銀行守秘義務への締めつけ、ますます厳しく
欧州連合(EU)、アメリカ、主要20カ国・地域(G20)からの圧力が強まっている。銀行守秘義務の行方は、今後数カ月間で決まりそうだ。スイス政府は時間稼ぎに余念がないが、ルクセンブルクも自動的情報交換を導入し、孤立感は深まるばかりだ。
「スイスはこれまでどおり『ホワイトマネー戦略』を続けていく」。10日付のフランスの有力紙ルモンド(Le Monde)でエヴェリン・ヴィトマー・シュルンプフ財務相はこう述べ、スイス政府がここ数年間行っている脱税対策を詳しく説明した。
銀行守秘義務にかかる圧力は増すばかり。スイス政府はそれを少しでも緩和したいところだ。「スイスを攻撃し、報復措置の脅しをかけるばかりでなく、国際社会にはスイスの努力をぜひ認めてもらいたい」
しかし、ヴィトマー・シュルンプフ財務相の期待は同日のうちに粉砕した。ルクセンブルクが銀行顧客の自動的情報交換の導入を発表したためだ。この制度は現在、EU加盟国27カ国のうち25カ国で実施されている。EU圏内で銀行守秘義務を温存しているもう一つの国オーストリアも、最近になって交渉を開始する準備がある旨を明らかにした。
ルクセンブルクとオーストリアの譲歩により、スイスに対するEUの圧力は一層強まりそうだ。これまでこの3カ国は互いに援護し合ってきた。ルクセンブルクもオーストリアも、スイスが銀行守秘義務を放棄しない限り、自国がこれを放棄するつもりはないことを繰り返しほのめかしてきた。一方のスイスは、EUはまずルクセンブルクとオーストリアを納得させるべきだと主張して、EUの圧力をかわしてきた。
FATCAの導入により、アメリカは世界中の金融機関に貯蓄されているアメリカ人顧客の資産を開示できるようにしたい考え。
これが実現すれば、すべての外国の金融機関は2014年以降、米内国歳入庁(IRS)にアメリカ人顧客の情報を開示しなければならなくなる。
対象は、アメリカの国籍保持者、アメリカの二重国籍保持者、グリーンカード所持者、アメリカで長年仕事をしている人、アメリカの人的会社、アメリカの法人など。
外国の金融機関はすべて、法律発効後、アメリカ人顧客の身元と資産額をIRSに定期的かつ自動的に開示しなくてはならない。
スイスもこの協定にすでに署名。連邦議会は夏の会期でFATCAを批准する予定。
アメリカの新しい規則
この戦法は長年機能し続け、欧州委員会(European Commission)の圧力は多少散らされてきた。しかし今、EUにはアメリカから決定的な援護射撃が届きそうだ。この先の数カ月間で、スイス、オーストリア、ルクセンブルクの3カ国にもFATCA(外国口座税務コンプライアンス法)政府間協定の批准要請が舞い込むと思われるからだ。
この協定により、アメリカ政府は2014年以降、全欧州諸国に対し、ヨーロッパに住むアメリカ人銀行顧客のすべての情報を体系的に要求することが可能になる。つまり銀行守秘義務は、強国アメリカに対してはもはや存在しなくなるということだ。これを拒否すれば、厳しい報復措置が待っている。
「アメリカが示す制裁処置を見れば、この協定を拒否するなど非現実的だ」と言うのはルツェルン大学の経済学者モーリス・ペデニァーナ教授だ。
「スイスの銀行はアメリカで業務を行えなくなるばかりか、アメリカの有価証券を保持することもできなくなる。世界最大の金融市場にアクセスできなくては、顧客の資産管理はとても行えない」
ルクセンブルクもオーストリアも、そしておそらくスイスでさえも、アメリカに許したことをEUに許さないわけにはいかなくなるはずだ。実際、銀行守秘義務に対する攻撃には拍車がかかっている。14日、ドイツ、フランス、イギリス、イタリア、スペインは、5月に行われる次回のEU首脳会談で自動的情報交換を主要議題に取り上げることを決めた。EU加盟全27カ国に適用しているスタンダードを、2015年以降スイスにも導入させる考えだ。
2005年に欧州連合(EU)が定めたこの制度では、各銀行は年に2回、すべての外国人顧客の利子収入を各国の税務署に報告することになっている。その他、氏名および住所も報告。
オーストリアとルクセンブルクは銀行顧客の自動的情報交換を拒否。しかし、他国の顧客の利息収入に対し35%を源泉徴収している。
税収は当該国に渡されるが、口座の所有者や銀行の名前は明らかにされない。スイスもEUに対してこのモデルを使っている。
現行制度の不都合を無くすため、EUは2015年から自動的情報交換を、非自営業の収入、議員手当、生命保険から出た利益、年金、不動産および不動産利益の五つの収入・資産カテゴリーにも拡大することにした。
EUはオーストリア、ルクセンブルク、スイスにも銀行守秘義務を廃止し、自動的情報交換を受け入れるよう強く求めている。EUの発表では、脱税による税収損失はEU加盟国全体で年間1兆ユーロ(約106兆円)に上る。
決め手となる数カ月
銀行守秘義務に対する圧力は増している。先週末も、G20財務相が自動的情報交換を導入するよう国際社会に呼びかけたところだ。
ヴィトマー・シュルンプフ財務相はこれを受け、スイスには議論の準備があることを表明。ただし、この新しいスタンダードが「タックス・ヘイブン(租税回避地)」を含め、すべての地域に適用されることが条件だ。スイス銀行家協会(SwissBanking)のパトリック・オディア会長も、今回初めて同じ見解であることを表明した。しかし、スイス政府や連邦議会はこれを支持せず、現在は自動的情報交換に関する議論はすべて敬遠、あるいは少なくとも先延ばしにしたい考えだ。
ペデニァーナ教授にはこのような静観姿勢は理解できない。「古めかしいメンタリティ、時代遅れのビジネスモデルだ。スイスはこの件に関し、EUとの交渉を避けることはできない。EUはスイスの最も重要な経済パートナーだ。それにスイスは小国でもある。島国のように振る舞おうとして、逆に世界的な経済の流れとの結びつきがあまりにも強力になり過ぎた小国なのだ」
圧力がかかるまで待てば、交渉を有利な方向にもっていきにくくなるとペデニァーナ教授は懸念する。「スイスは5月までに明確な戦略を打ち出し、EUの容認を得るために具体的な提案をするべきだろう。まずは、スイスの銀行がヨーロッパの金融市場に自由にアクセスできるようにすることが肝心だ」
ヨーロッパの雄弁術
これは連邦議会で左派からも支持されている意見だ。社会民主党(SP/PS)のカルロ・ソマルガ下院(国民議会)議員が言う。「方法は二つある。相手の出方を待って、結局ブラックリストかグレーリストに載せられる。そしてちょうど2009年当時のように、そうなってからあわてて手を打つ」
もしくは世界の動きを見守りつつ、オーストリアとルクセンブルクと手を組んで、EUとの交渉でより良い条件を引き出す。「例えば、特別な税制を持った英米法にも新しいスタンダードが適用されることになった。これも変化の例の一つだ」
これに対し中道派の各政党は、市民民主党(BDP/PBD)を除き、相手の出方を待つという態度を取っている。「無条件譲歩をEUから要求されるまで、スイスは動き出さないほうがよい」と言うのは急進民主党(FDP/PLR)のクリスティアン・リュシャー下院議員だ。
「EUは道徳的な理由を持ち出して、このような大きな圧力をかけている。だが実際は、自分たちの域内市場を守りたいだけだ。だから、スイスの銀行が市場にアクセスするのを拒んでいるのだ」
右派の要求はもっと厳しく、銀行守秘義務に譲歩はまったくありえないという姿勢だ。国民党(SVP/UDC)のイヴ・ニトエッガー下院議員は「これまでヨーロッパの雄弁術を真面目に受け取ってきたが、それは間違いだった。今の問題もこのいつもの雄弁術だ」と言う。
「EUは幅広い分野でスイスに大きく頼っており、現在スイスに多くを求められる立場にはない。それは運輸分野だけを見ても分かることだ。『降伏』すれば、その代価は『戦争』したときよりも絶対に大きくなる。スイスが降伏すれば、ここの金融機関は弱体化するに違いない」
(独語からの翻訳・編集 小山千早)
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