米国のワクチン特許放棄、スイスは「最良の方法ではない」
米国政府が5日、新型コロナウイルス感染症ワクチンの特許権の一時的な放棄を支持すると表明した。スイスは、国際的なワクチン供給の改善を実現する上で、特許放棄は最良の方法ではないと慎重な姿勢を示した。
米国通商代表部(USTR)のキャサリン・タイ代表は5日、米国はコロナワクチンの知的財産(IP)保護規定の一時的な放棄を支持すると表明。実現に向け、ジュネーブにある世界貿易機関(WTO)と協力していくと述べた。
この問題はもともと、インドと南アフリカが昨年10月、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)の抑制に役立つすべての製品について、WTOの「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS協定)」が定める保護義務を一時的に免除するよう求めていた。それから7カ月後、富裕国と途上国の間でワクチンの供給格差が生じ、スイスを含め公平なアクセスに消極的な国への圧力が高まっていた。
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スイス連邦経済省は6日夕、米国の表明は「極めて重要」だが、知的財産権を放棄してもコロナワクチンやその他の技術への「公正で手頃な価格、そして迅速な」アクセスは保証されない、と述べた。
同省はスイスの通信社Keystone-SDAに対し、声明で「彼ら(米国)が具体的にどのような解決策を念頭に置いているか、多くが判然としないままだ」と述べ、米国の提案を「評価」するとした。
スイスは3月のWTO会合で、特許放棄が直ちにワクチンの世界供給につながると信じるのは「誤解を招く」と述べた。今回も、その立場からほぼ変わっていない。
政府は当時、swissinfo.chに対する声明で「特許保護は政府の資金提供に加え、研究開発に必要な民間投資が行われることを保証する。したがってスイスは、確立された国際的な法的枠組みを一時停止することは間違ったアプローチだと確信している」と回答していた。
製薬業界の反発
業界団体も6日、米国の表明に反発した。ジュネーブにある国際製薬団体連合会(IFPMA)は、米国の発表が「失望」であり、特許放棄は複雑な問題に対する「単純だが間違った」答えだと述べた。
同協会は、特許が増産の阻害要因になっている、という見方を否定。貿易障壁、サプライチェーンの制約、原材料不足、各国のワクチン囲い込みが主要な阻害要因だと話す。
製造企業との間で締結された技術移転協定は200件以上に上る。IFPMAは、これだけの数の協定が結ばれたのは、IPシステムへの信頼によるものだと話す。
スイスの業界団体インターファーマのレネ・ブホルツァー氏は独語圏の日刊紙NZZに「ワクチンの製造法だけでは不十分だ。そのほかにもさまざまな原材料、多くのノウハウとインフラストラクチャが必要になる」と話す。
製薬会社は一貫して、イノベーションには堅牢なIPシステムが必要だと主張してきた。だがそれは同時に企業に独占を許す。製薬会社はこうした前例が定着してしまうことを懸念している、と語った。
ブホルツァー氏は「特許が成立してもその後に取り消されてしまったら、リスクの高い研究プロジェクトに誰が資金を投資しようと思うのか。それはイノベーションを阻害する」と話す。業界側は、革新的なワクチン・治療法の開発には、数十年の期間と数百万フランの資金がかかると主張する。
スイス企業は?
スイスの企業はコロナワクチンを開発しておらず、そのような特許も保有していないため、放棄による直接的な影響はない。ただ、放棄の内容に診断や治療が含まれる場合、コロナ検査の主要な開発元ロシュなどに影響を与える可能性がある。
ロシュはswissinfo.chに対し、パンデミックには特別な対策が必要であることを理解している、と電子メールで回答。このため「業界パートナーと緊密に協力し、自社製造施設の再提供やパートナーとの施設共有、限定的なライセンスの提供を行っている」と語った。
同社は「サプライチェーンがひっ迫している状況で、製造が困難な(複雑な)医薬品の特許を放棄すると、世界中の人々に対する安全な製品の国際供給を促進するよりも、むしろ阻害してしまう可能性があることを懸念している」と述べた。
象徴的なジェスチャー?
WTOのキース・ロックウェル広報官はAP通信に対し、6月8~9日の公式会合の前に開かれる今月下旬の「暫定」会合で、知的財産に関する紛争処理小委員会(パネル)が再び放棄提案について協議する見込みだと語った。最終決定は早くても数週間先になりそうだ。
ただ、提案の採択には全164加盟国の全会一致が前提となる。しかし、識者らは、米国の今回の発表には無視できない象徴的な価値があると話す。
スイスのNGOパブリック・アイはスイス連邦政府に対し、これまで製薬業界を擁護してきた姿勢を改め、米国の「歴史的決定」に従って特許放棄の阻止をやめるよう呼びかけた。
スイス連邦政府は、米モデルナとのワクチン供給契約にさらに700万回分を追加。人口860万人に対し、ファイザー・ビオンテック、モデルナ、アストラゼネカ、キュアバック、ノババックスから計3600万回分の供給契約を締結している。
(英語からの翻訳・宇田薫)
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