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国連の人権専門家、「プーチン氏とも対話する」

モスクワで反戦運動をする女性
ロシア政府はウクライナにおける戦争に反対する人々を厳しく弾圧している Keystone / Maxim Shipenkov

ロシアにおける人権問題の国連特別報告者に新しく就任したブルガリア出身のマリアナ・カツァロワ氏は、ロシア政府との対話を望んでいる。ロシア政府はそれに応じるだろうか?

ロシアにおける人権状況の特別報告者マリアナ・カツァロワ氏は、2023年5月1日の就任以来、過密スケジュールをこなしている。遅刻を詫びながらインタビューの席に現れ、話しているうちに口調は熱を帯びてきた。「今は極めて重要な時期だと思う。武力衝突が続いているウクライナ国内で何が起こっているかに大きな注目が集まっていて、それは当然のことだ。しかし、ロシア国内で起こっていることは、それほど国際社会で注視されていない。監視と勧告を行う特別報告者が任命されたことは重要だと思う。なぜなら、私の任務はロシア国内の人権侵害に国際的な注目を集めるとともに、状況を改善するにはどうすればよいかという勧告もでき、さらにロシア国内の人権侵害の被害者たちが正義を求める上で支援を行うこともできるからだ」

マリアナ・カツァロワ氏
Mariana Katzarova

この新しい任務には難題が山積みだと自覚する。しかし、ジャーナリストとしてこの地域の人権報道に長年携わってきた経験が役に立つと考えている(下記略歴参照)。アムネスティ・インターナショナルでロシアに関する人権担当者として活動していたため、ロシアやその人権団体を熟知する。また紛争地域の人権活動家を表彰するアンナ・ポリコフスカヤ賞を創設した。アンナ・ポリコフスカヤ氏はカツァロワ氏の親友だったが、チェチェン紛争における民間人の苦境について報道していたおそらく唯一のジャーナリストで、そのために16年前に殺害された。

ロシアにおける人権に関する特別報告者に任命されたのはカツァロワ氏が初で、このような任務が国連安全保障理事会の常任理事国「5大国」について設立されたのも初めてのことだ。「国連の規則は全ての国に適用されるのであって、5大国でさえ例外ではないというある意味でポジティブなメッセージを世界に伝えることにもなる。難題は見方を変えれば国連の人権システムにとってチャンスでもある」とカツァロワ氏は言う。

マリアナ・カツァロワ(Mariana Katzarova)氏はブルガリア出身の元ジャーナリスト。2023年4月4日に国連人権理事会より、ロシア連邦における人権状況に関する特別報告者に任命され、23年5月1日に公式に着任した。

カツァロワ氏は21〜22年に、国連人権理事会が委託したベラルーシ国内の人権状況調査にリーダーとして参加した。ウクライナにおける武力紛争の最初の2年間(14〜16年)には、ウクライナ東部の支部長としてドンバス地方の国連人権監視団を率いた。

アムネスティ・インターナショナルではロシア国内と2度のチェチェン紛争時の人権状況についての調査のリーダーを10年間にわたって務めた。人権のための弁護士委員会(Lawyers’ Committee for Human Rights)では、ボスニア戦争と旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷(ICTY)の創設に重点的に取り組んだ。

カツァロワ氏はボスニア、コソボ、チェチェンの紛争地帯でジャーナリストおよび人権調査員として働いた後、06年に女性人権団体RAW in WAR(「戦争地帯の全ての女性に手を差し伸べる」という意味)を設立した。RAWで、戦争・紛争地帯で活動する女性の人権擁護活動家を表彰するアンナ・ポリコフスカヤ賞を創設。人身売買との戦いに関する国連人権高等弁務官事務所の勧告者、欧州安全保障協力機構(OSCE)の上級顧問も務めた。

出典 : 国連人権高等弁務官事務所(OCHCR)外部リンク


ロシア訪問

しかしもちろん、問題はロシアがカツァロワ氏に協力するかどうかだ。ロシアは同国内の人権状況の特別報告者の任命を決定した2022年10月の国連人権理事会決議を、政治的動機に基づいているとして非難した。「ロシア政府は特別報告者との対話の席に着く準備ができていない、という思い込みがどこかあるようだ」とカツァロワ氏はswissinfo.chに語った。「私はまだわからないと思っている。任務開始後すぐに書簡を送ったが、まだ公式な返答が来ていないからだ」

カツァロワ氏は5月1日の就任後まず駐ジュネーブ・ロシア大使に連絡をとり、「自分の任務を紹介したい」と面会を希望し、また大使を通じてロシア政府にもう一通の書簡を送り、訪ロ許可を求め、「できるだけ早く現地調査を行いたい」と要請したという。

プーチン氏とも対話

訪ロに関してはつい最近前例ができ、不可能ではなさそうだ。児童と武力紛争に関する国連事務総長特別代表のバージニア・ガンバ氏(カツァロワ氏のような国連の独立専門家ではなく国連職員)がモスクワで5月にロシアの児童の権利を担当するマリア・リボワ・ベロワ氏に会った。しかしこの訪問は議論を呼んだ。リボワ・ベロワ氏はプーチン氏とともに、ウクライナの子供たちをロシアとロシア占領地域に強制移送した戦争犯罪の疑いで国際刑事裁判所(ICC)に指名手配されている。カツァロワ氏は機会があれば彼らと対話するつもりだろうか?

「もちろん」とカツァロワ氏は言う。「特別報告者の役割はいかなる法廷の裁判官や検察官にもならず、その国の全ての人と積極的に関わることだ。そして、多くの人の生活を変え人権を保護できるのは政府高官たちだ。全ての関係者の視点、特に政府高官の視点は、ロシアの人権状況を詳細に判断するために重要だ。私はオープンな気持ちで、一切先入観を抱かずにこの任務に着手している。誰とでも話をする意志がある。ロシア大統領も含めて」

ロシア訪問と現地調査が許されなければ、増えつつある在外ロシア人からの情報に頼らざるを得ず、最善を尽くしてその情報の真偽の確認に努めるつもりだと話す。また、ソーシャルメディアとインターネットを通じてロシア国内の人々が「私に連絡することも可能だ。いかなる人であっても、その声を私が広め、私が政府に適切な質問を投げかけることができると感じている人からの情報は喜んで受け取る」と話す。

幅広い任務

国連は時間がかかるシステムで、カツァロワ氏の任務は10月に決定されたにも関わらず、就任は5月になってのことだった。そして9月にはジュネーブの人権理事会に報告書を提出することになっている。またその任務の範囲は広く、ロシアの人権状況全体を網羅する。カツァロワ氏は、まずは意見および表現の自由や平和的集会および結社の自由の規制、市民社会組織や独立系メディアの強制的閉鎖、反戦を訴える人々の起訴の増加といった市民社会スペースへの弾圧に重点を置いて取り組むとしている。

「ずっと前から始まっていたことだが、昨年ウクライナへの軍事攻撃が開始して以来、より抑圧的な行政法や犯罪法が導入され、表現および平和的な集会の自由が規制されるなど、ロシア連邦内の人権擁護者や反体制派、反戦活動家の口を封じることを目的とした法令変更が相次いでいる。擁護者を擁護することが非常に重要だ」

英語からの翻訳:西田英恵

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