたのが今回の外国人犯罪者の国外追放強化案だ。同案には国外追放にあたる犯罪が列挙してあり、同案は国民投票で可決後、連邦法としてそのまま実施されることになっている。
この強化案が必要数の署名を集めて成立したのが13年(成立後、政府・連邦議会で議論され、国民投票での可決を得れば正式な憲法条項となる)。だが連邦議会はその間も10年に可決された国外追放案の実施について議論を重ねた。そして今年3月、国民議会(下院)は「強制送還により著しく不当な立場に置かれる外国人犯罪者にはこの措置を行わない」という例外を追加する形で、同案の実施を承認した。
スイスの直接参政制度
国民発議(イニシアティブ)
国民発議では、憲法改正案を提案することができる。国民発議を成立させるには、有効署名10万筆を申請後18カ月以内に連邦内閣事務局外部リンクに提出しなければならない。提案はその後、政府および連邦議会で議論される。政府および連邦議会は、提案に賛成するか、反対するか、対案を出すかどうかを判断する。いずれの場合も、提案は国民投票にかけられる。国民投票で可決された提案は憲法の条文に制定される。連邦議会はそれを実施するための法整備を行う。
レファレンダム
連邦議会が承認した法律の是非を国民投票で決める制度を、任意的レファレンダムという。法律の公布後、国民は100日以内に5万人分の有効署名を連邦内閣事務局に提出すれば成立する。ちなみに強制的レファレンダムは、連邦議会が憲法改正を行う際、自動的に国民投票でその是非を問う制度。
新しい手法
「連邦議会の決議を無効または強化しようとする点において、(国外追放強化案は)新しい手法だ」と、政治学者のマルク・ビュールマンさんは話す。「こうした目的を果たす手段には、かつてはレファレンダム(議会で可決された法律に対し、必要数の署名を集めれば国民投票でその是非が決められる制度)が用いられたものだ。今回の提案は強いて言えばレファレンダム的国民発議だ」
国民発議に必要な署名数は10万筆だが、レファレンダムではその半分の5万筆。なぜ国民党はあえて国民発議の方を選んだのだろうか?「連邦議会はこれまで任務をきちんと果たしてこなかった」とブルンナー党首。「連邦議会で可決される法案には、国民が可決した憲法条項に則さないものがある。その場合、我々はレファレンダムを起こさなければならなくなる。我々はそのような事態を危惧していた」。そのため、「国民の意思を貫徹させる」には、連邦議会に委ねるよりも自ら新しく国民発議をする方が良いと判断したのだという。
「国外追放強化案は党略的になかなか賢い手段だ。(同案が国民投票で可決されれば)ほぼ国民党が望む形で(10年の)国外追放案が実施されるようになる」とビュールマンさんは分析する。
一方、バーゼル大学のマルクス・シェーファー教授(憲法・行政法)はこうした国民発議に懐疑的だ。「(国民党は)このような手段を使って、国際法違反や著しい法律違反を助長するような選挙キャンペーンを行っている。(国民発議と政治キャンペーンとの)組み合わせは新しいが、私は遺憾に思う」
シェーファー教授はまた、スイスの法体制には比例原則(目的を達成するために用いる手段はそれ相応の規模・内容でなければならないという原則)が貫かれており、国外追放強化案は「この原則を大幅に傷つけることにもなる」と付け加える。
権力分立を空洞化?
国外追放強化案にさらに厳しい目を向けるのが、ベルン大学名誉教授(政治学)のヴォルフ・リンダーさんだ。「問題は、(国民が)国民発議を通して連邦議会、政府、裁判所に指示や命令を直接出すようになると、権力分立が危うくなるという点だ。『法律を作る者は、法律を自ら押し通すべきではなく、また法律を実施する者は、独立機関による監査を受ける必要がある』という原則は(権力分立の)根幹を成している」
また、国際比較研究では「権力分立のない国に憲法はなく、憲法が失われた国は独裁政権へと移行する危険性があること」が明らかになっていると付け加える。
連邦議会議員は今回の提案をどう考えているのだろうか。国民議会国政委員会の委員を務めるクルト・フルーリ議員(急進民主党)は、国外追放強化案を契機に連邦議会に圧力がかかっているとみる。「国民はこの国民発議で憲法を変え、法律を制定しようとしている。だが、国民が立法府の役割を担うとしたら、憲法は確実に元来の体を成さないだろう」
こうした指摘に対し、国民党のブルンナー党首は「権力分立が危うくなると?ちょっと待ってほしい。立法府自身、どんな権利でも主張できるというわけではない。それに裁判所。我々が把握しているところ、スイスでは裁判所が突然、国際法や国際条約を持ち出して国民の決断を無視するという傾向が強まっている」と反論する。
立法府の裁量の余地
連邦議会は立法府として、国民投票で可決された提案を法制化するという任務を担っているが、今回の案が可決されれば「連邦議会の持つ裁量の余地が大幅に狭められてしまう」とフルーリ議員は危惧する。「(憲法改正案の中で)これほど詳細にルールを定めてしまうと、憲法が本来の意味からずれてしまう」
政治学者のビュールマンさんは「私も最初は(連邦議会に裁量の余地がなくなるのではないかと)危惧していた。これは直接民主制の理念を踏みにじるものではないかとも思った」と話す。しかし、「(国民の)決定が神聖だったことは今まで一度もない」。客観的かつ冷静に考えれば、国外追放強化案は「下からの提案以外の何物でもない。国民投票で可決されれば、連邦議会は裁量の範囲で議論するだろう」。
国民党は今後も、自分たちの提案が望み通り実施されていないと感じたら国民発議を行うつもりなのだろうか?「国外追放強化案のような国民発議を今後行う必要がなければいいと思う」とブルンナー党首。「だが確約はできない」
今のところ、国外追放強化案は16年に国民投票にかけられる見通しになっている。
可決される提案の数が増加
国民発議で出された提案が国民投票で可決された場合、連邦議会はそれを実施するための法整備について議論をする。近年では可決された提案の数が増えており、連邦議会の負担も増えつつある。国民発議制度が導入された1893年以降から現在までに可決された提案の数は22件。1893年から1949年にかけては7件だったが、1982年以降は15件。2008年以降はほぼ毎年1件は可決されており、14年は2件可決された。
(独語からの翻訳・編集 鹿島田芙美)
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スイス人風刺漫画家「直接民主制は時にインターネット上の掲示板のよう」
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スイス国民は、すがすがしいほどの「熱意」を込めて投票に臨む。そう笑いながら話すのは、スイスの風刺漫画家パトリック・シャパットさん。しかし、この15年ほどの間に直接民主制が世論操作をもくろむ人々やポピュリストに利用されるようになったと警鐘を鳴らす。
シャパットさんは20年以上の間、ニューヨーク・タイムズ紙国際版、スイス・フランス語圏の日刊紙ル・タン、ドイツ語圏の日刊紙NZZに定期的に風刺漫画を寄稿し、大西洋の両側で読者を笑わせてきた。
最近、家族とともにジュネーブから米ロサンゼルスに移住。風刺画家としての活動を続ける傍ら、南カリフォルニア大学アネンバーグ校スクール・オブ・ジャーナリズムに研究員として在籍している。
swissinfo.ch: ロサンゼルスに暮らしていて、スイスが恋しくなりますか?
シャパット : それは大げさかな(笑)。ただ、まともなスイスのグリュイエールチーズを買えるところをずっと探しているんだ。米国でその名で呼ばれているチーズはチューインガムみたいでね。それを除けば、スイスが恋しいということはない。私たち家族はスイスを非常に身近に感じている。自分がスイス人だと感じるのに、24時間スイスにいる必要はない。
swissinfo.ch : スイス関連の政治風刺漫画を外国で描くのは難しくありませんか?
シャパット : 頭の体操が必要だ。今住んでいる西海岸はスイスの真逆のようにも感じられる場所だから。
スイスのローカルな問題に疎くなるから、長期的にはたぶん良くないだろう。例えば、一括税のイニシアチブ(国民発議)についての議論に四六時中どっぷり浸ったりすることがない。
だが、長い目で見れば、距離は面白いものだ。数年間ニューヨークに住んだ時にも同じような経験をした。ニューヨーク暮らしの結果、私はスイスの制度と和解し、ずっと身近に感じるようになった。
swissinfo.ch : どういうことですか?
シャパット : 合意の形成、妥協案の模索について理解を深めることができた。当時の私は27歳で、スイスのマイペースな政治制度にいらいらしていた。しかし、距離を置いてみるとより良く理解できるようになった。
スイスを一つにまとめているのがスイスの政治制度だ。だから派手さはないし、何かと時間がかかり、合意も多く取りつけなければならない。スイスは努力によって維持されている国だ。いろいろな仕組みがあってこそ(スイスという国が)きちんと機能し、時には少し前進することもある。少なくとも後退することはない。
swissinfo.ch : シモネッタ・ソマルガ連邦大統領兼司法警察相が最近、直接民主制を称えて次のように発言しました。「バスに乗っていて話しかけられると、いつもその話題になる。人々はこの制度に非常に愛着をもっている」と。あなたもそうですか?
シャパット : ソマルガさんとバスで一緒になったことはないが、もし見かけたら自然と近づいていって、直接民主制の話をしてしまうだろうね(笑)。スイス国外ではよくその話をする。丸ごと説明する必要があるからだ。
外国人に1時間かけて直接民主制について話して、相手が納得したなら、それは説明が悪かったということだ。これは非常に特殊な、独特の制度だ。スイスというこの目立たない奇妙な多言語国家に合わせて作られた制度なのだ。
swissinfo.ch: アステリックスとオベリクス(訳注 フランスの人気漫画「アステリックス」の主人公たち)の秘密兵器は魔法の薬でした。スイス国民の秘密兵器は直接民主制なのでしょうか?
シャパット: 直接民主制は素晴らしい。外国ではそう言われている。特に近年、どこの国でも政府への信頼が揺らいでいるので、人々は直接民主制に魅了されている。
swissinfo.ch: しかし、最近の投票から見て、直接民主制は国を安定させる機能を失い、非合理的でポピュリズムに走っていると批判する声もあります。それについてはどう思いますか?
シャパット: 直接民主制とは、スイス国民が主導権を握る制度だ。政府が国民の指図を受け、時には国民を恐れる国は世界でもほぼスイスだけだ。この国の全権を握るのは、気まぐれで時に少し偏った「スイス国民」だ。スイス人はかなり地味な国民だが、信じられないほど馬鹿なことを言うこともある。直接民主制の問題は、この15年ほどの間に世論操作をもくろむ人々やポピュリストに利用されるようになったことだ。例えば、外国人排斥についての投票など何度もあり過ぎて飽き飽きするほどだ。
swissinfo.ch: しかし、直接民主制やポピュリストといったテーマは、あなたのような政治風刺画家にとってはおいしい題材では?
シャパット: 牛、アルプスの風景、牛飼い、投票箱など、スイスにありがちなイメージは描いても飽きない。
私はポピュリストと同じように、こうしたイメージをあえて使っている。国民党と同党の有力政治家クリストフ・ブロッハー氏は、長年同じ神話を繰り返し語っている。「世界に対する責任から逃れ、常に反対の立場に身を置く一方、利益は全て享受するアルプスの主権国家スイス」という物語だ。
swissinfo.ch : 政権を笑い者にする怖さは全くありませんか?
シャパット : 自分が特に過激だとは思っていない。私よりずっと挑発的な風刺画家もいる。私が心がけているのは、的を射て効果的であること、そして切れ味だ。正直なところ、自分はお行儀が良すぎると思うこともあるくらいだ(笑)。
swissinfo.ch : 多くの人にとって、直接民主制は神聖なものですが、個人的に改善すべきだと思う点はありますか?
シャパット : (2009年の)ミナレット(モスクの尖塔)建設についての国民投票の後、「スイスの有権者はいつも正しい」という考えを批判する漫画を描いた。ある男が、「直接民主制、国民発議権、レファレンダム(国民投票権)、ポグロム(大虐殺)はスイス国民にとって神聖だ」と言っている漫画だ。これはとても挑発的だった。
国民がいつも正しいと思うなら、歴史をひもといてみるといい。それが時に悪い結果を生んだことがすぐにわかる。
投票にかけられるべきでなかった案件もあると思う。後になってそういう意見が出ることもある。このイニシアチブはあれやこれに適合しない、など。大きな問題だ。
直接民主制が、国民が鬱憤を晴らすための道具になってはいけないと思う。投票にかけられる案件については、私たちはもう少し厳密に考えるべきだ。
国民の過半数が賛成するからといって、差別や基本的人権の侵害ができるようであってはならない。そうしたことは起こりうるのだ。ミナレットの件では明らかに、国民はその論点や問題点についてではなく、感情を(表現するために)象徴的に投票した。
もう一つの衝撃的な例は、外国人の帰化を地元住民が決定することもある点だ。(ある自治体では、住民が、帰化を希望する外国人の)写真1枚、その人物についての10行ほどの説明文を見て、その人物が好きかどうかを判断する。バルカン諸国系の名前の人は皆却下された。これは非常に暴力的で、馬鹿げている。直接民主制は時にインターネット上の掲示板のようになる。人々の怒りや気分が、ダイレクトに匿名で表現されるのだ。
swissinfo.ch : 今挙げられた数例は大きな議論を呼んだ問題ですが、他にも何千という投票が全国や自治体レベルで定期的に行われており、それほど議論が分かれるようなことは起きていません。
シャパット : フランスのような短いスローガンの連発ではなく、スイス・ドイツ語圏のような長い政治討論を伴う政治が行われているのは素晴らしいことだ。
スイス人が複雑で専門的な問題を熱心に議論するのも素晴らしい。お隣フランスのメディアは、大統領と愛人がどうした、政治集会で誰が何を言ったと騒いでいる一方、スイスでは政治的議論を一晩中戦わせることもある。
スイス人が長丁場の議論ができることは、間違いなく直接民主制の良い面だ。議論は情熱的とまではいかなくても、時に熱意がこもっている。スイス人は勉強熱心だ。
swissinfo.ch : パリのシャルリー・エブド襲撃事件は、政治風刺漫画家の仕事にどのような影響を与えると思いますか?
シャパット : 私たちは以前と変わらず描き続け、漫画を通じてこの世界の狂気に終止符を打とうと努力する。常に、議論と笑顔をもたらすことを目指す。しかし、今後はこの仕事をしながらも頭の片隅に暗い影が差し、心は重いだろう。以前よりずっと大きな不安を抱えた画家もいるだろう。無邪気でいられた時代は終わったのだ。
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スイス人漫画家「直接民主制は宗教ではない」
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お手本とうたわれるスイスの直接民主制。しかし時に、ミナレット(イスラム教の尖塔)の新規建設禁止案が可決されてしまうような「事故」も起こる。それを回避できるような制度を整える必要性があると話すのは、ヴィンセント・クショールさんだ。スイス人漫画家でベストセラー作家の彼は、社会を風刺するお笑いコンビとしても活躍中だ。
ベストセラーとなった「Institutions Politiques Suisses(スイスの政治システム)」は、クショールさんがコミック作家のミックス&リミックス(Mix & Remix)とタッグを組み、制作した本だ。今回その英訳版である「Swiss Democracy in a Nutshell(早わかりスイスの民主主義)」が出版された。
クショールさんは、社会を風刺するラジオ番組「120秒(120 Secondes)」でお笑いコンビとしても活躍している。1年半前には相方のヴィンセント・フェイヨンさんとともに同番組のライブツアーをスタート。これまでにスイスやパリの舞台に立ち、チケットは完売の状態が続いている。2015年1月からはスイス国営放送(SRF)でもコメディーニュース番組を担当する人気者だ。
swissinfo.ch: クショールさんが執筆したスイスの直接民主制についての著書は、売り上げ25万部を突破しベストセラーになりました。学校関係者やスイスに帰化しようと考える人たちが購入者の中心だそうです。また今回、英語版も新たに出版されました。スイスの直接民主制は人々の関心を引くテーマなのでしょうか。
クショール: 一見するとあまり面白そうなテーマには見えないが、実際のところ、(統計でも結果が出ているように)皆が興味を抱くテーマだということがわかった。物事の本質を簡潔に伝えるように努めれば、人は関心を持つようになり同時に多くの疑問を持つようになる。
swissinfo.ch: 前連邦大統領のディディエ・ブルカルテール氏いわく、スイス人には直接民主制の血が脈々と流れているそうですが、クショールさんにもその血は流れていると思われますか。
クショール: いいえ(笑)。スイスの政治システムはさまざまな要素が組み合わさって成り立っている。直接民主制はその構成要素の一つに過ぎない。
直接民主制は合意形成を促す。レファレンダムによって決議が覆されるのを避けるよう、連邦議会は妥協案を見つけようと努力する。ただしそれが足かせとなり物事の進度が遅れることもあるが。またスイスでは、連邦主義も多文化の共存もとても重要だ。このようにさまざまな要素が集まっていても、安定しているのがスイスの政治システムだ。
スイスの政治システムは他国のお手本になれるものだ。だからこのシステムがもっと世界に知られるようになって、他の国にインスピレーションを与えることができればよいのではと思う。私が自らその良さを広めていく気はないが。
swissinfo.ch: つまり、スイスの直接民主制は他国でも導入可能であると?
クショール: それは、わからない。ここには本当に独特の政治文化があるからだ。
スイスの政治文化には、その成熟ぶりがうかがえる。スイスではこれまでに多くのイニシアチブ(国民発議)が国民投票に掛けられたが、否決されたものの中には、他の国では可決されていたに違いないものもある。法定最低賃金の導入案や有給休暇を増やす提案などが良い例だ。たとえ個人的には支持したくとも、有権者は投票で「ノー」をつきつけるという独特の政治文化がスイスにはある。これは国外からは独特の現象として見られている。
直接民主制がポピュリストにいいように利用されてしまうのではと危惧する人々はいるが、そのようなことが起こったのは過去数回で、非常にまれなことだ。
swissinfo.ch: イニシアチブを提起し、国民投票にこぎ着けるまでの費用に50万フラン(約5790万円)かかることもあるといいますが、それでもなお、スイスの直接民主制はお手本だといえるのでしょうか。
クショール: もちろんだ。スイスでも公的健康保険制度導入の反対キャンペーンに多くの資金が投入されるというような、びっくりするような例はいくつかある。そのようなキャンペーンには立役者がいることは明らかだ。(提案が可決されると)失うものが大きいため、彼らは大金を投じて現状を維持しようとしていたのだ。
この観点からいくと、この政治システムは少しゆがんでいる。だからこそキャンペーンに費やすことのできる資金の上限額を設置し、その透明性を確保する対策をとるべきだ。そうすれば、例えば経済連合エコノミースイスが各々の国民投票にいくら費やしているかを知ることも可能だ。
民主主義をお金で操作することは称賛されるべきではない。個人的には政党はお金の流れを明らかにすべきだ思う。民主主義がお金で買われてしまっては全く無意味だ。
swissinfo.ch: 若い世代の投票率が低下しています。若い有権者たちはその投票案件の多さと複雑さに不満を感じています。この状況はどうすれば改善されると思われますか。
クショール: 確かに案件の中にはときどき専門的なものもあるが、投票案件が多すぎるということはない。民主的でありすぎるために民主制が壊れてしまうということはない。
まずは公民教育が根底としてある。学校は政治や文化について議論する場であるべきだし、人々はもっと公共問題に関心を持たなければならない。社会の細かな仕組みを理解する前に、我々は皆、社会で役割を持って生活し、それは価値があることなのだと理解する必要がある。そうして初めて政治参加への意識が芽生える。
swissinfo.ch: 2014年2月の国民投票で移民規制案が可決されました。その後、ガウク独大統領はスイスの国民投票結果は尊重すると前置きした上で、「複雑な案件の場合、有権者がそこに含まれる意味合いを十分に理解できないまま投票してしまうという危険性が、直接民主制にはあるのだと感じた」とのコメントを残しました。スイスはヨーロッパ各国との関係や、移民、銃の規制や有給休暇の増減など、全ての問題において国民投票を実施する必要があるのでしょうか。
クショール: 移民規制案をめぐる国民投票では、有権者への情報が不足していた。また、全ての問題において国民投票は実施できない。だからこそ特定の対策をとる必要性がある。
移民の流入を規制するか否かはそれほど複雑ではない。「イエス」か「ノー」で答えられる。しかしその結果、複雑な影響が出てくる。そして、その影響の中のいくつかは法に関するものもある。今回はそのようなことが有権者にきちんと説明されていなかった。確信を持って言えるのは、もしこの国民投票が今行われるとしたら、恐らく前回とは違う結果になっていただろうということだ。国民投票が実施される前に十分な情報が有権者の手元まで届かず、欧州連合(EU)との関係にどのような副次的影響をもたらすかということについて、きちんとコミュニケーションが行われていなかったのだ。
swissinfo.ch: スイスにイニシアチブの憲法適合性を判断する憲法裁判所は必要でしょうか。
クショール: 必要だ。我々はイニシアチブの内容をもっと適切に考査する必要がある。その点で体制がまだきちんとされていないのが現状だ。2月9日の国民投票結果はかなり深刻だった。可決されてしまったのはまさに事故で、スイス国内でのモスクの尖塔建設禁止が可決された時と同様、他国との関係に(悪)影響をもたらした。
どの問題にも直接民主制を適応して良いというわけではない。個人的にはスイス憲法を国際法よりも優先すべきだという国民党の意見にも賛成しない。常に有権者が正しいとは限らないし、有権者がミスを犯すことだってある。2月の移民規制案の可決はまさにそれだ。
驚くべきことは、スイスの政治家のほぼ全員が「スイス国民の意見は正しい」と言っていることだ。これには同意できない。直接民主制は宗教ではないし、有権者は神ではないのだから。
swissinfo.ch: アンネマリー・フーバー・ホッツ前連邦事務総長は、大きな政党がイニシアチブを提案することを禁止し、イニシアチブが乱用されないようにすべきだとしています。それについてどうお考えですか。
クショール: 考えとしては非常に興味深い。今世紀始めに国民発議権が導入された当初の目的は、政治家と国民との力のバランスをとるためだった。今日、提案されるイニシアチブの多くはスイスで最も大きな政党(国民党)によるものだ。国民発議権が導入された当初は、このように使われることを目指していたわけではないだろう。どちらにしろ、フーバー・ホッツ氏によるこのような挑発的な提案が取り入れられることはないと思う。
swissinfo.ch: スイスの直接民主制の改善点は他に何かありますか。
クショール: 平均40%というスイスの投票率は悪い数字ではない。しかしこの数字はスイス国籍保持者の40%であって、スイスの人口の40%ではない。
たとえスイスで生まれそこに暮らしていても、参政権がない人が多くいるということを我々は忘れてはならない。これは改善できる点だ。そうすればスイスで生活し、今日のスイスを作っている人々が、その暮らしと発展に参加できる。現在スイスに住む外国人の数は200万人に上るが、その多くが政治システムから除外されているのが現状だ。
もちろん時間は掛かると思うが是非実現させてほしい。スイス国籍を持っているのは、スイス人だけではないのだから。
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