外国人犯罪者の国外追放強化案 文言通りの法的実施を求めるイニシアチブ
右派の国民党は、国民投票で2010年に可決された外国人犯罪者の国外追放案がきちんと実施されていないとの理由から、可決案を文言通りに実施することを求める新しい「国外追放強化イニシアチブ」を提出した。反対派は、同イニシアチブは権力分立の侵害だと批判する。この新案件は2月28日の国民投票にかけられる。
スイスの国民党が提出した、外国人犯罪者を厳しく国外追放するイニシアチブ(国民発議)が、2010年11月の国民投票で可決された。支持率52.3%だった。イニシアチブとは、憲法の条項の改正を目的に発議を行うことだ。
しかし同イニシアチブは可決後すぐに問題を引き起こした。立法機関である連邦議会(国会)は、同案の実施に苦戦。最終的にはいくつかの表現を変更し、救済措置として外国人犯罪者の国外追放における例外を追加する形で法律を制定した。
イニシアチブ(国民発議)
イニシアチブでは、憲法改正案を提案することができる。イニシアチブを成立させるには、有効署名10万人分を18カ月以内に連邦内閣事務局に提出しなければならない。その後、提案は連邦議会で議論される。連邦議会はこの提案に賛成するか、反対するか、対案を出すかどうか判断する。いずれの場合も、提案は国民投票にかけられる。それが国民投票で可決されると憲法の条文となり、連邦議会によってそれを実施するための法律が制定される。
その例外とは、裁判官が強制送還によって当人が著しく不当な立場に置かれると判断した場合、この措置は行われないというものだ。連邦議会は2015年3月にこの修正を加えた法律を承認した。
しかしこの法律が2015年に実施されるまでの過程で、連邦議会のやり方に不満を抱いた国民党は、12年に国外追放を強化させるためのイニシアチブ(国外追放強化イニシアチブ)を新たに立ち上げ、連邦議会に圧力をかけた。こうした同党の戦術は多かれ少なかれ成功した。
この攻撃的な国外追放強化イニシアチブは、2010年に可決された案が犯罪リストとあわせて、文言通り実施されることを求めている。犯罪リストには国外追放の対象となる犯罪が挙げられているが、同イニシアチブでは当初挙げられていた殺人罪、性犯罪、強盗、麻薬および人身売買、社会福祉の悪用などに加え、放火、貨幣偽造などが追加された。
救済措置をめぐる議論の争点
「徹底した外国人犯罪者の国外追放を望むのであれば、国民と州は国外追放強化イニシアチブに票を入れるしかない」と、アドリアン・アムシュトゥッツ議員外部リンクは言う。彼は、国民党の党首であり、下院の議員でイニシアチブ委員会外部リンクのメンバーも務める。
全州議会がマニフェストを提出
2015年12月中旬、全州議会の議員46人のうち40人が、国外追放強化イニシアチブに異議を唱えるマニフェストを発表した。国民党議員と無所属の議員以外全員が、国外追放強化イニシアチブに対する反対の姿勢を示すために署名を行った。同マニフェストを通じて各州の代表者は、このイニシアチブが可決されることで起こりうる様々な悪影響について訴えた。彼らはとりわけ、それが経済界にとって何を意味することになるのか注意を喚起した。(出典・SRF)
「連邦議会が制定した、(2010年の)国外追放案を実施する法は、救済措置として、外国人犯罪者を強制退去措置の対象外とする可能性を裁判所に与えている。たとえそれが、最も重い罪を犯した者であってもだ。今日の判決からすると、裁判官はこの可能性を今後も積極的に適用しようとしているようだ。結果的に、外国人犯罪者はほぼ国外追放されないことになる」とアムシュトゥッツ議員は言う。
これに対し、中道左派の社会民主党のナディーン・マスハルド連邦議会議員外部リンクは、国外追放強化イニシアチブに強く反対外部リンクし、「これは比例原則に関わる問題であるため、救済措置は必要だ」と主張する。
マスハルド議員は、裁判官の裁量の余地が限定されることを懸念し、それはスイスの「法の支配」と矛盾すると言う。それだけでなく国外追放強化イニシアチブは、2010年の国外追放案と比べてより厳格な内容となっている。「偽装された表示のようなものだ」と彼女は批判する。その例として、「移民の2世は、二つの軽犯罪を犯した場合、両親の出身国に強制送還されることになる。こうした規則は、2010年に過半数以上の投票者が賛成票を投じた、国外追放案の内容を大幅に逸脱するものだ」と指摘。
これは多数派を占める国外追放強化イニシアチブの反対派が、主に批判の対象としている点だ。こうした反対派には連邦議会(国民議会では反対票140・賛成票57、全州議会では反対票38・賛成票6)や連邦内閣外部リンクも含まれる。
2010年の国外追放案は、すでに正式な憲法の条項として定められている。従って連邦内閣は、今回の国外追放強化イニシアチブは「時期的にもその内容からしても不要だ」との見解外部リンクを表明。さらに、同イニシアチブが強制送還禁止に関して「狭義の国際法上の強行規範」を採用していると指摘する。
権力分立
1848年に近代のスイスが成立した際、憲法には三つの権力が定められた。立法(連邦会議・連邦議会)、行政(連邦政府・州政府)、司法(連邦裁判所など)だ。これら三つの権力は、法治国家において互いに独立している(三権分立)。
裁量の余地
国外追放強化イニシアチブに対するさらなる批判点は、権力分立の問題だ。「可決されたイニシアチブは憲法の条項となり、その後、連邦議会がその実施について法を決制定する」。マスハルド議員はさらに続ける。「この法に対し国民は、任意のレファレンダムを用いることができる」
任意のレファレンダムとは、連邦議会が制定した法律の是非を、国民投票で決めることができる制度のことだ。それを行うには、法制定から100日以内に5万人の署名を集める必要がある。しかし国外追放強化イニシアチブが提出されたことは、立法機関である連邦議会が「仕事を成し遂げた後に無視された」のと同じだとマスハルド議員は言う。
「こうした行為はスイス的ではなく、スイスの権力分権の考えと矛盾する」と指摘し、「よりによって、スイスの価値と政治システムを尊重してきた政党が、それらをこれほどまでに濫用する」ことをマスハルド議員は理解できないと話す。
これに対し、イニシアチブを「すぐに実施可能なやり方で提示することを憲法は禁じていない」とアムシュトゥッツ議員は反論。外国人犯罪者の国外追放の実施を明確に規定する国外追放強化イニシアチブが、法治国家のシステムを空洞化させるという反対派の批判を、彼は受け入れない。「以前、道路の制限速度についての決議が行われた際にも、法的にみてどの速度からがスピード狂としてみなされるのかを連邦議会は定義した。ここでも裁判官の裁量の余地が奪われているではないか」とアムシュトゥッツ議員は言う。
「人の移動の自由」に関する問題
国外追放強化イニシアチブの反対派がさらに懸念するのは、同イニシアチブが可決された場合、スイスの対外関係がさらに不安定化することだ。
「経済界も国外追放強化イニシアチブに対して、はっきりと異議を唱えることが重要だ」と社会民主党のマスハルド議員は言う。「なぜなら、同イニシアチブが実行され、罪の重さに関係なく自動的に犯罪者が国外追放されることになれば、欧州人権条約および欧州連合域内の『人の移動の自由』を損害することになるからだ」
こうしたマスハルド議員の懸念を国民党のアムシュトゥッツ党首は理解できない。人の移動の自由に関する二国間協定は「第5条付録1の中で、国の安全あるいは公的秩序を脅かす人物の移動を制限する場合がある」と規定している点を指摘する。
国外追放強化イニシアチブが求める外国人犯罪者の国外追放は「非人道的な機械的行為だ」とする反対派の批判に対し、アムシュトゥッツ党首は激しく反論。「非人道的と言うならばそれは殺人、性犯罪、強盗、麻薬および人身売買などの罪を犯した犯罪者のほうだ。国外追放強化イニシアチブは被害者を犯罪者から守ることになる」と主張する。
この国外追放強化イニシアチブが可決された場合、他のイニシアチブと同様、憲法に反映されることになる。そのためには、投票者と州の過半数が必要となる。
(独語からの翻訳・編集 説田英香)
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