スイスは長年の伝統だった銀行秘密を放棄し、税の自動的情報交換制度(AIE)に加わった。昨年から国内銀行にある外国人顧客の口座情報を36カ国と交換し、加盟国は今後約100カ国まで増える見通しだ。脱税を取り締まるためのこの枠組みに死角はないのか?
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税制で国際枠組みが導入されたのはなぜ?
経済活動のグローバル化やデジタル化に伴い、お金を外国の金融機関に預けたり管理させたりしやすくなった。毎年、何千億フランもの巨額が税務当局の目を逃れているとされる。国際脱税は裕福な先進国だけでなく、税収の少ない国にとっても深刻な問題となっている。
対策に乗り出したのは先進国クラブとも呼ばれる経済協力開発機構(OECD)。主要20カ国・地域(G20)や欧州連合(EU)の後押しを受けて、銀行の口座情報を各国が自動的に提供しあう国際基準を2014年に策定した。
これまでに100カ国以上が同制度への加盟を決め、2017年にはその半数近くが情報交換を始めた。加盟国は他国から得た情報の秘密を守り、徴税目的以外には使わないことが義務付けられている。
この仕組みで税率の低いタックス・ヘイブンをなくすことによって、各国に経済上の競争条件を公平にすることも狙っている。国際基準を満たさない、または協力的でない国・地域はOECDやEUのブラックリスト・グレーリストに載せられ、「防衛的措置」、つまり制裁の対象になる。
税の自動的情報交換制度はどんな仕組み?
OECD基準は全ての国に対し、納税者の金融資産構成に関するデータを定期的に個別の要請なく提携国に提供することを義務付けている。加盟国の金融機関はこうした情報を自国当局に提出し、当局が提携国に移転する責務を負う。
提供する情報は、口座番号や納税者番号、納税者の性名、住所、生年月日、収入減や口座残高だ。スイスでこれらの情報提供を義務付けられている金融機関は銀行や保険会社、資産管理会社など約7千行・社にのぼる。外国当局から提供された情報は連邦政府を介し、各州・基礎自治体の税務局に移転される。
なぜスイスは国際枠組みに加わることを決めたのか?
スイスの銀行秘密を守ろうと、スイス政府・議会は長らく国際的な圧力に抵抗してきた。しかし数年前、スイス金融・経済の名声や競争力を保つにはOECD基準に従うことが不可欠だとの判断に至った。G20やEU加盟国からの制裁は、スイスの銀行や企業に不利益になる可能性があった。
誠実で信頼される金融界を目指すというスイス政府の新方針にも合致した。政府によると、新しい国際基準により世界の競争条件が同じになることで、競合国に対してスイスの強みを主張できるようになる。例えば政治・経済的な安定、強いフラン、質の高サービス、金融セクターが長年培ったノウハウなどだ。
スイスの現状は?
連邦政府は昨年9月末、EU加盟国など36カ国と初めての情報交換を実施した。今月末には提携国が37カ国・地域増える。
連邦議会はさらに26カ国増やすと決めている。16日には国民議会が、OECDが情報交換体制が整っていると認定した残りの19カ国を加えることを承認した。これらの国との情報交換は2021年に始まる見込み。
交換を始める前は、外国顧客がスイスに預けている資産を引き揚げるとの懸念があったが、杞憂に終わった。反対に、2013~18年の間に外国顧客がスイスに預けた資産は1兆9700億フランから2兆2700億フランにふえた。
情報交換制度は財政的にはスイスにプラスとなったようだ。今年1月、納税者が未申告の外国資産を440億フラン以上追加申告したことがわかった。うち100億フランは18年に申告された。これにより連邦、州、自治体は総額40億フランをさかのぼって徴税することができた。
引き渡された口座情報が、徴税目的に使われないことはどう担保される?
制度導入前の議論で、上下院では複数の議員が独裁国家や汚職の多い国に口座情報を提供することに懸念を示した。
今後数年でスイスが銀行データを送ることが予定される国には、中国、サウジアラビア、レバノン、パキスタン、アゼルバイジャン、カザフスタン、ガーナ、ナイジェリア、コロンビアが含まれる。
こうした国では、提供した情報が税務目的以外に使用されることや、個人情報の保護が重んじられないことが案じられる。数週間前、ブルガリアで数千件のデータがハッカーに盗まれ報道機関に漏れたとして、OECDは同国との情報交換を停止した。
連邦議会はこうしたリスクを踏まえても、透明性を高めることは汚職や脱税を取り締まるための大原則であり、財源や適切な国家運営に不可欠だとの判断に至った。
議会の要請を受け、政府は提携国が国際基準を守っているかを監視する体制を整えた。連邦内閣はOECDやG20が立ち上げた税の透明性と情報交換に関するグローバル・フォーラム外部リンクの報告書に依拠する。
グローバル・フォーラムは参加国の監視を任務の一つに掲げる。各国の法律上、行政上、技術上の要件がグローバル・フォーラムの基準を満たしていないと判断した場合、当該国は提携国に引き続き情報を提供する義務があるが、基準を満たすまで提携国からは情報提供を受けられない場合がある。
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(独語からの翻訳・ムートゥ朋子)
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1月1日から、銀行口座の自動的な情報交換を定める新たな国際法が発効した。これまで守秘義務のもとにあったスイス国内に口座を持つ非居住者の口座情報は、納税義務のある国の税務当局に提供されると同時に、海外に口座を持つスイス人の口座情報もスイスに提供されるようになった。この自動情報交換制度には、米国は参加表明していないものの、約100カ国が大筋で合意している。
そもそも、スイスの誇る銀行の守秘義務にひびが入ったのは、米国からの圧力を受けてのことだった。2009年以降、スイスの銀行は米国人顧客の脱税をほう助したとして巨額の罰金の支払いを命じられてきた。
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スイスの連邦最高裁判所は13日、フランス国内にあるスイスの金融大手UBSフランスから盗まれた顧客データについて、盗難であっても脱税が疑われる場合はスイスがフランスに必要な法的支援を行うことを認める決定を出した。
連邦最高裁は、2015年に連邦行政裁判所が出した決定を破棄。フランス国内で盗まれた顧客情報にはスイスの法律が適用されないため、二重課税をめぐる両国の合意が法的支援を供与する可能性を排除することはないとした。
UBSフランスでは10年、元従業員が盗まれた約600人分の顧客リストを仏当局に転送。スイス税務当局の法的支援を求める2件の申し立てが含まれていた。
行政裁判所は法的支援を一時的に停止する判決を出したが、顧客の1人が不服として上告していた。
顧客情報を自動的に交換
連邦財務省によると、法的支援を求める申し立ては昨年、6万6500件を超え最多を記録。申し立ての大半がフランス、スペイン、ポーランド、スウェーデン、オランダからだった。
スイスと合意を締結した国は今後、スイスに対し、自国民の口座情報を開示するよう申請する必要がなくなる。データは1年に1回、自動的に提供されるためだ。
用途は税の徴収に限り、公開できない。スイスは17年以降、データの収集を開始する予定で、翌18年から一部の国と情報共有する。
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