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権威主義の中国、「民主的プロセス」で体制維持

赤い銅像
中国では自治体レベルで数多くの市民参加型プロジェクトや検証実験が始まっている。政治学者の胡淑云(ス・ユンウー)氏によれば、権威主義国家はグッドガバナンスを実現するための手段として、市民参加を用いている Keystone / Diego Azubel

政治への市民参加は、権威主義の中国でも一部認められている。だがその目的は民主主義とは別のところにある。中国の市民参加を研究するチューリヒ大学の政治学者、胡淑云(ス・ユンウー)氏に話を聞いた。

swissinfo.ch:あなたは中国の自治体における民主的プロセスについて研究していますが、権威主義国家の民主的なプロジェクトとはどのようなものでしょうか?

胡淑云:中国は独裁的なシステムだと考えられがちですが、自治体レベルでは数多くの住民参加型プロジェクトが試験的に実施されています。私は2つの都市の参加型予算編成を比較研究しています。1つは南西部の成都市、もう1つは東部の温嶺市です。

胡淑云氏
胡淑云氏6年前から中国の地方政治における市民参加と民主的イノベーションを研究。2020年7月からチューリヒ大学のポスドク(博士研究員)を務める © Thomas Kern/swissinfo.ch

swissinfo.ch:中国の参加型予算編成はどのように行われていますか?

胡:当局が一部の予算決定プロセスに市民を招待するのです。1つのグループに集められた市民がディスカッションを行い、地域のためにどのプロジェクトを実現すべきかを当局に助言します。テーマには図書館や市民公園などがあります。温嶺市の参加型予算編成は有名ですが、成都市のケースはあまり研究されていません。

温嶺市では参加者は抽選で選ばれますが、成都市では自由参加なので時間に余裕のある年配者が多いです。温嶺市で抽選方式がうまくいっているのは参加者に謝礼が出るからです。ちなみにスイスにも同じようなプロジェクトがあります。温嶺市は換算して7フラン(約1千円)と昼食を参加者に支給し、参加型予算を自治体の予算政策に組み込んでいます。

温嶺市の参加型予算編成の場面
温嶺市の参加型予算編成の場面。写真は胡淑云氏提供 zVg

swissinfo.ch:参加者は共産党の党員である必要はないのですか

胡:いいえ。参加者は普通の市民です。ただし市民参加型プロジェクトで当局の介入が度々あることは否定できません。一軒一軒回って市民の意見を聞くはずが、自分たちで書類を記入していたという共産党幹部の話を聞いたことがあります。

swissinfo.ch参加型予算編成での議論はどんな様子ですか?

胡:はっきり自分の主張をする人も参加者もいれば、控えめな参加者もいます。

swissinfo.ch:ほかの都市と似たような様子ですね。

胡:プロセスの流れは中国以外の都市でも同様です。民主主義システムでも権威主義システムでも、市民参加の意義を突き詰めて考えると結局はグッドガバナンスにたどり着くと思います。意外に思われるかもしれませんが、権威主義国家も良き統治体制に関心を向けているのです。

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swissinfo.ch:中国にとってのグッドガバナンスとは何でしょうか?

胡:政府にとってのグッドガバナンスは市民のニーズに応えることです。一党体制にレジリエンス(耐性)があり、これまで生き延びてこられたのは、柔軟性と適応能力があるからです。

自治体予算の決定に市民が参加できるのは興味深いことです。リソースの投入を巡る話だからです。市民の望みを当局が察するのではなく、市民が予算の使い道を決められるよう当局が取り計らうのです。これによりさまざまな弊害を防げます。

温嶺市の参加型予算編成の場面。
温嶺市の参加型予算編成の場面。写真は胡淑云氏提供 zVg

ですが、中国で市民参加が認められるのは当局が選んだ案件のみで、大抵は自治体レベルに限られます。テーマもあまり重要でないものが対象になります。中国では人権など政治的に高度なテーマに対し市民が物言うことはできません。中国政府はこうした市民参加を管理下に置き、目を光らせているのです。

民主主義では市民参加の実施はトップダウンだけでなくボトムアップで決められますが、中国にも同様のケースはあります。これに関しては温嶺市では社会組織が重要な役割を果たしています。社会組織の国への依存度は組織によって違います。

swissinfo.ch:中国の市民参加型プロジェクトが民主国家のそれと異なる点は主に何でしょうか?

胡:1党体制の中国では、共産党が市民参加型プロジェクトの許可を決定します。市民に不満がたまらないようにし、当局の決定を受け入れやすくするためです。もし何かうまくいかなかったら、共産党は「それはあなた方が望んだことだ」と言うことができます。権威主義的システムで市民参加が重視されるのは、もし政治不安が起きた場合にそれに対処する政治的コストが相当大きいからです。

中国政府は安定を優先しています。ただ、改めて強調したいのが、こうした市民参加型プロジェクトは自治体レベルに限定されています。

胡淑云氏
© Thomas Kern/swissinfo.ch

swissinfo.ch:なぜ中国の自治体の民主的プロセスを研究しようと思ったのですか?

胡:2015年に博士論文のプロジェクトを決めなくてはならなかったのですが、そのときに注目されていたのが「熟議民主主義」というコンセプトでした。これが中国でも適用されていることに大変興味を持ち、専門分野を中国政治に絞ることにしました。

swissinfo.ch:市民パネルなどの熟議民主主義にはかなりの注目が集まっていますね。

胡:そうですね。既存の民主主義が抱える欠陥や、施政者と市民との溝を埋めるための解決策について多くの議論が行われてきたことで、熟議民主主義に再び大きな注目が集まりました。注目すべきなのが、このコンセプトが中国でも人気を博したことです。温嶺市が2005年に、成都市が08年に最初のプロジェクトを開始しました。

swissinfo.ch:ジュネーブ・デモクラシーウィークでは、ベネズエラの市民参加に詳しい専門家とともに、あなたもパネルディスカッションに参加しました。どの権威主義国家でも市民参加は似たようなものでしょうか?

胡:権威主義国家が市民参加を認める動機はどこも似ていますが、その後の方向性はそれぞれ違います。ハイブリッド型の権威主義システムでは野党の存在が許容されることもあります。例えば私の出身国シンガポールがそうです。

権威主義と民主主義を2元的に捉えることには大いに疑問を感じます。中国研究においてこの2つを対照的に考えることは非建設的に思えます。バランスの取れた見方をする努力が大事です。中国は複雑で大きな国であり、矛盾した動きも見受けられます。

権威主義システムでは市民参加が手段の一部として捉えられています。民主主義システムでもそう考えられてはいますが、市民参加は民主主義を活発化・強化する役割も担っています。権威主義システムにおける市民参加は、支配権力の正当性を強めるための手段になっています。

swissinfo.ch:では、そもそも中国の市民参加を「民主的」と考えない方が良いのでしょうか

胡:中国人にとって民主的なものであることに変わりません。西欧諸国では民主的な政治参加イコール選挙という考えがあるため、中国のような状況に憤る人も多いでしょう。ですが、民主的な政治参加とは市民からのインプットを政治に反映させることであり、人々のニーズに応え、説明を果たしていくことだと考えれば、中国にもこうした面があると思います。中国で民主的な政治参加が一貫して実現しているわけでも、全国的に実施されているわけでもありませんが、その方向への兆しは現れています。

胡淑云氏
© Thomas Kern/swissinfo.ch

swissinfo.ch:今研究されている市民参加プロジェクトに影響力はあるでしょうか?

胡:はい、あります。現地に赴いたときも、主催者が真摯に取り組んでいることが分かりました。温嶺市では参加型予算編成は今も続いていますが、私はこの3年はあいにく中国には行けておらず、市民参加プロセスの全体的な評価ができずにいます。

パンデミックの影響で今も中国に行きづらいため、中国の研究仲間に頼っている状況ですが、やはり現地で人々に直接話を聞くのとは違いますね。国レベルに関するニュースはネガティブなものが多いことは確かですが、自治体レベルを研究し、質的調査を手掛ける研究者として、私はまだ楽観的です。

swissinfo.ch:なぜ楽観的なのですか?

胡:今の状況があまり良くないとしても、中国の特定の市民グループや幅広い市民には忍耐力と行動力があると思います。私の知っている社会組織や社会的アクターは、中国で参加型プロセスが実現するよう今も尽力しています。彼らにとって状況はますます困難になっていますし、私も甘い考えをしているわけではありませんが、彼らの固い意志にはわずかな希望が持てるのです。

独語からの翻訳:鹿島田芙美

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