移民制限を訴える右派政党 そんな党を支持する元移民とは?
スイスに特有の直接民主制。ところがスイス国籍を取得するや、これが突如大きな意味を持つ。政治に参加しどの政党を支持するか決めなくてはならないからだ。そうした中、移民制限を主導する右派の国民党をスイス国籍を持つ「元移民」が支持する現象がある。これはいったいどういうことなのだろう?
木の芽が噴き出す3月に開催される春の連邦議会。議事堂のドアをサッと開けて国民党(SVP/UDC)のトニー・ブルンナー党首が現れた。記者に握手の手を差し伸べる。
過去にはミナレット(モスクの塔)建設の反対を、最近では移民、特に移民労働者の制限を主導した国民党。「反移民」の旗印を掲げるように見えるこの党だが、果たしてその通りなのだろうか?
「いや、まったく違う」とブルンナー氏。記者の方に身を乗り出し「移民は大歓迎。我が党にぜひ入っていただきたい」。スイス人になった移民に入党のチャンスを与え、彼らと民主主義を一緒に構築して行きたいと熱がこもる。
ブルンナー氏によれば、実は国民党は移民、特に移民二世から多くの支持を得ている。「元移民の多くは、わが党の自立性を高く評価している。我々はスイスの将来についてはっきりとした決定を下すからだ。しかも国民主権を尊重し、最後に決定を下すのは国民だと信じているからだ」
国民党を支持する下院議員
イヴェット・エスターマン氏は、連邦議会の下院議員。国民党を支持する元移民だ。チェコの全体主義体制の下で育ち、1993年にスイスにやってきた。「スイスとチェコの一番の違いは、スイスには自由と民主主義における権利、そして国民投票という形で国民が力を持つという点だ」と強調する。
エスターマン氏は、政治団体の新祖国スイス(Nueue Heimat Schweiz、NHS)を2010年に立ち上げた。この団体は、外国人とスイス国籍を持つ外国人の中でスイスに貢献したいと望む人をターゲットにしている。国民党への支持を直接に表明はしていないが、同団体が基盤にする主張は国民党の方針を強く反映したものだ。
社会に受け入れられたい
今年2月9日の国民投票でスイス国民は、50.3%の賛成で「外国からの移民数制限」を承認。これで、今後特に欧州連合(EU)からの労働者数が制限されるわけだが、このイニチアチブ(国民発議)を主導したのは国民党だ。
なぜ、スイス国籍を持つ元移民がこのようなイニチアチブを、ないしは国民党を支持するのだろうか?
ヌーシャテル大学で政治学を教えるジアニ・ダマト教授はこう答える。「なぜなら、スイス国籍を取得した移民は、自分たちがこのスイス社会に受け入れられ承認されていると感じたいからだ」
ダマト教授によれば、国民党は「スイス人であることの意味」を大きく取り上げ、それを党の路線の全面に押し出しているという。「だが、ここで訴えているイメージは、1950、60年代の古き良き時代のスイス。時代遅れのイメージだ」
一方で、国民党は移民を党に加える必要性を感じているとも話す。「もし移民が党員になれば、党は移民の排斥を行わない政策を取っていると弁解できるからだ」
スイスの価値を守る政党だから
スイスとクロアチアの国籍を持つニコ・トルリン氏は、前出の政治団体NHSのツーク支部を立ち上げた人物。国民党を支持するとはっきりと表明する。なぜなら、「この党は、スイスにとっての大切な価値を守るよう努める政党だからだ。この価値に対し自分も貢献したいし、スイスで享受している快適な生活を維持したいと望むからだ」
しかし、トルリン氏はクロアチアの国籍を持つ自分が国民党を支持することに驚く人々の気持ちもよく分かると話す。「こうした人の反応は理解できる。だが、物事を変えたければ、対岸から叫ぶのではなくその中心にいたいと考えている」
スイスの文化を尊重してほしい
エスターマン氏は、2007年から連邦議会の下院議員を務めているが、おそらくただ一人の元移民の議員だ。スイス国籍を1999年に取得し、ルツェルン州の自治体クリエンスで国民党に入党した。
どの党を選ぶか、まったく迷わなかったと言う。テレビで政治討論を見ていたとき、国民党のクリストフ・ブロッハー元党首に感銘を受けたからだ。「ブロッハー氏の主張は明快だった。天才的な頭脳を持っていると感じた」。その後、党の方針などを勉強し、「この党への入党が正しい道だと確信した」
ところで、2011~15年の国民党の政治路線を書き込んだ100ページに及ぶ文章には、風景写真などと共に統計や展望などが書き込まれている。党が掲げる「価値」も詳細に説明してある。
この価値とは、例えば人間の尊厳、直接民主制、個人の責任などで、これらは他党も支持している。しかし中には他党が支持しないものもある。EUに加盟しないこと、外国人犯罪者を国外に追放することで犯罪率を低下させること、などだ。
詳しく読むと、外国人に関する記述の多くが否定的トーンだ。「スイス国籍がまるで紙ふぶきのように(無制限に)誰にでも与えられている」。「包括的な国の統計はないが、若い犯罪者の多くがスイス国籍を持つ外国人だ。専門家によれば、未成年者の犯罪の75%は移民の若者によって行われている」などだ。
では、良い外国人と悪い外国人がいるのだろうか?「いや、そうではない」とブルンナー党首。「どこでもそうだが、良い人と悪い人がいる。そして、法律に従わない人、自分たちの文化を固持しそれをスイスの文化より上位に位置づける人もいる。しかし、スイスに住む限り、人はスイスの文化を尊重するよう期待されているはずだ」
国の将来に貢献
エスターマン氏にとって、スイス文化を守るために立ち上がるのは簡単なことだ。2008年には連邦議会の開会時に国家を歌おうと提唱した。多くの議員が賛同し、「あなたが私たちスイス人にスイス人とはどうあるべきかを教えてくれる」と言ったと、微笑みながら当時を振り返る。
さて、どの党を支持するかはさておき、スイス国籍を取得したすべての外国人は(スイス人と同様)、この国の将来に対して一言いう権利を持つことは確かだ。
そこで、記者はブルンナー氏にこう言った。「実は、最近私もスイス国籍を取得し晴れてスイス人になりました」。するとブルンナー氏はもう一度握手を求め、「それはおめでとう。スイスにようこそ」と答えた。
そして、こう付け加えた。「スイス人になるプロセスは容易ではない。しかし、一度スイス人になったら、それは特権を手に入れたことになる。なぜなら、国の方向性の決定に貢献できるからだ。スイス国籍取得には、5年、10年とかかるだろう。しかし、それはするだけの価値があるものだ」
(英語からの翻訳・構成 里信邦子)
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