「大量移民反対イニシアチブ」可決、スイス経済に激震
外国人労働者数の制限を求めた「大量移民反対イニシアチブ」が、9日の国民投票で僅差で可決された。ヨーロッパからの外国人労働者に経済を支えられているスイスは、欧州連合(EU)との関係を見直し、新たな外交政策を模索せざるを得なくなった。なお、鉄道インフラに関する連邦決議「FABI法案」は可決、「人工妊娠中絶費用の個人負担イニシアチブ」は否決された。
最後まで揺れた「大量移民反対イニシアチブ」
「大量移民反対イニシアチブ」は、スイスにやって来る移民の数に制限を設けることを求めた国民発議。提案したのは、右派の国民党だ。投票日の数週間前から、賛成派と反対派は新聞や駅構内に広告を連日掲載・掲示し、激論を繰り広げていた。
スイスはEUとの間で1999年、働く場所と居住地の自由化を定めた「第1次2者間協定」を結んだ。これにより、EU出身の外国人のうち、スイスにある企業と有効な雇用契約を結んだ人、自営業者、生活費を賄えるだけの資産があり健康保険に加入している人は、スイスに居住できるようになった。
その結果、ヨーロッパからの移民が急増。国民党は、近年問題となっている交通渋滞、不動産価格の上昇、住居不足、犯罪率の増加などはこうした移民が原因だとし、今回のイニシアチブを立ち上げた。
具体的には、国が1年間に発給する労働および居住許可の数に上限を設け、外国人労働者の受け入れ人数を制限することを求めている。これまで、スイスの労働市場に自由にアクセスできていたEU加盟国出身の外国人も制限の対象となる。
政府と連邦議会は、「このイニシアチブは、スイスの重要な経済パートナーであるEUとの関係を大きく損なう」と反対。国民党以外の主要政党も「EUとの良好な関係から築き上げられたスイス経済が、このイニシアチブで台無しにされる」と不支持を表明していた。
EUとの関係を損ねてまで、国民はイニシアチブを支持はしないだろうとにらんでいた政府と連邦議会だったが、調査機関gfs.bernが行った1月の世論調査では、このイニシアチブに賛成する有権者の数が前回調査に比べて上昇し、4割が賛成に。結局、投票日まで予想がつかない状況となっていた。
投票結果は、賛成50.3%、反対49.7%、26州中14.5州の過半数が賛成し、可決となった(準州は0.5州として数える)。投票結果には、言語圏の差が明確に現れた。ドイツ語圏のツーク州ではわずか50票の僅差で反対過半数となったほか、チューリヒ州でも反対票が過半数を上回ったが、そのほかのドイツ語圏の州の大半が賛成過半数、フランス語圏の州は反対過半数という結果になった。
PLACEHOLDER鉄道インフラ拡充は計画通りに
国民に是非が問われた二つ目の案件は、「鉄道のインフラ拡充と費用に関する連邦決議(FABI/FAIF、以下FABI法案)」だ。賛成62%、反対38%で可決された。
スイスでは近年、鉄道利用者数が大幅に増加しているため、座席数が十分確保できなかったり、ラッシュアワー時にはプラットホームが乗客であふれて混雑したりするなどの問題が起きていた。また、鉄道貨物輸送量もほぼ限界に達するなど、鉄道インフラの拡充の必要性が叫ばれていた。こうした問題の解決策としてスイス政府と連邦議会が提案したのが、FABI法案だった。
FABI法案では、鉄道インフラの整備・拡充に必要な資金を確保するために「鉄道インフラ基金(BIF/FTP)」を創設し、無期限に運営する。基金への資金は、大型車両通行税、付加価値税、ガソリン税、連邦および州支出金などから支払う。鉄道利用客にも費用を負担してもらうため、課税控除できる通勤費用の上限を年間3千フラン(約34万円)にする。
これに対して、スイス自動車輸入協会などの反対派は、「道路整備・拡充の財源であるべき大型車両通行税やガソリン税が、鉄道インフラに使われるのは納得できない。国の節約の意欲は薄れ、巨額プロジェクトが簡単に実現できてしまう」と批判してきた。しかし、有権者の過半数はFABI法案を支持。まずは、2025年までに主要路線での座席数を増加させる鉄道インフラ拡充プロジェクトの第一弾が実現される見通しとなった。この計画には64億フランが見積もられている。
中絶費用は基本健康保険で
圧倒的な反対多数で否決されたのが、中絶費用を基本健康保険の適用外とするイニシアチブ「人工妊娠中絶は個人的な問題」。右派の国民党や中道派のキリスト教民主党の連邦議会議員の一部が中心となって推進してきたイニシアチブだったが、有権者の理解は得られず、賛成30.2%反対69.8%で否決された。唯一賛成過半数が上回った州は、アッペンツェル・インナーローデン準州だけだった。
スイスに居住する人には基本健康保険の加入および掛け金の支払いが義務付けられている。つねづね中絶に反対してきた保守派は、基本健康保険が中絶手術に適用されることが倫理的に問題であると指摘。中絶手術および胎児の数を減らす減胎手術を基本健康保険の適用外とすることを求めるイニシアチブを発足させた。
イニシアチブ推進派は、「中絶手術が個人負担になれば、中絶件数が減り、年間1千人の命を救える」「基本健康保険の支払い費用を年間800万~2千万フラン減らせる」など主張してきたが、政府も連邦議会もこのイニシアチブには反対。連邦統計局のデータでは、スイスの中絶件数そのものが他国と比べて低く、2012年は女性1千人中(15~44歳)6.9件。また、基本健康保険から中絶手術に支払われた費用は全体の0.03%であり、中絶手術を基本健康保険の適用外としても、推進派が主張するほどのコスト削減効果は見込めないとしていた。
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