競争力強化が求められる国際都市ジュネーブ
国際都市ジュネーブには多数の国際機関が存在するが、その建物の多くは老朽化しており改築が必要だ。しかし、予算縮小、為替レートの変動、治安の悪化、住宅やオフィスの不足など、ジュネーブは多くの問題を抱えており、改築への道は険しい。
元スイス大使フランソワ・ノルドマン氏は、スイス政府およびジュネーブ州政府は、先を見据えて積極的な戦略をとるべきだと語る。
swissinfo.ch : 2012年の年初にディディエ・ブルカルテール氏(前内務大臣)が、カルミ・レ氏から外務大臣のポストを引き継ぎました。あなたはそれに先駆け、フランス語圏の日刊紙ル・タン(Le Temps)に「国際都市ジュネーブの将来に暗雲」と警告の論説を書かれましたが、現在も悲観的な見通しを持っておられますか。
ノルドマン : カルミ・レ氏はジュネーブ市に相当の時間と努力を注いできたため、外務省の上層部には、ポストの移譲とそれに伴う変更について多少の不安があった。
しかし現在、心配する必要は全くないだろう。ブルカルテール氏がまず始めたのは、カルミ・レ氏の政策を引き継ぐことだった。今後スイスが学界のフォーラムや国際的な人道フォーラムなどを新たに設立するとは思わないが、今ある制度や機関の発展と確立のために最大限の努力をするだろう。しかし、これ自体がすでに相当大きな課題だ。
swissinfo.ch : ブルカルテール氏とジュネーブ州・市当局が現在直面している主な問題は何でしょうか。
ノルドマン : 一つはスイスフラン高に関連した問題だ。これに対して企業や国際機関は、オフィスの移転や雇用削減で対処している。
また、誰もが指摘していることだが、治安悪化も問題だ。新しい傾向として、地元住民の間で犯罪事件が増加しているうえ、毎週のように外交官やその家族が被害にあっている。ジュネーブは比較的安全な都市だが、10年前と比較すると治安は悪化している。
ほかには住宅問題があるが、解決は容易ではない。この問題をめぐっては公共機関と多国籍企業の間に競争がある。
さらにインフラの問題がある。我々は5年前、途上国約20カ国の政府に対し、ジュネーブにオフィスと住宅を建設すると約束したが、この約束はまだ果たされていない。
(これらの問題解決に向けて)もっとスピードを上げなければ、ジュネーブの国際会議の開催地としての地位は損なわれてしまうだろう。国連に加盟する全193カ国の代表がこの町に集えるようにしなくてはならない。
swissinfo.ch : 現存する建物の修理費、また誰がそれを負担するのかという問題が、連邦議会の財務代表による報告書で明らかになりました。この問題は一体どれほど深刻なのでしょうか。
ノルドマン : 連邦議会は今回初めてこの問題に言及し、国連ジュネーブ事務局のパレ・デ・ナシオン(Palais des Nations)には計約10億フラン(約860億円)が修理費として必要だと公表した。これは、建物の修理費を通常予算外で出すことを、国連から求められることになると判断したためだ。
当初スイス政府は、国際労働機関(ILO)や世界保健機関(WHO)などの国連機関が各自の建物の所有者であるため、スイスはそうした建物の修理費には関与しないとしていた。スイスはパレ・デ・ナシオンを70年以上も前に国連に引き渡した。国連は修理費を蓄えておくべきだったのにそれをしてこなかった。
一方国連の上層部は、加盟国からの分担金はプログラムに使うべきで、貯蓄に回すべきではないと支持されてきたと主張している。
また、国連加盟国もスイスの主張に納得していない。国連機関が設置されていることで、スイスは年間30億~40億フラン(約2579億~3438億円)の収入を得ているため、スイスは改築に協力すべきだとの声が強い。
swissinfo.ch : 軍縮会議は過去16年間ずっと膠着状態にあり、世界貿易機関(WTO)も停滞しています。ジュネーブでの外交活動が減少する可能性はあるのでしょうか。
ノルドマン : 外交活動が減少する心配はないが、停滞の可能性はある。1995年の世界貿易機関の設立は、ジュネーブ経済を大幅に活性化させた。当時政府代表部が多数設立され、会議の開催が大幅に増えたが、現在世界貿易機関は停止状態にある。
軍縮会議に対してスイスができることはあまりない。これは非常に政治的な問題で、ジュネーブは、中国、パキスタン、アメリカの政治状況に大きく左右される。
ジュネーブのほかの機関では、通常通りの活動が行われている。WHOは近年財政危機にあり、国際労働機関も新風が必要だが、これは普通の現象だ。国際電気通信連合(ITU)や世界知的所有機関(WIPO)などの国際機関は大幅に発展している。
swissinfo.ch : スイス当局は、これまでこれらの問題を見過ごしてきたのでしょうか。
ノルドマン : スイスは問題の存在を認識していたが、解決方法がなかった。これは優先順位と財政面の問題だ。スイスはジュネーブの国際社会のために特別な努力をする意思はないため、これまで通り物事が運ぶとしてきた。しかしこれが十分でないのは明らかだ。
私はもっと積極的な方針を立てるべきだと考えている。特にジュネーブ当局の積極的な方針を期待している。ジュネーブは、国際機関の内部で何が起きているかもっと関心を持ち、存在感を示し、一本化した方針を作るべきだ。
ジュネーブ州・市当局は、連邦政府当局と共に戦略を立て、関係を築いている。しかし、21世紀を形作っていく中で、我々が何を貢献できるかという点を考慮した多国間システムについての考察がない。
ジュネーブ州は市の整備をもっと優先するべきだ。ジュネーブ市全体を外交都市としてさらに隆盛させる強力な推進力が欠けている。
ジュネーブには、世界保健機関(WHO)、世界貿易機関(WTO)、赤十字国際委員会(ICRC)などの32の国際機関の本部がある。これらの国際機関は、年間約30億フラン(約2580億円)相当の収入をジュネーブ州にもたらしている。
約250のNGOの職員約2400人に加え、合計約4万人の外交官と国際公務員がジュネーブで働いている。国連職員は約8500人と、世界各地にある国連機関の中でも職員数では最大。また169カ国の政府の国連代表部がある。
スイス外務大臣ディディエ・ブルカルテール氏:「スイスは、今後数年間国際都市ジュネーブの競争力の強化を計画している。連邦およびジュネーブ州当局は、ジュネーブ市の国際性および(外国の政府機関や多国籍企業の)受け入れ方針を強化する意向だ」(2012年3月)
ジュネーブ州知事イザベル・ロシャ氏:「国際都市ジュネーブは巨大な邸宅のようだ。21世紀の間に確実に機能させるためにはどのような修理が必要か驚嘆するだろう。外壁にペンキを塗るだけでは不十分。上から下まで修理しなくてはならない。国際都市ジュネーブ刷新を提案できるほど、私たちは明確なビジョンを持っているだろうか」(2011年6月)
スイス国連大使ダンテ・マルティネリ氏:「建物の所有者である国際機関には、維持管理と修理の責任がある。スイスは加盟国として、常にそれらの所有者に対して修理費を蓄えるよう勧めてきたが、これは実行されなかった。修理費捻出のために将来革新的な調達方法が必要になるだろう」(2012年5月)
1942年生まれ。フリブールとジュネーブで国際関係論を学ぶ。1971年から2007年まで外交官を務める
閣僚ピエール・グラベールとピエール・オベール氏の外交事務官、国連スイスオブザーバーのアドバイザー(1980~1984年)、グアテマラほか中央アメリカ5カ国の大使、ユネスコのスイス特命全権大使(1987年)、スイス外務省の国際機関担当局局長(1992年)を務める。
後にイギリス大使(1994~1999年)、ジュネーブ国連オブザーバー責任者(2000~2002年)、フランス大使(2004年)、モナコ大使(2006年)を務める。2007年からコンサルタントおよび政治アナリストとして活動。
(英語からの翻訳・編集、笠原浩美)
JTI基準に準拠
swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。
他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。