「裁判で負けるわけにはいかない」 スイス対ロ制裁担当者
スイスは対ロシア制裁の履行が緩すぎる――米国のこうした批判は妥当なのか?スイスはなぜ主要7カ国(G7)のロシア制裁に関する作業部会に参加しないのか?制裁を担当する連邦経済省経済管轄局(SECO)のヘレン・ブドリガー・アルティエダ局長に聞いた。
ヘレン・ブドリガー・アルティエダ氏はマルチプレイヤーだ。スイス大使として海外を飛び回り、直近では駐タイ大使を務めていた。だが、1年前に政府の事務方に回る。2022年8月、38人のライバルを押さえてSECOのトップに着任した。
ブドリガー・アルティエダ氏は目下、対ロシア制裁の履行と言う重責を担う。swissinfo.chの金融ポッドキャスト「Geldcast」で、同氏はスイスに対する批判は不当だと主張した。
山積みの仕事
ロシアが主権国家ウクライナを侵攻した2022年2月、スイス連邦政府内の制裁実行部隊には8人しかおらず、ウクライナ戦争に関連する任務をこなすにはあまりにも少なすぎた。今ではSECOだけで20人以上が対ロシア制裁に従事する。
その中に「分析」部隊を新設した。ロシアのオリガルヒ(新興財閥)はホールディングス(持ち株会社)やトラスト(信託基金)、財団など複雑な組織を抱える。この構造を読み解くために連邦金融市場監督機構(FINMA、日本の金融庁に相当)や民間銀行、連邦警察省、弁護士や資産管理業者と連携し、技術的にはワシントンやロンドン、ブリュッセルなどとも共同で、さまざまな情報から口座の真の持ち主を解き明かす。
金融資産は銀行が日常的に本人確認やマネーロンダリング(資金洗浄)防止策を施しているためまだ分かりやすいという。より難しいのは、不動産や自動車、船舶といった資産だ。ホールディングスなどの組織が関わっていることが多く所有関係が複雑だ。また例えば名義が制裁対象者の元配偶者になっている場合は、虚偽離婚でないかどうかを検証する必要がある。
スイスではこれまでに、ロシア中央銀行の外貨準備74億フラン、その他のロシア個人・企業資産75億フランを凍結した。これは他の国の凍結額を大きく上回る、とブドリガー・アルティエダ氏は胸を張る。
批判への苛立ち
ブドリガー・アルティエダ氏は、スイスの対ロ制裁は甘いという外国からの批判は根拠を欠くと反論する。駐スイス米国大使のスコット・ミラー氏は3月、ドイツ語圏の日刊紙NZZ外部リンクでスイスは対ロシア制裁の履行のためにもっと多くのことができ、追加で最大1000億フランを凍結できるはずだと指摘した。
ブドリガー・アルティエダ氏はこうした指摘を冷静に受け止める。ただそうした批判は政治レベルではよく耳にするものの、事務レベルでは聞いたことがないという。
スイス銀行協会の推定によると、スイスに置かれるロシア人・企業の資産は合計1500億フランに上る。現時点の凍結額はその5%だ。
だがブドリガー・アルティエダ氏は、スイスは法治国家であると念を押す。疑惑や推測だけで国が資産を凍結することは許されない。「100%確実である必要はないが、法廷で主張できるだけの証拠は要る」。またロシア資産だからといって全てが制裁対象というわけでもない。
すべての個人・企業は、資金の凍結に対して異議を申し立てることができる。「裁判で負け続けるわけには当然いかない」。スタッフ増強の際は法律の専門家を集めた。
ロシア資産の推定額にも疑問を呈する。「銀行協会がどのように150億フランと産出したのか分からない」
G7作業部会に参加せず
スイスが正式な招待を受けたにもかかわらずG7の対ロ制裁に関する作業部会「ロシアン・エリート・プロキシ・オリガルヒ(REPO)多国間タスクフォース」への参加を拒否したことも、国際的な批判の的になっている。
連邦内閣は、REPOへの参加は目下検討中だと表明した(日刊紙NZZの9月19日付のインタビュー外部リンクで、ギー・パルムラン経済相は参加しない意思を改めて表明した)。また連邦議会ではフランツィスカ・ライザー下院議員(緑の党)がREPOへの参加を求める動議外部リンクを提出したが、これに対して連邦内閣は議会に否決を推奨している。
ブドリガー・アルティエダ氏は、G7とはすでに技術協力を進めており、REPOに正式参加しなくてもうまく機能すると主張する。また全体として制裁の履行状況にも満足しており、自己評価では6点満点(スイスでは学校などの成績は6点満点評価)で5.5と「非常に良い」という。
独語からの翻訳・追記:ムートゥ朋子
JTI基準に準拠
swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。
他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。