都市が民主主義を守る!権威主義に対抗する欧州都市
民主主義への圧力は世界的に高まっている。一方で、権威主義者やポピュリストへの対抗勢力として期待される動きが、ブダペスト、アムステルダム、ヘルシンキ、ローザンヌなどの進歩的な都市で生まれている。
「ここにブダペストの新しい集会場ができる計画だ」。市民参画担当のブダペスト市職員、マリエッタ・リーさんはブダペスト市庁舎前の広場でそう話すものの、少しばつの悪そうな表情を浮かべる。人口200万人を抱える都市の中心部にあるこの大きな広場は、今は荒れた駐車場になっている。欧州連合(EU)第9位のこの都市が、オランダの著名建築家エリック・ファン・エゲラート氏に12万平方メートルもの巨大な市庁舎の改築を依頼したのは今から15年も前のことだ。
しかし、この野心的な計画は資金不足を理由にまだ実現していない。
オルバン・ビクトル首相がハンガリーを率いるようになってから12年が経つ。オルバン氏とその与党フィデスはその間、選挙法を自分たちに有利なよう変更し、報道の自由を制限したうえ、都市や基礎自治体への交付金を打ち切った。だが、気候変動や難民危機、パンデミックといった「世界的な課題の多くは、都市にこそ解決策がある」と、ブダペストに新設された同市の都市外交局オフィスの責任者、ピールズ・オリバー氏は指摘する。
ブダペストは、世界の様々な地域で起きている民主主義の危機を目の当たりに見られる都市だ。19世紀に建造され、軍の病院として長い間使われていたバロック様式の市庁舎から数百メートル離れたところに、「オルサークハーズ(国会議事堂)」が建っている。ドナウ川沿いにそびえるこの全長約300メートルの荘厳な建物内部でハンガリー議会が開催される。オルバン政権の下、ハンガリー議会は首相に大幅な権限を委譲し、政府に賛同しかしない大人しい機関となりはてた。スウェーデン・ヨーテボリの著名研究機関「V-Dem」はこうした経緯を踏まえ、ハンガリーをEU加盟国で初めて民主国家から権威主義国家へとラベルを変えた。国としてなら妥当な評価だろう。ただ、地域レベルでみると違った評価ができる。
前出のリーさんは「ブダペストを自由と民主主義の強力な原動力にすべく、皆が全力を尽くしている」と話し、ブダペストには市民評議会、参加型予算、住民投票といった民主的な手段があると指摘する。18年に誕生したカラーチョニ・ゲルゲイ市長をトップとする連立政府にとって、この目標を実現するには良きパートナーと、さらなる資金が必要だ。そこで出番となるのが「都市外交官」のピールズ氏だ。同氏は「私たちは自由都市の国際的な連盟を設立したほか、都市に直接的な財政支援をするようEUに働きかけている」と話す。そうした取り組みが功を奏し、ブダペストのロビーキャンペーン「Funds for Cities(都市のための基金)」には欧州の36都市が参加。「Pact of Free Cities(自由都市協定)」には世界25都市の市長が署名した。
こうした動きを従来の外交官も高く評価する。元在スロバキア・オーストリア大使のヘルフリート・カール氏(53)はこう話す。「最近強く思うのは、都市は民主主義が誕生したところであるだけでなく、民主主義を守り、強化するのにも適しているということだ。都市を見れば、民主主義の明日の姿が分かる。それはこれまで以上に包括的で、市民が参加しやすく、アクセスしやすく、平等なものだ」。同氏はこうした考えから地方政治に力を入れるべく大使を退任し、現在は非政府イニシアチブ「European Capital of Democracy(民主主義の欧州首都)」の責任者を務める。「民主主義の促進に真剣に取り組み、市民が参加しやすい制度に力を入れる都市を、この新しいタイトルで将来的に表彰していきたい」と言う。そうした民主的な都市の例にはアムステルダム、ヘルシンキ、メキシコシティ、スイス第4の都市ローザンヌなどがある。
民主主義を実践する勇気、そして地方レベルでの革新力が求められているのは、政府が明白に自由と人権を抑制しようとするハンガリーなどの国だけに限らない。国によって状況は大きく異なるが、民主主義が根付く西欧諸国でも民主主義に関して懐疑的な声が聞かれることがある。例えばスイスは女性参政権の導入に非常に長い時間を要した。また、現在も投票権のない人は人口の37%に上る。ただ、これに関してはレマン湖畔に位置する都市ローザンヌは例外的な存在だ。この都市は全国でも率先して政治的包摂に取り組んでいる。
ローザンヌ市参事会で民主主義問題を担当するダヴィッド・パイヨ氏(43)は、「民主主義とは、単に共同で意思決定を行う技能ではない。民主主義で大事なのは、いかに共同で行動していくか、ということだ。そのためには誰もが(政治に)参加できなければならない」
そこでローザンヌは、スイス在住10年以上の外国人に投票権を付与し、共同決定制度を公式に導入した。パイヨ氏は「市民参加型予算※は、国籍や居住年数、年齢に関係なく、ローザンヌに住むすべての人が共同決定できるものだ」と話す。約25年間にわたりローザンヌ市政に携わってきた同氏は、「私にとって都市とは、民主主義が実践できる場所だ」とまとめる。
市民が政治に直接参加する仕組みの1つ。市は財政の透明性向上に努めるほか、一般財源の少なくとも一部について市民がその使い道を共同決定する。
スイスに比べて国家と都市の対立が際立っているのがオランダだ。オランダは欧州で初めて、国レベルで導入されていた直接参政権を廃止した。15年に導入されたばかりの任意的レファレンダムは、わずか3年後に議会によって憲法から削除された。政治学者のニースコ・ドゥッベルブーア氏(59)はアムステルダムのマース川沿いを散歩しながら、「政府にとって国民投票は不都合だった」と語る。
この「民主主義の堕落」(ドゥッベルブーア氏)を受け、状況改善に乗り出したのがアムステルダム初の女性市長、フェムケ・ハルセマ氏だった。同氏はドゥッベルブーア氏から協力を得て、市の憲法改正草案の作成を委託。2月1日に施行される新憲法の下では、約100万人のアムステルダム市民は4つの新しい参政権を通して地域レベルの政治に参加できる。こうしてアムステルダムは、国レベルで行われてきた民主主義の解体に対して問題提起をしている。
一方、状況が異なるのが北欧東部に位置するフィンランドだ。同国では強力な行政組織が政治を支配し、個々の市民が行政組織に口を挟むことはほぼ不可能になっている。そうした状況に一石を投じる動きが首都ヘルシンキで起きた。「ヤン・ヴァパーヴオリは初めて間接的に市民に選ばれた市長だった」と、18年から市当局で民主主義の促進に携わるヨハンナ・セッペレさんは振り返る。セッペレさんによれば、ヴァパーヴオリ氏は市民に選ばれたことで民主的な正当性を得たが、それを権力の拡大に利用することはなかった。その代わりに、すべての市公務員4万人に「利用しやすい行政」の原則について研修を受けさせた。教材として使われたのが、このために開発されたボードゲームだった。研修を施した結果、ヘルシンキ市当局ではお役所主義が大きく改善された。「今では政治参加に熱心な市民は歓迎されるようになった。以前だったら、そうした市民は行政から邪魔者扱いされていたものだ」(セッペレさん)
欧州に限らず、世界の様々な地域でも、都市は民主主義を強化する原動力だ。また、権利平等の実現などに関しても都市が牽引役になっている。特に男性が長い間国政を支配していた国では、女性が首長に就いて地域レベルで新たな方向を示す例が増えている。メキシコシティのクラウディア・シェインバウム氏、チュニスのスアド・アブデラヒム氏、東京の小池百合子氏はそうした女性のほんの一例に過ぎない。
都市が民主主義の強化を目指して様々な取り組みをしていることで、国の政局にも変化が起きている。その例が権威主義政権のハンガリーだ。4月3日に行われる議会選挙では、マルキザイ・ペーテル氏(50)が国内のすべての野党の支持を得て、オルバン首相の初の対抗馬として立候補した。希望の星である同氏が選挙で勝つ見込みはある。現在ハンガリー南部の小さな都市、ホードメゼーヴァーシャールヘイの市長を務める同氏は、民主主義の擁護者として名を馳せている。
(独語からの翻訳・鹿島田芙美)
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