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核兵器禁止条約、スイスの静観姿勢は賢明だ

Stephen Herzog

スイスは核兵器の廃絶を目指す「核兵器禁止条約」の交渉を支援したが、まだ署名も批准もしていない。核軍備管理を専門とする連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)安全保障研究センター(CSS)スティーブン・ヘルツォーク氏は、こうしたスイスの立場に理解を示す。

国連核兵器禁止条約外部リンクの第1回締約国会議が6月21~23日、オーストリアのウィーンで開かれ、数十カ国が同条約の実施方法を議論した。会議には広島や長崎の被爆者など世界各地から核軍縮の活動家も参加。スイスの外交官は締約国としてではなくオブザーバーとして出席した。意外かもしれないが、このような対応は核廃絶を巡るスイスのプラグマティズム(実用主義)に合致したものだ。

これまでに66カ国外部リンクが核禁条約を批准し締約国になった。スイスは2017年の条約交渉を支援したが締約国ではない。そのため核兵器廃絶に熱心ではないように思われるかもしれない。だが、そのような解釈は誤りだろう。むしろ、スイスは慎重だからこそ、核禁条約に関する自国の懸念を分析しながら、同条約の支持者と核保有国との橋渡しができるのではないか。

スイスの決定は慎重な検討に基づいていた。関係省庁合同のワーキンググループ外部リンクによる報告書に従って18年に条約に加盟しないと決め、19年にも同じ決断を下した。その代わり、スイスは条約の締約国とも非締約国とも連携して核軍縮に取り組もうとしている。具体的には、核禁条約の議事を注視する専門家を派遣している。同条約は定着しつつあり、無視できないのだから、スイスがこのように関与するのは良いことだ。

スイスが置かれた状況を理解するには、核禁条約をよく知ることが重要だ。同条約は、ホンジュラスが50番目の批准国となった21年1月22日に発効。全締約国に核兵器の入手、製造、実験、保有や、核兵器を使うと「威嚇(いかく)」することを禁止する。条約の賛同者は、核兵器は人道上壊滅的な結果をもたらし容認できない外交手段との烙印を押し、違法化を目指す。条約を見る限り、核兵器を持たないスイスが条約に加盟しない理由はないように思われる。核技術は結局、一部の指導者が敵対国の人口密集都市をわずか数分で破壊できる危険な世界を作り上げている。

実際のところ、核禁条約が軍縮につながるかどうかは議論の余地がある。核保有国(米ロ英仏中印、イスラエル、北朝鮮、パキスタン)や「核の傘」で守られた同盟国のほとんどは、同条約のいかなる協議にも参加していない。これらの国々の大半が、条約には決して参加しない、核禁条約では爆弾やミサイルを1つも無くすことはできないと主張した。このような懐疑主義は理解できる。核禁条約は過去の諸条約と同様、核軍縮の具体的な達成方法や検証方法についてほとんど述べていない。

それでも、核兵器を全面禁止するこの条約は、1968年以来の核不拡散条約(NPT)外部リンク体制に大きな変化をもたらすだろう。スイスも加盟するNPTは軍縮を要求する一方で、米ロ英仏中に核兵器のない世界が実現するまで核兵器の保有を認める。核禁条約の支持者の多くが、NPTは世界を「核を持つ国」と「持たない国」に分け、両者の公平を欠くと非難するのは当然だ。

NPTも具体的な軍縮計画を示しておらず、目標への歩みは遅い。だが、NPTは国際原子力機関(IAEA)に、条約違反を見つけ、新たな国が核爆弾を製造しないよう査察を行う権限を与えている。米ロは冷戦後に削減した数万発の核兵器はNPTの支援を受けて解体したものだと主張する。

スイスの立場

スイス政府のワーキンググループは核兵器の全面禁止を評価する際、単に否定的だったわけではない。核兵器と国際人道法は根本的に相容れないという核禁条約の見方を共有している。これは容易に想像がつくことだ。今日の核兵器の多くは広島と長崎を壊滅させた原爆とは桁違いの威力を持つ。これらの核兵器が使われれば、人類史上かつてないほどの速さと規模で大量殺りくが行われることになるだろう。

スイスは原子力の民生利用に関する知識と技術を発展させてきた。ワーキンググループは、他国の核兵器開発計画への支援を禁じる核禁条約がスイスのこうした姿勢に影響することはないと指摘した。スイスには既にこの分野を規制する監視・輸出規制のメカニズムがあるからだ。

これらの点は、核兵器の廃絶がこれからもスイスや平和・正義・安全を求める全ての国々の主要な外交目標であるという考えと一致している。残念ながら、世界には現在、約1万3千発の核兵器が存在する外部リンク。これは冷戦のピーク時に存在した7万発よりはるかに少ない。しかし、9カ国が今なお核兵器を保有し、さらに数十カ国が核武装国の「核の傘」に頼っている。

では、核兵器を禁止すべき倫理的・人道的理由があり、禁止してもスイス経済が損なわれないならば、なぜスイスは静観し続けているのだろうか。その答えは安全保障上主要な2つの理由にある。

スイスは核禁条約が核廃絶を妨げるのではなく、促進することが明らかになれば同条約を支持するという立場を取っている。核保有国の賛同を受けていない核禁条約は、既に存在する(ただし著しく停滞している)NPT体制下での軍縮へのコミットメントに抵触する恐れがある。これら2条約の関係が明らかになるまでにはしばらく時間がかかる。

スイスが核禁条約の外にとどまる2つ目の理由は地理的な問題だ。政府のワーキンググループは、核兵器を違法化しようとする核禁条約の試みは妥協のない国民的な議論が行われる民主主義国家でしか支持を集めないだろうとの懸念を示した。

中国やロシアよりも、フランスやドイツが核政策についてより開かれた議論を行うのは明らかだ。核兵器のない世界が中立国スイスの利益になることは間違いない。一方、地域に安定をもたらす近隣諸国が核軍縮によって弱体化し、敵対国がそうならない世界はスイスの国益にはならない。

ロシアとウクライナの戦争がもたらす影響

最近ウィーンで開かれた核禁条約の第1回締約国会議でスイスが出した声明外部リンクはこれまでの議論を振り返るとともに、ロシアのウクライナ侵攻が国際政治をどう変えたかを指摘した。ロシアによる核の脅しや挑発的言動を非難した。また、スイスが核禁条約について新たな決断をする際は、欧州や世界の安全保障環境を精査する必要があると述べた。年内に始まる次回の評価結果にかかわらず、スイスは同条約の締約国にも非締約国にも建設的に働きかけていくだろう。

核戦争や滅亡の脅威から解放される世界がスイスやその住民にとって利益になることは疑いの余地がない。極めて重要な問題が今、見直されている。核兵器を全面禁止する新たなアプローチは、核兵器の廃絶に大きく貢献するのか。それとも、「核を持つ国」と「持たない国」の二極化を助長するのか。もっと簡単に言えば、この任務に適したツールなのかということだ。そうであってもおかしくはないが、スイスは核禁条約に加盟する前に、同条約が既存の核軍縮枠組みと比べてスイスの安全保障をどれだけ向上させるかを明確にする必要がある。

スイスの外交官は長い間、自国の中立性を生かして、意見が分かれる政治的な問題について合意できない国々の橋渡しをしてきた。静観する姿勢と核禁条約関連会合におけるオブザーバー資格をもってすれば、スイスは再び橋渡しの役目を果たせるだろう。

英語からの翻訳:江藤真理

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