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深刻な資金不足に直面する人道支援 ウクライナ戦争が拍車

エチオピアの難民
ウクライナでの戦争は何百万人もの難民や国内避難民を生んだ。だが紛争や気候変動の影響で強制移住を強いられる地域は世界中に分布する。エチオピアもそんな国の1つだ Copyright 2020 The Associated Press. All Rights Reserved.

来月1日、国連の2023年統一人道アピールが発表される。ドナー国に呼びかけられる支援額は記録的な高さになる見通しだ。今年1年、国連機関の大半がニーズと受け取り資金のギャップ拡大に直面した。資金不足に拍車をかけた理由の1つにウクライナ戦争があるが、問題はそれだけではない。

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、同組織は今年、未曾有の資金不足に直面している。とりわけ難民の大部分に影響を及ぼす長期的な人道支援が深刻な資金不足に陥っており、既に難民や国内避難民(IDP)への支援を縮小せざるを得ない状況だ。今年9月に発表された「資金不足報告書」外部リンクには、必要資金が半分にも満たない12カ国についての詳細が記されている。UNHCRは先月下旬、年内に最低でも7億ドル(約970億円)の資金が必要だと再度ドナーに訴え、「再びサポートを縮小する事態になれば、支援を必要とする人々に壊滅的ダメージを与えるだろう」と警鐘を鳴らした。

UNHCR以外の国連援助機関でも資金不足は深刻な問題だ。国連人道問題調整事務所(OCHA)のイェンス・ラーケ広報官によると、国連が調整して呼びかけた人道支援のうち、年末を控えた今月22日の時点で実際に集まったのは、年間必要資金のわずか46.7%に過ぎない。過去3年間の平均は55%だった。

swissinfo.chの取材に対しラーケ氏は「世界的に記録的な資金不足となる見通しだ。もちろん危機感を抱いている」と述べた。ニーズと手元資金のギャップが広がる一方で、実際に集まった支援金の額そのものは増加している点にも触れ、問題は「支援アピールの増加に伴い支援金も増えてはいるが、両者のペースが一致しないためにギャップが広がっている」ことだと強調した。

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OCHAが発出したアピールのうち、今月4日時点までに獲得した資金が必要額の5割にも満たない国は、シリア、イエメン、ソマリア、チャド、コンゴ民主共和国、スーダンへの人道支援のほか、ミャンマーのロヒンギャ難民を受け入れているバングラデシュや、シリアやベネズエラの難民を対象とした難民対応計画など。緊急アピールはニーズに応じて年に数回発出され、OCHAは、国連その他の援助機関(赤十字国際委員会は例外的に含まない)からの資金要請の調整役を務める。ドナーは主に欧米諸国の政府だが、最近では民間からの寄付も増えている。

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支援縮小が難民を直撃

UNHCRは、資金不足のため既に予算カットを断行した。アフリカで最も寛大な難民受け入れ国の1つであるウガンダは、特にコンゴ民主共和国や南スーダンからの難民を多く受け入れているが、目下国内で致死率の高いエボラ出血熱が流行している。だがUNHCRには、難民をウイルスから守るために必要なせっけんや衛生キットを購入する資金が不足している。

またUNHCRは、スーダンや中央アフリカ共和国からの難民に加え国内避難民を抱えるチャドでも、燃料不足により国内避難民キャンプへの給水を停止せざるを得なくなった。シリアからの難民が多いレバノンでは「7万の脆弱な難民世帯がUNHCRによるセーフティネット支援を受けられなくなった」(UNHCR)。今冬、中東の難民に対する現金給付が打ち切られれば、脆弱な家族は寒さに凍えたり、家賃を支払えずに住居から追い出されたりする恐れがあるという。

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UNHCRジュネーブ本部のオルガ・サラド広報官は「要請した予算を満額確保できないのはいつものこと」としつつ、「今年の問題は(年末までに必要な)7億ドルが基本的ニーズを満たすための最低ラインという点だ」と説明する。

ウクライナという要因

資金不足危機の背景には、新型コロナウイルスや気候変動の影響、一部欧米諸国が現在抱える経済問題などさまざまな原因がある。しかしウクライナ戦争もその大きな要因の1つだと国連の専門家らは認識する。

ロシアのウクライナ侵攻を機に、世界の強制移民数は跳ね上がった。数百万人がウクライナ国外に逃れ、さらに数百万人が国内避難している。10月の国連の推定では、欧州全体のウクライナ難民は760万人で、そのうち150万人をポーランドが受け入れている。サラド氏によれば、ウクライナ以外の地域でも支援ニーズは高まっているが、ウクライナ戦争の「波及効果」による食糧や燃料の価格上昇が、支援コストを押し上げた。国際通貨基金(IMF)は、2023年の世界のインフレ上昇率は先進国で6.6%、途上国で9.5%になると予測している。

UNHCRの推定では、難民や庇護希望者、国内避難民など今年半ばまでに強制移動させられた人々は世界で1億300万人に上る外部リンク。昨年末から1360万人(15%)の増加は「UNHCRの強制移動に関する統計で前年からの増加として過去最大」。2022年上半期に強制移動が最も多く発生した地域はウクライナだったが、ベネズエラからの難民も21%増加している。そのほとんどはコロンビアなど中南米諸国に流入した。強制移動の増加は世界の他の地域、特にアフリカとアジアの一部でもみられた。

こうしたニーズの高まりを受け、UNHCRではさまざまなアピールを行ってきた。サラド氏はswissinfo.chに対し「これまで以上に多くの支援を得ているが、目下のニーズを満たしているとは言えない」と述べた。

長期化した人道危機

UNHCRの「資金不足報告書」は「慢性的な資金不足」にあえぐ国として、バングラデシュ、チャド、コロンビア、コンゴ民主共和国、エチオピア、イラク、ヨルダン、レバノン、南スーダン、スーダン、ウガンダ、イエメンの12カ国に焦点を当てている。

サラド氏は、危機が長期化するにつれ難民や国内避難民に対するドナー疲れが見えてくるのも理解できるが、約4千万人のウクライナ難民と同様に、これら12カ国も支援を必要としていると言う。また同時に、「こうした人々に必要なのは、支援だけでなくホスト国同士が形成するコミュニティーだ」と指摘する。「国際社会は、紛争や情勢不安を逃れるため避難せざるを得ない世界中の全ての難民に対し、ウクライナの人々に示したようなコミットメントや思いやり、共感を差し伸べることが大切だ」

サラド氏によると、国際社会の保護が必要な難民の中ではシリア人が最も多く、次いでベネズエラ人、ウクライナ人、そしてアフガニスタン、南スーダン、ミャンマーの出身者となっている。「このように、確かにウクライナ難民も非常に多いが、それを上回る国もある」

同氏によれば、支援先をウクライナに限定しているのは一部の小規模ドナーにとどまる。大多数の国は「柔軟な資金援助の重要性を理解している」ため、資金全体の約4割は、UNHCRがニーズの優先順位を判断した上で配分できるという。

ウクライナ難民危機は、UNHCRに新規のドナーをもたらした。中でも目立つのが個人や企業、財団だ。サラド氏は「こうしたドナーらは、ウクライナで起きていることを見て難民支援を決意した」と述べ、こうした支援が今後も継続され、ウクライナだけでなく他国の人々や状況にも広がることを期待する。

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政府援助金の行方

支援金の伸びを抑える要因がもう1つある。本来、途上国の経済発展や福祉を促進するための政府援助金(ODA)の一部を、難民(2022年は特にウクライナ難民)の受け入れコストの補填のため自国に振り向ける国があることだ。こうした方法は、国際的に合意された範囲では許容されるが、一部の国ではルールの拡大解釈も見受けられる。

ラーケ氏によると、北欧を含む数カ国がODAの一部を国内難民対策に活用していることは、OCHA側も把握している。「これらの国はその資金を人道支援と称し、自国に流入する難民対応のため自分自身に支給している。あくまで我々の見解だが、それを人道支援と呼ぶことには賛成できない」

例えば英紙ガーディアン外部リンクは先月、英国ではODA予算が発展途上国よりも国内に多く振り分けられているとする開発専門家の指摘を報じた。また、世界開発センター(CDG)による調査を引用し、その使途は主にウクライナ難民の住宅補助であること、英国は「ウクライナ難民にかかる費用の全額を既存の支援予算で賄っている数少ない国の1つでありG7では唯一の国」であるとした。

スイスでは今年、ODA予算の国内使用率が上昇する見込みだ。連邦政府公式サイト外部リンクには「スイスは、経済協力開発機構(OECD)開発援助委員会(DAC)の統計指示書に従い、発展途上国からの庇護希望者、一時的に滞在を認めた人、そして難民をスイスに受け入れる場合、12カ月間の初期費用はODAとして申告する」と記載されている。こうした費用がスイスのODAに占める割合は、2021年には9%だった。

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スイスの2022年ODA引き上げは、資金増額のアピールに対処するためかとの質問に対し、連邦外務省は、データがまだ揃わないとしつつ「スイス国内の難民受け入れ費用(ドナー国内難民対策費。一部をODAに算入できる)の増加が予想されることから、ODAも増える見込み」であると回答。また「ウクライナ戦争対策として追加財源が承認されたものの、ドナー国内難民対策費を除いた場合、22年のODA水準は落ち込みが予測される」とした。

編集:Virginie Mangin英語からの翻訳:フュレマン直美

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