「常に人に囲まれながらも孤独な存在」
人知れず平和のために世界を飛び回る1人のスイス人がいる。交渉に明け暮れ、1カ所に長居することはない。必要とあれば極悪人を相手にすることもある。外務省の平和推進専門家ユリアン・ホッティンガー氏がスイスインフォのインタビューに応じ、「調停人」という孤独な職業について語った。
スイスインフォ:調停人は、指示に従って各地に赴き、帰宅もままならないという点で、セールスマンに例えられるようですね。
ユリアン・ホッティンガー
2003年よりスイス連邦外務省(EDA)に在籍。調停人、ファシリテーション・スペシャリストとして働く。これまでの主な赴任地はスーダン、ウガンダ、ブルンディ、リベリア、インドネシアなど。
交渉には英・仏・西語及びアラビア語を駆使。現在6件の紛争調停に加わっている。しかし、調停人として紛争当事国や交渉相手を公表することは禁じられている。
スイスの大学を卒業後、カナダ国際応用交渉研究所(CIIAN)で国際紛争調停人の養成教育を受ける。その後、主にカナダの依頼で調停の仕事を行った。
ユリアン・ホッティンガー:私が調停人の養成教育を受けた機関では、米国南部の伝道師がよく引き合いに出されていた。確かに、長距離移動がつきもののこの仕事は、村から村へ聖書を配って歩く伝道師のイメージと重なる部分がある。自宅のベッドで眠るのは年に65日から70日ほど。辛いと思うのは、仕事が長びいたり直接次の任務地へ向かう指示が出たりして、帰宅が当初の予定より遅れる時だ。
スイスインフォ:ハードですね。
ホッティンガー:いや、大丈夫。養成期間は、こういった生活に慣れる準備期間でもあった。訓練は昼夜を問わず行われた。調停人は、どんな所にいても意識的に一定の習慣を崩さないようにしている。そうすることで、自宅にいるような気分になれるのだ。
スイスインフォ:あなた自身の赴任中のリラックス法は?
ホッティンガー:時間があれば読書をする。仕事と無関係な内容の本が一番だ。あとは1日に何度も散歩をし、必ず夕食をとり、しっかり眠るようにしている。
スイスインフォ:交渉は2週間から3週間を一区切りとし、交渉当事者たちを一旦本拠地に帰すそうですが、なぜですか?
ホッティンガー:「交渉の場」と「本拠地」という、二つの異なる現実ができるのを防ぐためだ。交渉担当者は本拠地に戻って仲間内で話し合い、支持基盤に交渉の最新状況を報告し、協議する。そして、次の交渉の席では双方がその結果を持ち寄り、問題点をあぶり出す。本拠地の承諾なしでは全てが水の泡となる。
「休戦協定だけでは不十分。当事者たちは、未来の見通しを知りたいのだ」
スイスインフォ:そのような断続的会合では交渉が長期化するのでは。
ホッティンガー:そうだ。交渉にどれだけの時間が必要になるか、事前には分からない。交渉のプロセスは「じょうご型」。問題の核心に向け徐々に掘り下げていく。例えばなんらかの法制度を確立するための交渉ならば、まずはさまざまなモデルについて一般論的、セオリー的な切り口から始める。この第1段階における狙いは、交渉参加者全員に認識を共有させることだ。
スイスインフォ:しっかり事前準備をしてきた側にとってそれは退屈なプロセスでは?
ホッティンガー:交渉の参加者全員がこの話し合いに出席することが大事。これは共通の言語を確立するための作業だからだ。できれば既にこの段階で当事者同士に意見を交換する用意があるのが理想で、実際そうである場合も多い。この段階では懸案は具体例というより一般論として扱われるからだ。
スイスインフォ:第2段階でもまだ具体的な議論に入りません。
ホッティンガー:間接的にはある。この段階では、当事者が本拠地の基盤との協議でまとめた問題点や懸念材料、反対意見や提案を出し合う。核心に触れるのは第3段階に入ってからだ。そこでようやく、例えば法制度をどうするかといった具体的な話になり、双方が納得できる落とし所を見つけるまでがっぷり四つに組んで解決策を探る。
スイスインフォ:調停人側が解決案を出すことは認められていますか?
ホッティンガー:当事者同士の距離をできるだけ縮めることで解決策がおのずと見えるように仕向けるのが、調停人の役割だ。だが最終的には当事者自身が歩み寄らなければならない。もしその解決法が紛争の根っこを捉えておらず、誤った方向に導きかねない場合は、調停人はその点を指摘できる。例えば法制度なら、権力分散の面から不備があるといった場合だ。だが最終判断は常に当事者自身に委ねられる。
スイスインフォ:法制度の件ですが、当事者たちを適切にサポートするためにはあなた自身にも膨大な知識が必要になりますね?
ホッティンガー:最近では、ほとんどの調停人は特定の専門分野を持つ。交渉の進行に合わせ調停団の構成も変わるが、常時17〜25人の専門家が紛争当事者を支援し助言を与えている。私の専門は停戦協定だ。法や経済に関しては役に立てない。
スイスインフォ:和平交渉は以前に比べ複雑化しましたか?
ホッティンガー:昨今では休戦を引き出すだけでは不十分。紛争当事者たちは将来の見通しがどうなるか、自分たちがどんな役割を担うことになるのか、という点に関心を持っているため、交渉範囲が社会のビジョン全体に及ぶ。それには膨大な専門知識や時間が必要になる。
「最初の3年はありとあらゆる失敗をしたように思う。自分ほどできの悪い調停人はいないと確信していた。救いようがない、と」
スイスインフォ:仕事前の準備はどのようなものですか?
ホッティンガー:仕事が入るかもしれないという連絡を受けるのは通常約2〜3週間前。専門家に会い、資料を読み、紛争当事国の担当者と連絡を取る。もちろん、当事者らの意見はそれぞれの主観が入るが、それこそが自分が求めているものであり、私もそのように話し合う。こうして具体的事案の第一印象を得る。
スイスインフォ:あなたは「悪魔とも交渉するのが調停だ」と言われましたが、特にウガンダの戦争犯罪容疑者、ジョゼフ・コニーとの会合は議論を呼びました。こういった批判は理解できますか?
ホッティンガー:もちろんだ。当時は、交渉がコニーに有利に働くといった見方が多かったように思う。一つはっきりさせておきたいのは、罪を犯した者は罰せられるということ。この点について我々は初めから、いずれも国際指名手配を受けていたLRA指導者コニーと4人の共犯者に対しはっきりと伝えていた。コニーには、あなたのために出来ることは何もない、とも言った。18カ月に及んだ交渉の目的は、ウガンダ北部における「神の抵抗軍(LRA)」の再統合だった。
スイスインフォ:そういった会合前は眠れないこともありますか?
ホッティンガー:率直に言う。実際に会うと分かるが、彼らはあなたや私と少しも変わらない。蛮行に及び、そのために罰せられるべき人間ではある。だが、私の仕事は交渉の場で彼らの過去の行動を暴き出すことではなく、暴力に頼らない解決法を当事国や社会が見つけられるよう支援することだ。私にとって大変なのは交渉の開始前。ほとんど、あるいは全く眠れなくなる。ナーバスになり、過去の失敗例を思い返しては、あらゆるシナリオを想像してしまう。
スイスインフォ:失敗の経験は多いのですか?
ホッティンガー:最初の3年はありとあらゆる失敗をしたように思う。自分ほどできの悪い調停人はいないと確信していた。救いようがない、と。解雇を覚悟し、求人欄を調べ始めたくらいだ。だが学んだことも非常に多い。先輩の調停人が自分の教育係になってくれ、徐々に仕事を任せてもらえるようになった。そして30年近くこの仕事を続けている。
スイスインフォ:その点において、あなたは例外ですね。普通、調停人は10〜15年間で転職することが多いようです。
ホッティンガー:私は若くしてこの仕事を始めたので、他に経験がなかった。他の仕事をすることが想像できない。我々調停人は一種の病に苦しんでいる。「常に人に囲まれていながらも孤独な存在」と言い換えてもいい。我々は発言内容に常に注意を払わなければならない。家庭でも然り。つまり、誰であっても周囲から一定の距離を置くことが求められる。
スイスインフォ:家庭でそれを実践するのは大変でしょうね。
ホッティンガー:その通り。家庭内トラブルの引き金になりかねない。家族は疑問を持ち始めるだろう。一緒に暮らしているのに、いつも心ここに在らずのこの人間は一体何者だと。
スイスインフォ:紛争は再燃することが多く、往々にして数年後には暴力が息を吹き返してしまいます。もどかしくはありませんか?
ホッティンガー:悲しい気持ちになる。当事者同士が一度は交渉のテーブルについた経験があるケースは特にそう。他の解決法があることは分かっているはずなのに。
(独語からの翻訳:フュレマン直美)
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