「良好すぎる」日・スイス関係 日本大使のアイデアでさらに発展
日本をスイスにもっと理解してもらうには?前田隆平・駐スイス大使は、このためのアイデアには事欠かない。航空業界の規制撤廃で両国相互にアクセスしやすい環境を整える一方、富士山とユングフラウの「姉妹山」構想も。両国の経済関係も、右傾化が懸念される安倍政権も、独自の分析を踏まえざっくばらんにスイス人に説明している。
前田氏は今年、スイスのメディアに引っ張りだこだ。日本とスイスが国交樹立してから150周年の年とあって、日本を代表する彼の元にはこれまで多くのスイス人記者が駆けつけている。
スイスメディアの関心は、今の両国関係に限らない。例えば、ある新聞紙は前田氏と昼食を共にした時の、まるで居酒屋で語るかのような気さくな人柄を紹介している。
こうした外交レベルに限らない交流を自ら実践する前田氏に、両国間の今後に向けての取り組みをオープンに語ってもらった。
swissinfo.ch : 今の日本とスイスの関係をどう考えますか。
前田隆平氏: 日本とスイスは極めて良好な関係にあります。今までにも経済案件はありましたが、経済連携協定(EPA)にしても、租税条約にしても、社会保障協定にしても、私が来る前には全部片付いていました。基本的にはこの良好な関係をさらに発展させていくことが私の仕事です。
swissinfo.ch : スイスに着任されて1年が経過しましたが、ご自身のスイスへのイメージは変わりましたか?
前田氏: 人々は皆勤勉で、いい意味でまじめ、時間に正確だとか、そういう日本人に特有といわれるものがこの国の人にも見られるというのは、来る前から聞いていました。
しかし来てみると、そりゃ共通点より相違点の方が多いですよ。代表的な例は公用語。スイスは公用語だけで四つもある。国の成り立ち、文化、国民性も違えば相違点はいっぱい出てきます。そういう中で、共通性は安全であり清潔であること。この二つはスイスと日本が誇っていい最大のポイントではないかと思います。
swissinfo.ch : 2月上旬、スイスのディディエ・ブルカルテール大統領の日本訪問に同行されました。日本の印象をどうお聞きしていますか。
前田氏 : あれは滞在3日目だったか、鎌倉に一緒に行きました。囲炉裏でお茶を飲まれたのですが、日本の文化を感じられたようで、楽しんでおられました。
ブルカルテール氏は若い力を評価していることもあり、いろいろな中高生と時間をかけて写真を撮られていました。安倍総理と晩御飯を召し上がっていたとき、「なぜ写真を撮るとき、日本の中高生は皆Vサインを出すんだろうか」なんておっしゃっていましたね。
swissinfo.ch : ブルカルテール氏の訪日中に、日本とスイスとの間でオープンスカイ協定が結ばれました。どういった経緯で結ばれたのですか?
前田氏 : 私は国土交通省の出身なので、こっちに赴任が決まったとき、スイスとオープンスカイを結んでくれと航空局に言っておきました。もちろん両国にとって望ましいことだということで、ただちに航空局が対応してくれました。
swissinfo.ch : 協定はどういう内容ですか?
前田氏 : オープンスカイという名前の通り、空の自由化です。国際航空は制限的な世界で、(オープンスカイが締結される前は)全部2国間で縛る。例えばスイスと日本の間の路線だったら、どの航空会社が飛べるかを当局が指定する。それからどの路線を飛ぶか。当然ながら何便飛ぶかというのも当局間で決める。そういうのを全部取っ払うのがオープンスカイなんです。
企業が自由になるので、平たく言えば、飛ばしやすくなる。需要があると思えば、どんどん企業が判断して増便していいんです。意外と航空需要って、供給が需要を引っ張るところがあって、飛行機飛ぶと乗るんですよ、みんな。観光需要って絶対需要じゃないから。そういうわけで、オープンスカイで供給が増えると、例えば旅行商品の多様性が増えて、(両国を行き来する)お客さんが増える。
そういう意味では、一番手っ取り早く交流を進めるには便数を増やすことですよね。
swissinfo.ch : 日本とスイスとの経済関係は現在どのような状況ですか。
前田氏 : (両国は)2009年にEPAを結んだのですが、輸出入があまり増えてないんですよね。減っちゃいないけれど、本当に微増。それは両国の関係が良好すぎるからだと。
例えば自動車製品。日本は今、欧州連合(EU)から高い関税がかけられていますが、これが撤廃されたらそりゃ効果出ますよ。ところが、日本とスイス、農業では両方輸入国だから立場同じでしょ。それから自動車。日本では大産業ですけどスイスには自動車産業がないですから対立しようがない。
なので、非常にEPAが結びやすい環境だったと。もめないわけですから。もめないから、結んだけれど輸出入が増えていない。いかに両国の関係が友好かという一つの例です。(笑)
swissinfo.ch : ところで、安倍首相に対しては、スイスメディアでは右傾化を危惧する声があります。首相の言動についてスイス人にどういう説明をしていますか?
前田氏 : 私自身はあまり右寄りの総理だとは思っていないんで。靖国参拝などの例をもって、短絡的に評価をする人は多いんでしょうけれど。総理は集団的自衛権に関してはそりゃ同盟国に対して義務を果たさなきゃならないという認識を持っているのは事実ですよ。
ただね、それをもって「あの平和憲法に修正を加えようとしている」とか、「あの何十年前の軍国主義に戻るのではないか」なんていうのは完全な間違いですよ。だって状況が全く違うんですから。あの当時は領土拡張を考えていた人がいましたが、日本で今そんなことを考えている人は一人もいませんよ。
総理のお考えがトータルでどうかというのは別にしても、右傾化という観点からすると、例えば「憲法解釈を巡って国会で議論しようとすること自体が右寄りだ」というのは違うんじゃないかと。(総理は)日本がこれだけ成熟した国家になってきたときに、セキュリティーについて議論を真剣にやろうとしているのだと思いますよ。
総理がいろいろな歴史問題などについて、今までの政治家と違うのかなと疑問を呈される人はいるから、そのときには今みたいな説明をしていますね。基本的には変わらないんだと。戦争をリナウンス(放棄)したっていう歴史があってその上に立脚しているというのは間違いがないんで、その面においては歴代の総理と変わらないですよという説明はしました。戦争を始めようと思っているなんてわけないですから。
swissinfo.ch : 日本とスイスの相互理解を進めるうえで、特に文化面の交流を促進していきたいとのことですが、具体的には?
前田氏 : やっぱり文化を知ってもらうということが、その国に興味を持つ第一歩なので、それはぜひこちらでの文化行事を成功させて、日本を理解してもらえる第一歩にしていきたいです。一方で、150周年(の記念イベント)は日本大使館としても頑張ってやっているので、1年で終わらせたくない。
なので、一つは姉妹関係の構築をいろいろやりたいなと。100%実現するかは分からないですが、ベルン州と奈良県との間で姉妹県交流というのをベルン州の方にもう提案していますし、近く奈良県知事がベルンに来る予定になっています。
ベルナーオーバーラントには日本人は大勢来ますが、ベルン州なんて知らないですよ、誰も。だとすると、姉妹関係を結んで、奈良県が姉妹関係にあるベルン州を日本全体に発信する。奈良県もベルン州を通して奈良県をスイス全体に発信すると。150周年を機にそういう姉妹関係を構築すれば、その関係は今後も続いていくわけです。
(ちなみに)富士山が世界遺産になったじゃないですか。ユングフラウのあの一角も世界遺産じゃないですか。だから姉妹山。ぜひやりたいですね。山を通じての地域交流になると思います。
1954年静岡県生まれ。
1977年東京大学法学部卒業後、運輸省入省。
1992~95年在米日本大使館一等書記官。
2005年から国土交通省大臣官房審議官(国際・国土計画局、総合政策局・航空局)を務め、2008年に国土交通省航空局長に就任。
2013年駐スイス日本国大使に就任。
文筆家として、2007年に父の戦争体験を基に綴った小説『地平線に』(幻冬舎ルネッサンス)を出版している。
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