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自給率を高めるのか、それともフェアな食料生産か?

Cabbage field
スイスの純食料自給率は56%。残りは輸入に頼っている Emanuel Ammon/AURA

食料生産を増やし自給率を高めるのか?それとも環境を考慮した持続可能な食料生産に重点を置くのか?農業改革が推し進められる中、こうした点を問う三つのイニシアチブがスイスで進行中だ。

 スイスの首都ベルンで7月、色とりどりの農産物を誇らしげに掲げた農家の人々が行進した。これは、食料増産を目指すイニシアチブ(国民発議)が成立したことを祝うものだった。イニシアチブ成立には署名10万人分を集める必要があるが、このイニシアチブは3カ月という異例の速さで、それを超える約15万人分を集めた。

 これは、イニシアチブを立ち上げたスイス農業・酪業家協会(SBV/USP)の組織としての効率のよさだけではなく、農業問題が市民の注目を集めていることの表れでもある。

 緑の党(GPS/Les Verts)も今年、輸入食品の品質基準を改善するというイニシアチブを提出。こちらは「フェア・フード・イニシアチブ」と呼ばれ、スイスの国内だけではなく輸入相手国でも持続可能な食料生産を推進することを目指す。

 緑の党所属の議員であり有機農業を営むマヤ・グラフさんは、環境に配慮した食料が、確実に公正な条件でスイスに供給されることが極めて重要だと話す。

 「食料は、例えば時計のようにあちこちと(世界中)に動かせる商品とは違う。人々の生活、環境、気候に影響を与えるという点において慎重に扱うべき商品だ。一方で、食料安全保障も重要だ」

 さらに来月、左派の農業労働者組合「ユニテール(Uniterre)」が、少し違った方向性の取り組みを開始する。

 9月に提出されるユニテールのイニチアチブ案は、コストを自分で賄えるような、かつ社会や環境を尊重する「多様性に富む農業システムで生産される健康的な食料」の供給を政府が支援するよう求めるものだ。

食料自給率は低いが…

 スイスの食料輸入量は輸出量を上回る。また、国内生産は近年横ばい状態にある。

 ユニテールとスイス農業・酪業家協会のイニシアチブはいずれもスイスの食料増産を目指しているが、数値目標は設定していない。

 現在、スイスの食料自給率は約64%だが、輸入飼料を計算に入れると、純食料自給率は56%となる。

 2009年の国際連合食糧農業機関(FAO)の分析によると、この数字は他の国々に比べて低い。

 自給率が最高の国はアルゼンチンの273%で、最も低い国はノルウェーの50%だった。

 スイス農業・酪業家協会の統計部門のダニエル・エルディン部長は、これらの数字は額面通りに受け取らない方がいいと言う。2009年の少し古いデータだからという理由だけではない。

 「国によってデータの質が違うし、多くの推定に基づいている。スイスの統計でさえそうだ」。ある年で比較するよりも、安定増や数十年にわたる大幅な下落といった長期的な動向に注目する方が意味があると部長は説明する。

 さらに、食品に含まれるたんぱく質とミネラルを調査すれば、また見方が変わるだろうと言う。「食料の価値というものは数字だけで計られるものではない。(たんぱく質やミネラルが豊富な)食料は喜びを与えるものでもある」

孤立はできない

 経済連合エコノミースイス(economiesuisse)のステファン・ヴァノーニさんは、スイス農業・酪業家協会の食料増産を目指すイニシアチブを否定し、完全自給を目指すのは夢物語だと言う。

 「スイスは農業分野での孤島ではない。その逆だ」。スイスは他国との貿易関係を強化した上で、農業生産を向上させなければならない、というのがヴァノーニさんの主張だ。

 特に、保護関税によって自国の食料自給率を最大化しようとする試みには警鐘を鳴らす。 

 「食料の持続可能性は、効率的な農業生産と良好な貿易関係によって初めて達成できるものだ」

 同じように、フリーランスの農業専門家アンドレアス・ボスハルトさんも、食料自給率の向上を呼びかけるのは「人気取り」だと言い、政府が取り掛かろうとしている直近の農業改革の実施には時間が必要だと話す。

対話

 連邦経済省農業局(BLW/OFAG)のベルナール・レーマン局長も、食料持続可能性と食料安全保障に関する議論に加わった。 

 レーマン局長は7月、今後十分な食料をスイスの農家が供給できるのかと懸念する人々と、環境に配慮した農業を推進する人々の対話の必要性を強調した。

 「政府と議会は昨年、明確に立場を表明した。二者択一の問題ではない。農業部門は、生産の基礎となる自然資源を守りつつ品質を保証する方法を見つけなければならない」

 「同時に、人口増に対応できるだけの量の高品質の食料が生産できるよう、資源を使っていかなければならない」

 局長は、現行の農業政策に真っ向から反対する人々を厳しく非難し、詳細を明らかにするための話し合いを求めた。

 近年を振り返ると、これまでは先進国での食料の生産過剰についての議論が多かったという。しかし、今後30年のうちには大きな変化が起こる可能性がある。

 レーマン局長によると、世界の食料需要は2050年までに6割増加すると見られている。

スイスの農業

スイスの農家数は、2013年には5万5200軒あまりまで減少した。30年前は約12万5300軒だった。

連邦統計局によると、農業従事者の数は年々減少し、約15万9千人となっている。

昨年の総農地面積は105万ha、その約14%が耕地だった

農業政策

議会は2013年春、一連の農業改革のうち最新のものを承認した。持続可能性と食料供給の確保を目的として、補助金の直接給付制度が整理される。

政府の農業政策の変更を求める三つのイニシアチブ(国民発議)が進行中だ。この三つはイニシアチブ成立においてそれぞれ異なる段階にある。

7月に必要数の署名を提出したスイス農業・酪業家協会のイニシアチブは、農地減少に歯止めをかけ、国内食料増産を求めている。

緑の党は1月に「フェア・フード」イニシアチブを開始し、2015年11月まで街頭で市民の支持を呼びかける。特に輸入食品に関し、輸入相手国の環境、動物の健康、労働基準に関する明確な基準を設定することを求める。

ユニテールのイニシアチブの立ち上げは、9月に開始する予定だ。国内食料生産の推進、農業従事者の増加、輸入の制限を優先課題とすることを目指している。

(英語からの翻訳 西田英恵、編集 スイスインフォ)

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