障害者の命綱、在宅介護のための財政支援策
障害者を援助する財政支援政策が今年初めからスイス全土で施行された。これは障害者を持つ家族にとって長年待ち望んでいた恩恵だ。
この政策は、障害者各自のニーズに合った介助を行うヘルパーを雇用するための費用を支援するもの。北欧、アメリカ、イギリス、オランダなどの諸国では20年以上前から実施されている制度だ。
自立と自信
ペーター・ヴェルリ氏と障害を持つ妻は、1週間に7時間分の補助金を受給できるようになり、生活が変わった。ヴェルリ夫人は子ども時代から障害を持っていたが、近ごろ身体能力が衰え、日常生活における基本的な動作を行えなくなってしまった。
「例えばシャワーを浴びる、着替える、食事の支度をする、買い物に行くなど、突然妻はさらに介助が必要になった。在宅介護があるので助かっている。もし無かったら家で暮らすことはできない」とヴェルリ氏は言う。
在宅介護無しにできないことはほかにもある。「うちには孫が2人やってくる。ヘルパーが来てくれるおかげで妻は祖母としての役割を果たせる。これも非常に重要なことだ。ヘルパーに赤ん坊を抱きあげて膝の上に乗せてもらう、哺乳瓶を温めてもらうなどの作業をお願いしている」
経済的な補助は、身体障害、知的障害、精神障害などあらゆる種類の障害者に対して行われる。この制度は、障害者が自宅で自立した生活を営めるようにすることを主要目的とし、その基準に該当する障害者には介護サービス費用の補助金が支給される。
多くの場合、ヘルパーは時給約32フラン(約2690円)で、おむつなどの衛生用品の取り換え、着替え、排泄、シャワーなど日常生活における基本的な動作の在宅介護を行う。
ヴェルリ氏は、チューリヒの「自立生活センター(Centre for Independent Living)」の所長であり、自身も車いすで生活をしている。この財政支援政策によって、障害者が自分の生活に責任を負う自信を持てるようになることが重要なポイントだと言う。
「重度の障害を持った人々は、世話をしてもらえる特別な場所、車のようにメンテナンスをしてもらえる場所に行くべきだといった見方はもう終わりだ」とヴェルリ氏は強調する。
「現在私たちがしていることは、障害者にもともと備わっていた能力を返し、それによって自分の生活を自分自身で管理できるようにすることだ。これは依存から抜け出て完全な市民になることだ」
楽しい我が家
障害を持った子どもがいる家庭には支援政策の効果が一段と大きく現れるとフランス語圏の「キャップ・コンタクト協会(Cap-Contact Association)」の所長ドミニク・ヴンダール氏は言う。
ヴァレー/ヴァリス州では、すでに支援政策を数年間試行している。ヴンダール氏によると、人里離れた山間部では、これまで障害を持った子どもたちに対する支援はほとんど無かった。そのため、そうした子どもたちは施設に預けられることが多かったと指摘する。
「支援政策のおかげで、子どもたちは家族と一緒に生活しながら地元の公立学校へ通い、学校教育に溶け込めるようになる」とヴンダール氏は、支援政策の大きな成果を語る。
「そして地元の学校に通い、自分の地域で暮らし続ければ、将来仕事を得られるチャンスが高まることも分かっている」
ヴェルリ氏によると、施設で受動的に世話を受けることに慣れていた人々は、毎日社会と接触することによって「素晴らしい」変化を見せるようになると言う。
「介助をしてくれるヘルパーがいれば、必然的に自ら外に出て買い物をしたり、役場に出かけて事務手続きをしたりするようになる。その結果、自分自身に対する責任を感じ始め、自分のことは自分でできると自尊心を持つようになる」
新たな課題
しかし財政支援によって優雅な生活を送れるようになるわけではない。財政支援を受ける障害者にとって最も難しいのは、ヘルパーの良い雇用主になるよう学習することだ。
誰にとってもそうだが、障害のある雇用主にとっても管理は面倒な仕事だ。さらに、雇用主と被雇用者の両方が互いに敬意を払う雇用関係を築いていくことは、両者にとって未知の分野だ。
「事実ヘルパーの仕事は、雇用主の非常にプライベートな領域に入って行わなければならない。どうやったら朝自分の下の世話をしてくれた人のボスになれるのか。両者にとって適切な距離、適度な親しさを保つことは容易ではない」とヴェルリ氏は言う。
「ヘルパーは、立ち入りすぎずに事情を把握するという特別な配慮ができなければならない。それができる介助者を見つけ、そうできるよう訓練するのは容易ではない。これまでの経験から医学的な訓練が全くない人を雇ったほうがよいことが分かった。そうした人たちは少なくとも話をよく聞くからだ」
また、障害者が自立した雇用主として新しい生活に適応できるよう学習するにあたって、試行期間に相互支援グループが重要な役割を果たしているともヴェルリ氏は言う。
さらに「より個人的な」ヘルパーを求めるといった間違いもあった。「すぐにヘルパーに愛想をつかされ、日常生活が非常に難しくなることに気付いた男性もいれば、ヘルパーが続けて通って来るような良い雇用主もいる。中には、良好な人間関係が築かれ、お金を支払わないのにヘルパーがやってくるケースもある」
ヴンダール氏は、もう一つの大きなハードルとして、補助金の受給資格に関する規定を挙げる。地元の学校に通えない子ども、そして介護が必要だが親と共に生活している成人の障害者には補助金の受給資格はない。しかし家から離れて生活している子どもと成人の障害者には受給資格がある。
「この支援政策に辿り着くまで20年もかかった。ほかの国ではずっと前から実施されている制度だが、スイスでは時間がかかった」とヴンダール氏。
「しかしスイスは、施設で生活するか、家で生活するかという実質的な選択をするための大きな一歩を踏み出した」
財政支援プログラムは、2006年にバーゼル、ヴァレー/ヴァリス、ザンクトガレンの各州で220人の参加者を対象に開始された。同プログラムの目的は、家庭で日常生活を営むために必要な介助を行うヘルパーを雇う費用の補助。
2007年の査定によると、初回の試験プログラムに参加した4分の1が子ども。支給された補助金の金額は各人のニーズにより異なる。
参加者の1カ月当たりの平均受給額は、低度の障害の場合1313フラン(約11万円)、中度では約3400フラン(約28万6000円)まで、重度では約7588フラン(約63万8000円)。
連邦社会保険事務所(BSV/OFAS)によると、「試験プログラムの在宅介護の例は、関係者にとって非常に参考となった。在宅介護は障害者の自立と社会への統合を大きく支えると同時に、家族の負担を緩和した。また施設への入居を回避したり遅らせたりする一方、そうした施設を出て自立する助けにもなっている」
(英語からの翻訳、笠原浩美)
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